52 お姉様救出作戦1
セレナティア様――いえ、お姉様とお会いした、あのお茶会から一月ほどが過ぎました。
クレフィーヌ子爵家はお父様が本来の優しさを取り戻し、少しずつですがかつての平穏を取り戻しつつあります。これも全て、私を絶望の淵から救い出してくださった、セレナティアお姉様のおかげです。
けれどあの日以来、お姉様からのお便りは一度もありませんでした。
いつもなら毎週のようにお手紙が届いていたのに。一体どうしたのでしょう?
でも、お姉様は必ず連絡するといって下さいました。律儀なお姉様が約束を破るとは考えられません。『聖女認定の儀』という、とても大切な儀式を控えていらっしゃいましたから……お姉様はお忙しいのだろうとは思います。
でもこんなことは初めてです。もしかしたら、なにか問題があったのかもしれません。言いようのない不安を胸の内に抱える日々でした。
そんなある日の午後、王家の紋章が押された1通の手紙が、私のもとに届きました。
差出人は、リュシオン王太子殿下。
ああ……またですか。きっとお茶会のお誘いです。
何回も断っているのに、どうしたら分かっていただけるのでしょう……。
そう思いながら封を切った私の目に飛び込んできたのは……。
信じられない、そしてあまりにも残酷な言葉でした。
『――セレナティアは、聖女認定の儀の代償として、記憶を失った。君が気に病む必要は、もう何もない。遠慮することなく、私の誘いを受けてほしい』
……記憶を、失った?
お姉様が? そんな、御冗談ですよね?
頭が真っ白になり、手から手紙が滑り落ちそうになるのを、必死で堪えました。
……嘘ですよね?
あんなに素敵で、聡明で、芯の強かったお姉様が……。
そして、なによりも。この手紙っ……!!
リュシオン殿下は、お姉様の不幸を、まるで好機とでも言うように……!
許せない……絶対に許せない。
大切な方を侮辱されると……こんなにも、心の底から怒りが湧き上がってくるものなのですね……。
こんなに怒ったのは、生まれて初めてです。
私は、侍女に急いで馬車の用意をさせると、いてもたってもいられず、ヴァルムレーテ公爵家へと向かいました。
公爵家に到着した私を出迎えてくださったのは、執事長のマティア様と、侍女のクラリッサ様でした。お二人の表情は、以前お会いした時とは比べ物にならないほどに暗く、憔悴しきっているように見えました。
そのお姿を見ただけで、手紙の内容が紛れもない事実なのだと悟りました。
分かってしまったのです。
マティアさんたちにお話を聞くと、聖女認定の儀が終わってからもお姉様はご帰宅されていないということでした。
「マティア様、クラリッサ様……! これを……これを見てください」
私は、震える手でリュシオン殿下からの手紙を差し出しました。
「やはり、お嬢様に何かあったのだとは思っていました……」
マティア様が静かにそう呟き、クラリッサ様に手紙を渡します。
クラリッサ様は、手紙に目を通した瞬間……その場に泣き崩れてしまいました。
「そんな……お嬢様が……お可哀想に……! うっ、ううっ……!」
それを見た私も、こらえていた涙がこぼれてしまいます。
「クラリッサ……。気持ちはわかります。しかし、私たちはお嬢様の使用人。泣いているだけでは、何も始まりません。使用人たる我々はお嬢様をいかなる時もお助けしなければいけません」
「お嬢様を……お助けする?」
「そうです。お嬢様は今も王宮で……たった1人で不安な思いをされているはずです。我々が、お救いせねばいけません」
マティア様は苦しい表情をされていましたが、毅然とした声で言いました。
「で、でも、どうやって……? 私たち使用人ごときに、何ができるのですか……?」
お姉様をお助けする……私たちが?
ですが、私もお姉様を助けたいです。
そう思ったときには叫んでいました。
「私もお手伝い致します!」
「ミレイナ様!? お気持ちは嬉しいのですが。たった3人では……」
クラリッサ様が不安そうに俯きます。
女性2人と、年配の男性が1人。
クラリッサ様の言うように、私たちだけで王家に立ち向かうのは無謀な気がします。
さっき決意したばかりなのに、急に不安になってしまいます。
ですが、マティア様は違いました。
「大丈夫です。お力を……お借りするのです!」
マティア様の瞳に、鋭い光が宿ります。
「お嬢様が、最も信頼を寄せておられた、あのお方に」
「あのお方……?」
私には検討もつきませんでした。一体誰なのでしょう。
ところが、俯いて泣きじゃくっていたクラリッサ様が、不意にバッと顔を上げたのです。
「マティアさん、それって、もしかして……?」
「そうです。騎士団長、カイル・ラザフォード様です。あの方ならば、きっと我々の力に……お嬢様のお力になって下さります」
カイル・ラザフォード様。その名前は私でも知っています。
騎士団の若き英雄さんです。
私とお姉様が出会うきっかけとなった、あの夜会でも、ひときわ目を引く方でした。
そのお方にお姉様が、信頼を寄せていた……?
「猶予はありません。今から向かいましょう。ミレイナ様も……よろしいですか?」
「ええ……もちろんです。覚悟はできています」
お姉様のためなら、どんなことでもしますとも。
心強い2人の味方ができました。今から私の『お姉様救出作戦』が始まるのです!
私たちは、一縷の望みを託し、騎士団の詰所へと向かいました。




