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47 渦巻くなにか

 引き続き文献を調べていくが、ほとんど聖女に関する情報が出てこない。ヴァルムレーテ公爵家の書庫は、王家にも引けを取らないほどの本が所蔵されているというのに。


「やっぱり、大した情報がないわね……」

 

「おそらく、王家と大神殿には情報があるのだと思いますが……さすがにそこまで調べることは不可能でございましょう」


 マティアはそこで言葉を切り、思案げな顔で顎に手をやった。


「もしかすると……聖女という存在は我々が考える以上に、国家にとって重要な――あるいは……秘匿せねばならない『何か』があるのかもしれません」


「情報を意図的に隠している、と……?」


 聖女については誰しもが知っているほど有名な存在なのに、その詳細は国家機密?

 そこまでして隠さなければならない何かがあるの?

 

「お嬢様……。私は、お嬢様がどのような道を選ばれようと、ずっとお傍におります。ですから、決してご無理だけは……」


「もちろん、このマティアもご一緒致します」


「2人とも……ありがとう」


 彼らの忠誠心が、温かく胸に染みる。けれど、この不安を根本から取り除いてくれるものではない。聖女や儀式について調べたけれど、わかったのは断片的なことだけ。詳しいことや重要なことは、何もわからなかったのだから。

 

 ひどく胸騒ぎがする。このままでいいの?

 何かが、私の知らないところで動いている気がする。


 こういう時、声が聞きたくなるのは……頼りたくなるのは彼しかいなかった。


 私は部屋に戻ると、一枚の羊皮紙にペンを走らせた。


『カイルへ。

 ご無沙汰しています。王宮より、一月後に『聖女認定の儀』を受けるよう命じられました。

 詳しいことは、実のところ私にもわかりません。何が待っているのか、その後どうなるのかも。

 正直なところ、大変戸惑っています。不安です。けれど、逃げ出すこともできません。

 でも、もし私が聖女になることで、この国に何か変化が訪れるなら。

 それがほんの少しでも、あなたの未来の助けになるのなら。私はきっと、その道を歩いていけます。

 このことを、あなたにだけは、伝えておきたくて。

 セレナティアより』


 本当は今すぐにでもカイルに会いたい。でも会いに行くわけにもいかないし、手紙であっても「会いに来て」と素直に伝えられない。この関係にもどかしさをおぼえた。



 ◆


 執務室で山積みの書類と格闘していると、部下の一人が「団長、お手紙です」と一通の封筒を差し出した。


 封蝋を見ると、優雅にして気品のある鷹の紋章が記されていた。見間違えるはずがない。これはヴァルムレーテ公爵家の紋章だ。

 

 その瞬間、俺の心臓はファンファーレを聞いたかのように高鳴った。

 だが、態度には出せない。


「ああ、ご苦労さま」


 平静を装って受け取るが、内心は全く落ち着いていない。

 今すぐにでも開封したいが、目の前には部下がいる。ここは仕事を続けたほうがいいと判断して、手紙をそっと机の上に置く。そして、何事もなかったかのように書類作業を続けた。


 部下が退出するのを待ってから、俺は改めてその手紙を手に取った。

 

 きっとセレナからだ……!

 

 先日、訓練場で見せてくれた、はにかむような笑顔が脳裏に蘇る。あの後、彼女は騎士団の男たちの間で、本物の「女神」として語り継がれていた。俺は暫くの間、自分の恋人がこれほどまでに素晴らしい女性であることに、誇らしい気持ちで胸が熱くなっていた。

 

 逸る気持ちを抑えて、丁寧に封蝋を剥がす。

 一体、どんな愛らしい言葉が綴られているのだろうか。


 しかし、そこに記されていた言葉に、俺の浮かれた気持ちは一瞬で凍りついた。


『――王宮より、一月後に『聖女認定の儀』を受けるよう命じられました』


 聖女認定の儀だと……!? しかも一月後に……!

 

 読み進めるほどに、彼女の不安が、その丁寧な文字の行間から滲み出てくるようだった。『戸惑っています』『不安です』という素直な言葉。そして、『あなたの未来の助けになるのなら』という、健気で、あまりにも自己犠牲的な一文。


 馬鹿なことを言わないでくれ、セレナ……!

 俺は……君にそんな覚悟をさせてまで、未来など欲しくはないのに。


 だが……それよりも気になる、奇妙なことがあった。

 

 聖女認定の儀とは、国宝である聖杯フェイト・ルクスを用いる重要な儀式のはず。

 それなのに、こんな催しが行われることを俺は知らないのだ。


 そんなことがあるか?

 なぜ俺の耳に、今まで一切の情報が入ってこなかった?


 騎士団長として、王都の警備を統括する立場として、このような重要な儀式を知らされないはずがない。

 まるで秘密裏に進められているかのような段取りに、俺は得体の知れない不安を覚えた。

 

 このことを婚約者であるリュシオン殿下は、何かご存じなのか……?

 それとも……。


 リュシオン殿下が、最近のセレナの「聖女活動」を高く評価しているという話は耳にしていた。だが……これは評価というよりも何か、別の目的があるのではないか?

 

 疑念が頭から離れない。

 嫌な予感が、胸の奥で渦を巻く。

 

 俺はセレナの手紙を強く握りしめた。


「セレナ……。何があろうと、俺が必ず君を守り抜く。この命に代えても」


 窓の外に広がる青空とは裏腹に、俺の心には暗い霧が蠢いていた。

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