55 いつもと違う朝
「――おや? なぜ君がここにいる。騎士団長殿」
ゆっくりと開かれた扉の向こうに立っていたのは、冷たい、全てを見透かしたような笑みを浮かべた、リュシオン王太子殿下でした。
なぜ……ここにいるのですか!?
私とお姉様の、2人きりで面会することを許してくれたはずじゃなかったんですか?
驚いて目を見開いたカイル様が声を上げました。
「リュシオン殿下!?」
リュシオン殿下の後ろには、槍や剣で武装した近衛騎士たちが、まるで壁のようにずらりと並んでいます。
最強の騎士であるカイル様でも、あの数の近衛騎士たちを相手にするのは不可能です。
どうしたらこの場を切り抜けられるのでしょうか?
聡明なお姉様なら、どう考えるのでしょう。
ちらりとお姉様に視線を移しますが、お姉様は光のない瞳でリュシオン殿下を見つめているだけでした。
お姉様の様子がさっきとは全然違うことに、私は言葉を失ってしまいます。
何も言えずたじろいでいる私たちに、リュシオン殿下は薄っすらと笑みを浮かべながら語りかけます。
「それに……ご婦人方が泣いているようだが? もしやカイル、君が?」
この状況はまずいです。カイル様は本来、ここにいるべき人ではないのです。このままではカイル様が罰せられてしまいます。
なんとか誤魔化さないといけません!
「殿下……実は、カイル様とは、先ほどそこでお会いしまして――」
途中まで言いかけたところで、それを制するようにカイル様が前に出ました。
「私が彼女を脅して無理やり部屋に入れてもらいました。2人とも怖くて泣いてしまったのでしょう。ミレイナ嬢には非はありません。どうか、罰するなら私だけにしてください」
…………カイル様?
いったい、どうしてそんな嘘を?
「ふむ、そうか……。そういうことにしておいてやるか。近衛騎士。カイルを牢獄へ連れて行け!」
リュシオン殿下の命令で、カイル様は近衛騎士たちに両腕を押さえられてしまいました。
私はハッとしました。気づくのが遅すぎました!
カイル様は……私を庇って下さったのです。この状況が全て自分の責任だと偽って。
早く事実を伝えないとカイル様が……お姉様の愛しい方が連れて行かれてしまいます。
それだけは絶対に阻止しないといけないのです!
「ち、違いますリュシオン殿下! 私が――」
「ミレイナ嬢! セレナティア様を頼みます……」
カイル様……そんな、そんなことを言われたら、何も言えなくなるじゃないですか。
ああ……カイル様が連行されていってしまいます。
全部……全部、私のせいです。私がもっとしっかりしていれば……。
お姉様はカイル様と幸せになれたのです。
お姉様はカイル様が去っていた方を見て無言で涙を流し続けていました。
私も悔しくて涙が止まりませんでした。
「もう安心して良いよ、ご婦人方。悪い男は捕らえたからね」
リュシオン殿下が見透かしように笑っていらっしゃいます。
その笑顔を見ると次々と涙がこぼれてしまいます。
もう少しだったんです。あと少しでお姉様をお助けできたのに。
私たちの作戦は、全て……無駄だったのでしょうか。
最初から、リュシオン殿下の掌の上で踊らされていただけだったのですか?
私たちの『お姉様救出作戦』が、ガラガラと音を立てて崩れてしまった瞬間でした。
◆
ミレイナさんとカイルさんの2人が来たあの日以来、私の部屋の警備は更に厳重になったようです。部屋の扉の前には昼夜問わず近衛騎士さんが立つようになりました。
部屋に入っていくる神官さんたちにも、必ず近衛騎士さんがついてきます。
私にはカイルさんが捕まってしまうような『悪い人』だったとは思えませんでした。
あの方は、私を部屋から出そうとしていただけだった。そう思うのです。
それに……カイルさんは、きっと私が探していた人です。
もう一度、あの方たちと会ってみたい。
そう思った私は、思い切ってリュシオン殿下に尋ねました。
「リュシオン殿下。先日いらっしゃったあの方たちとは、もう会えないのでしょうか?」
すると、リュシオン殿下は微笑みを浮かべながら答えてくれました。
「そんなことはないよ。浄化の儀式が終われば、あの2人とも無事に再会できる。きっとね」
リュシオン殿下は私に優しくしてくれる、とても素晴らしい婚約者です。
彼のことはあまり好きになれませんが、私は彼の言うことを信じようと思います。
やっぱり浄化の儀式ですか――。
神様も国を浄化して欲しいと言っていますし、それを行うのが私に課せられた運命なのでしょう。
だって私は、聖女なのですから。
そうして迎えた浄化の儀の前日。
いつものように眠りの浅い夜を過ごし、夜明け前に目を覚ましました。
でも今日はいつもとは違う日になりそうです。
この部屋に、見知らぬ女の人が立っているからです。