5 復活とミッション
「……嫌だったのよ。あんな疲れる力。倒れて寝込むほどの代償がある魔法なんて、誰が好き好んで使いたいと思うの?」
「おかしいわね~。怪我を治すくらいでそんなに疲れるかしら?」
「実際、私は寝込むくらいだったわ」
「もしかしたら、未熟だったからなのかも。必要以上に魔力を使ったかもしれないわね~」
「魔法なんて、初めて使ったんだもの。加減なんてわからないわ」
「でも、思い出したでしょ? あなたには聖属性魔法の素質があるの」
エル=ナウルの言葉は、ポワンとした口調で優しかった。
けれど、逃げ道を塞がれたような気がした。
「そういうわけで~、あなたは『聖女』になるはずだったの。それがどうして悪女なんかになっちゃうのよ、セレナティアちゃん」
「ふん、私が聞きたいくらいだわ」
「セレナティアちゃんには国を救ってほしかったの。だって、もう三百年以上も聖女の光が国に届いてないんだもの。これは大変なことなのよ」
「ふうん……聖女がいないと、いったい、何が困るのかしら?」
「魔物が活性化するでしょ~。あとは人の心が荒むわね。おかしな病も流行るし。世界が、少しずつ死んでいくんじゃないかしら?」
語られる世界の終わり。
エル=ナウルの口調がほわほわしているせいか、残念ながらまったく緊張感がない。
魔物が活性化している話はカイルから聞いたことがある。
でもそれって、私に何の関係があるの?
私はもう死んでいるのに……。私のいない世界がどうなろうと知ったことはない。
「……で? それで終わりかしら?」
沈黙のあと、私は言葉を吐き捨てるように言った。
「知っての通り、私はもう死んだの。なにもできないわ。どうせ、代わりの聖女が生まれるんでしょ? その娘に国を救ってもらったら良いじゃない」
「うんうん、そう思うのも無理ないわね」
大げさに頷いた彼女は、両手を広げて勢いよく舞い上がる。
「それがね~。聖属性魔法の素質を持つ女の子って、そう簡単に生まれないのよ。それこそ百年に一度あるかないかっていうか~」
「だから何? さっきから回りくどいわね。あんた、私に何をさせたいわけ?」
「……選んでほしいの」
「選ぶ??」
エル=ナウルは、空に両手をすっと伸ばした。
現れたのは、白い空間に浮かぶ2つの扉。
「ひとつは、このまま死んで『あっち』へ行く道。もうひとつは、生き返って『人助け』しながら生きる道」
「私が人助けなんてすると思う?」
「うん、でもこのまま死ぬのもイヤなんでしょ?」
図星を突かれて、私はぎくりと肩を震わせた。
……そう。このまま私という存在が消えてしまうのは、怖い。
最後に残ったこの意識すら、すべてが消えてしまうのは、とても怖い。
私は……まだ、終わりたくない。
悔しさ。怒り。
あの女――ミレイナを蹴落としたい、というドス黒い感情すら――まだ胸に残ってる。
「あんた、つくづく嫌らしい女ね……お望み通り、生き返ってやるわよ。その代わり、私はあくまで『自分のため』に生きるから」
エル=ナウルは、くすくすと笑った。
「いいのよ~。そういうわがままな子、好きよ。うん、素直で大好き」
「……何それ。あんたって、変な神ね」
「変な神だから、あなたを選んだのよ。それじゃあ、セレナティアちゃん。よろしく頼むわね」
その瞬間、私の身体は扉に吸い込まれていった。
まばゆい白に、全てが染まる――。
――ゆっくりと意識が覚醒していく。
白く、美しい天蓋付きのベッド。揺れるレースのカーテン。
間違いない。ここはヴァルムレーテ公爵家にある自分の部屋だ。
「さっきのは……夢? のわけ、ないわよね」
口に出してみても、どこか実感がない。
だって私は――処刑されたはずだ。
思わず首をさわってしまう自分。
あの変な神、エル=ナウルは……私を生き返らせたの?
ほんとうに?
起き上がろうとしたそのとき。
ピコン。
突然、視界の前に『それ』は現れた。
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《デイリーミッション:けが人を治す 0/2》
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「……はあ?」
明らかに現実とは思えない『それ』。
光の枠の中に半透明の文字列が浮かんでいるのだ。
「なによ、この四角いのは……?」
「それは神からの指令よ~。ミッションをクリアしないと、死に戻りコースまっしぐら~。レッツ人助け~」
唐突に、頭の中に聞き覚えのある声が響いた。
まるで緊張感がなくて、ポワポワして、あざとくて、妙に私の神経を逆撫でする女――エル=ナウルの声だ。
「え? なに? どういう――」
「詳しくはウィンドウをタップしてみて? 今時の若者なら、指で操作ぐらいできるでしょ~?」
いや、タップってなんなのよ?
ウィンドウって? この光の枠のこと?
今時の若者だからって、こんなの知らないけど……。
私は眉をひそめつつ、恐る恐るウィンドウに手を伸ばした。
ピッ。という甲高い音とともに表示が増える。
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《けが人を治す:0/2》
▼説明を見る
→ この世界においてあなたは『聖女』の素質を持っています。
本日分のミッションを完了しない場合、蘇生権が無効となります。
ちなみに、時間軸はあなたが死んだ2年前に戻っています。
断罪の心配はありませんので、安心してミッションに励んでください。
→ ご褒美:経験値、能力値、スキルレベルの上昇など、嬉しいこといっぱい!
たくさん人助けして、聖女ライフを楽しもうね! あなたの神より♡
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「なにこのノリ! ふざけすぎよ!!」
ツッコまずにはいられなかった。
でも、内容は……あの女のことだから本気っぽい。
とにかく、けが人を探せってこと?
めんどくさいけど、ミッションを無視する勇気もない。
下手したら死ぬわけだし。
「ほんとうにムカつく女……」
私は渋々、部屋の外へと出た。