42 団長特権
深々と頭を下げるアレンに、私は優しく微笑み返した。
「アレンさんがお元気になられて、私も嬉しいわ。これからも、国の守りのために力を尽くしてくださいね」
「はっ! もちろんでございます!」
「おい、アレン早くどいてくれよ。次がつかえてるんだぞ!」
「まじか、悪い悪い。それではセレナティア様、失礼いたします!」
アレンは敬礼のポーズをとった後、そそくさと去っていく。
真面目だけど不器用そう、でも真っ直ぐな……。
なんとなく、カイルが気にかけるのもわかる気がする。
騎士の人たちはもっと粗野で荒々しいのかと思っていたけれど、意外としっかりしていて紳士的なのね。もしかしてカイルの教育のおかげかしら?
カイルが彼らを教育している姿を思い浮かべると、自然と笑みが零れてしまう。
不意にカイルと目線が合う。カイルは僅かに口角を上げて微笑んでくれた。私も少しだけ微笑み返す。たったそれだけのことで、私の心は満たされてしまう。
私、本当に彼が好きなのね……。
こんな私が人を好きになるなんて、思いもしなかった。
人を好きになるって、こんなに幸せなことだなんて。
「さあ、次の方どうぞ」
私は順番待ちをしている騎士たちに微笑みかけた。
◆
騎士たちの治療が一通り終わったところで、マティアに合図を送る。
そう、食事の用意を始めるのだ。老執事のマティアと料理人のトマスは大きな鍋を、侍女のクラリッサと私で大きなバスケットを運ぶ。
トマスは熟練の料理人だけど、手を火傷してしまうようなうっかりおじさん。でも、何故か私に気を許していて、ことあるごとに協力してくれる。ミッションの内容によっては炊き出しをする時もあるけれど、その度に彼は必ず手伝ってくれるのよね。見た目は中年のおじさんだけど、結構ありがたい存在だったりする。
大きなバスケットの中には、ハムと野菜や玉子を挟めたサンドイッチと、クッキーなどの甘い焼き菓子がぎっしりと詰まっている。
鍋の中には、鹿肉と野菜をバランスよく入れた温かいスープ。
どれも騎士たちのために私が作ったもの。量が多いから屋敷の料理人たちにも手伝ってもらったけれど、あくまで主体は私。
実は、早起きして作った気合の入った料理なのよね。
公爵令嬢なのに料理なんてするの? って思うかもしれないけれど、可哀想な私はミッションをこなさないといけない定め。
自称神のムカつくタレ目女こと、エル=ナウルから課せられる理不尽な課題には『料理を振る舞う』なんてのもあるわけで……。
でも私にはスキルがある。
ミッションをこなす度に、報酬として押し付けらている『あれ』よ。
料理スキルはもちろん、『包丁』『味付け師』『皮むき達人』『火加減』『菓子職人』『野菜ソムリエ』などなど数え切れないほどのスキルがあるの。そしてそのほとんどがレベルMAXまで上がっている。
貰ったスキルが多すぎて、私はもう何のスキルが役に立っているか分からない。でも、美味しい料理が出来上がるのだから良しとしましょう。
実は、他にも何に使うのかわからないスキルもいっぱいあるのよ。『板金』『溶接』『プログラミング』『電気工事士』なんて……説明を見ても内容がまったく理解できない謎スキルたち。
……これは一体、何なの?
あの女、私に何をさせたいのかしら。
エル=ナウルを問い詰めようにも、あの女は治癒院で会った以降、私の前に姿を現さないし、連絡手段もない。
あるのは、あの女による一方的な押し付けだけ。
文句すら言えない状況なのよね……。
変なスキルが増えたところで、実害はないからいいんだけれど。
というわけで……。
「皆さん、お疲れでしょう。ささやかですが、軽食を用意してきましたの。どうぞ召し上がって下さいな」
「ええっ!? まさか、セレナティア様の手料理ですか!?」
「うおぅ! スープまであるだと?」
「これは……なんとも美味そうな匂いですぞーー!」
目を輝かせる騎士たちが私に殺到する。鍛えられた男たちが押し寄せる勢いに圧倒されていると、思わぬ助け舟がきた。
「こらお前たち、そんなに群がるな。セレナティア様が困っておられるぞ?」
ふわりと揺れる金髪。そう、カイルだった。
「あっ、団長! そう言って抜け駆けするつもりですか?」
「そうか……それもありだな。じゃあ団長特権ってやつで、俺が最初に頂こう」
「ふふ。じゃあ、団長さんに最初に食べて頂きましょうか」
そう言ってカイルにサンドイッチを手渡す。
「団長ズルいっすよ!」
「私も食べたいですぞ!」
みんながブーブー文句を言っているのを気にせずカイルは食べ始めた。けれど、実はカイルに最初に食べてもらいたかったから、私はすごく嬉しい。
でも……。
「……あ、味はどうですか?」
そう、もしカイルの口に合わなかったら?
ちゃんと味見してきたし大丈夫だと思うけど……。
「セレナティア様。これは…………」
――え?
なんか変だった?
「これは……??」
もしかして……美味しくなかった?
私はゴクリと唾を飲む。
「最っ高に美味しいですっ!」
――ああ……よかった。
「うおおー!! オレも食べる!」
「私の方が先に食べますぞ!」
群がる騎士たちにバスケットを差し出すと、すごい勢いで中身が無くなっていく。
「まだまだいっぱいありますから……そんなに焦らなくても大丈夫ですよ」
あっという間にバスケットは空になり、訓練場には満足げな笑顔が溢れていた。