6 久しぶりの聖属性魔法
春の陽光が降り注ぐ庭園。ヴァルムレーテ公爵家の庭園は広い。
でも、そこは公爵家。何人もの庭師たちがきれいに整えているおかげで、美しさを1年中保っている。
ふと花壇の方へ目線を移すと、今日もせっせと作業する庭師たちの姿が見えた。
ところが……。
「あっ、わあっ……!」
「危ない、親方!」
その瞬間、脚立に乗っていた庭師のひとりがバランスを崩し、派手な音を立てて転落した。
落ちた庭師の下には、別の若い庭師がいて、思い切りぶつかって倒れている。
「……嘘でしょ。いきなり2人の……けが人?」
まさか、これが……ミッションの対象?
「……ぐ、ぁぁ」
倒れた2人は呻き声をあげながら、苦悶の表情を浮かべていた。
「あなたたち、何してるのかしら……?」
声をかけて、2人の視線が自分に向いた途端、一瞬で身をこわばらせた。
それは当然の反応とも言える。
私は屋敷のなかですら傍若無人で無慈悲な女として通っている。それは私が処刑された2年前、つまり今の時間軸でも変わらない。
そんな恐怖の対象のような女に、突然声をかけられたのだから。この2人が緊張するのは仕方ないこと。
「セ、セレナティアお嬢様……!!」
「も、申し訳ありません。お見苦しいところをお見せ――」
「ちょっと動かないで。……黙ってそこにいなさい」
私はため息をつきながら、2人のもとへ膝をつく。
「お、お嬢様。服が汚れてしまいます……」
「いいから黙って」
魔力を集中させ、流れを意識する。
手をかざすと、掌から薄い金色の光が眩く溢れる。
よし、できた。
あの少年を癒やして以来、封じていたその力。聖属性魔法。
神のもとで記憶を取り戻した今は、自然に魔力の操作ができる。
治癒の光が、2人の怪我を治していくのがわかる。
どのくらい力を注げば良いのかも、感覚でわかる。
「まあ、こんなところね」
もっと脱力感に襲われると思っていたけど、少しだるいくらいですんだ。
私も成長したってことかしら。
「え、痛くない……です」
「バカ、そんなに動かしたら……あれ、痛くないぞ?」
2人は信じられないという目で私を見つめていた。
その視線が、恐怖ではなく、感謝のものに変わっていくのがわかった。
「……ありがとう、ございます……」
「まさか、セレナティアお嬢様に、助けていただけるなんて……」
「ふん……別に、助けたくてやったわけじゃないわ」
「ありがとうございました。お嬢様。感謝いたします」
あさっての方を向いてそっけなく答えたけれど、私の胸の奥には確かな温かさが残った。
ほとんど他人に感謝されたことのない人生で、受け取ったまっすぐな『ありがとう』。
……これ、案外悪くないかもね。
その瞬間、甲高い音とともに再びウインドウが開いた。
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《デイリーミッションクリア! 聖属性魔法 Lvアップ》
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いや、Lvアップってなによ?
疑問に思った私はウィンドウをタップする。
さっきと同じように、ピッと音がして表示が追加される。
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▼ご褒美:聖属性魔法の力が上昇しました!
→ よくできました~♡
明日もがんばってね、セレナティアちゃん!
あなたの神『エル=ナウル』より。
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「はあ……ふざけたノリは相変わらずね」
「お嬢様、あの……どうしましたか?」
「ウィンドウを見てるのよ」
「ウィンドウ……ですか? 初めてお聞きましました。それは、どれのことしょうか?」
「え?」
どうやらこのウィンドウは私以外には見えていないみたいで、2人は不思議そうに私を見ている。
たぶん、何も無い空中をツンツンしているように見えるのだろう。
……あれ? 私バカみたいじゃない?
見えていないとはいえ、人前でウィンドウをタップするのは控えたほうが良さそうね。
それか、もっと自然に振る舞うかだけど。
少しずつ慣れていくしかない。
変な神から送られてくる奇妙なミッションをこなす生活に。
とりあえず……死なないように、がんばるしかないわ。
でも、なんかお腹すいたわね。
そういえば朝飯を食べてなかった。
久しぶりに魔法を使ったせいもあるんだろうけど、妙にお腹がすく。
慣れないことをしたっていうのもあるのかしら?
デイリーミッションは達成したことだし、死ぬ心配はない。
しばらくぶりに屋敷へ帰ってきたことだし、少しゆっくりしたいわね。
そんなことを考えながら、私はすこし遅めの昼食をとるため屋敷に戻った。
テーブルには、すでに白い食器が整然と並べられている。
使用人たちが距離を取ってじっとこちらを伺っていた。
……そういえば、家の食事ってこんな雰囲気だったわね。
私が席につくと、使用人たちが料理を運んでくる。
無言でナイフとフォークを取り、皿に手を伸ばした。
こんがりとローストした鹿肉に香草。添えられているのは濃厚なソース。もちろん、パンは贅沢に小麦を使用した白くふっくらとしたものだ。
まずは一口。
「……っ」
私は思わず目を見開いた。
なにこれ……美味しすぎない!?
口の中に広がる旨味、絶妙な火加減、そして後からほんのりと香るハーブの香り。
こんなに美味しいご飯、いつぶりかしら……。
ああ、そういえば最近の食事といえば、獄中で出されたカチカチに干からびたパンと、全く塩気のない冷めたお粥だったものね。
……比べるのが失礼だったわ。
でも、感情を顔には一切出さない。元死刑囚の私にも貴族のプライドがある。
私は静かにフォークを置き、少しだけトーンを落として言った。
「――この料理を作った者を、ここに呼びなさい」