表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/65

43 秘密の関係

 なんて光景だ。

 俺は内心で息を呑んでいた。


 普段は汗と土埃、そして男たちの怒号が飛び交うストイックな場所である訓練場が、まるで別の場所のように、温かい活気に満ちている。


 その中心にいるのは、もちろんセレナティア様――いや、セレナだ。


 彼女が微笑みかければ、屈強な騎士たちの顔が面白いほどに綻んでいく。


 彼女の手から放たれる優しい光が傷を癒やし、彼女が心を込めて作ったという温かいスープと食事が団員たちの疲れた身体と心を癒していった。



「セレナティア様のサンドイッチ、最高です! 毎日でも食べたいくらいです!」


「スープも身体に染み渡りましたよ……。こんなに美味しいものを頂けるなんて、俺たちは幸せ者だ!」


「いやいや、このクッキーだって最高ですぞ!」


「癒やしの魔法だけでなく、お料理までお上手だなんて……セレナティア様は、本当に我らが騎士団の女神様ですな!」



 団員たちの口々から上がる称賛と感謝の言葉。騎士たちに囲まれた彼女は少し困ったような、でもどこか嬉しそうな微笑みを浮かべていた。


 ああ……なんて、美しいんだ。


 公爵令嬢としての気品や、時折見せる鋭さとは違う、柔らかな慈愛に満ちた表情。俺だけが知っていたはずの彼女の優しさが、こうして皆に認められ、慕われている。それが、自分のことのように誇らしい。


 先日行われた建国記念パーティーで、俺たちは恋人同士になった。


 実を言うと、初めて会った時からずっとセレナに恋い焦がれていた。俺の脚を治してくれた、幼い頃からずっと。


 セレナは公爵令嬢。三男である俺は、爵位を継ぐことはできない。そんな俺では彼女に見合わない。でも俺はセレナに何としても近づきたかった。


 セレナに見合う男になるため……俺は騎士団入りを決意した。

 騎士として武勲を立て、地位と名誉を得ることができれば……こんな俺でもセレナに近づくのも可能なはず。その一心で俺はがむしゃらに体を鍛えた。


 

 だが俺が騎士団長になった頃、セレナはリュシオン殿下の婚約者になっていた。自分の恋は叶わなかったが、せめて近くで見守ることが出来ればいいと思っていた。


 それが、まさかセレナから告白して貰えるなんて……。

 天にも昇る思いだった。気がついたらセレナを受け入れてしまっていた。

 

 俺たちは堂々と公表できる関係じゃない。


 セレナと恋人同士になったが、リュシオン殿下の婚約者という立場は変わらないのだ。もし知られたら、俺たちは王家に対する反逆罪に問われることは間違いない。


 どんな事があっても、俺たちの関係を絶対にバラすわけにはいかない。


 

 セレナのことを愛している。

 だが、本当にこれで良かったのだろうか?


 俺があの時、彼女を受け入れなければ……。

 セレナを危険にさらすようなことはなかったのではないだろうか?

 

 ふと視線を感じて目を向けると、セレナが穏やかな表情でこちらを見つめていた。目が合うと、彼女は柔らかく微笑んでくれる。


 その笑顔だけで、俺の心は幸せでいっぱいになる。

 さっきまでの戸惑いが嘘のように吹き飛び、俺があの笑顔を守っていくんだという気持ちが沸き起こってくる。


 そういえば……。

 さっきアレンが彼女に深々と頭を下げて、心からの感謝を述べている姿を見た時は、胸に熱いものがこみ上げてしまったな。彼は魔物から受けた呪いによって死の淵をさまよっていた。誰もが諦めかけていたその時、アレンを救ってくれたのは俺の愛しい人であるセレナだった。

 

 そして今日も、その力を惜しみなく使ってくれた。

 彼女の力は、本物の奇跡だ。


 

「セレナティア様、本当にありがとうございます! もしよろしければ、明日も、その次の日も、毎日いらしてください!」


 一人の若い騎士が叫んだのを皮切りに、「そうだ、そうだ!」という歓声が上がる。


 こら、お前たち。

 気持ちは分かるが、あまり彼女を困らせるな。

 

 本当は「彼女は俺の恋人だぞ!」と叫んでしまいたい……。

 だが、この場ではその衝動は抑えないといけない。そんなことは、口が裂けても言ってはいけないのだ。


 俺たちの関係は、まだ誰にも知られてはならない秘密なのだから。


 多分……少し、嫉妬してしまったのかもしれないな。

 彼女の笑顔を俺だけで独り占めしたい……と。


 俺は軽く咳払いをして、盛り上がる団員たちの輪へと歩み寄った。


「お前たち、あまりセレナティア様のお手を煩わせるな。気持ちは分かるが、ヴァルムレーテ公爵家の姫君に、毎日炊き出しをさせるわけにはいかんだろう?」


 団長としての威厳を少しだけ込めて言った。


「たしかに」

「そうですな」

「ちぇっ……」

「団長のケチ!」


 騎士たちは不満の声を口々に漏らしながらも素直(?)に引き下がっていく。

 こいつらは見てくれは荒々しいが、根は真面目な良い奴らなのだ。


 人が引けたところで、俺はセレナに向き直る。彼女は、少し頬を赤らめながら、こちらをじっと見つめていた。


 ああ……なんて可憐なんだ。

 その潤んだ瞳に、心臓が高鳴ってしまう。思わず抱きしめたくなってしまうのをグッと堪える。


 まずは、公の場での挨拶をしなければ。


「セレナティア様。本日は心のこもった差し入れ、騎士団を代表して、心より感謝いたします」


「いえ、皆さんが喜んでくださって、わたくしも嬉しいですわ、ラザフォード団長」


 彼女も心得たもので、「ラザフォード団長」と俺を呼ぶ。その他人っぽい響きが、ほんの少しだけ胸をチクリと刺す。


「……ところで、セレナティア様。先日ご報告いただいた件で、少しだけ確認したいことが。こちらで少し、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」


 仕事の話がある、という完璧な口実。ただ2人で話がしたいだけなのだが……。


「ええ、もちろんですわ」


 頭の回転が速い彼女は、すぐに俺の意図を察してくれたようだ。


 くっ……その聡明さすらも、愛おしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ