41 職場訪問
あの中庭での告白から、私の心はカイルへの愛で満たされていた。
まるで陽だまりの中にいるような安らぎの日々。
世界の色が変わって見えるほどに幸せに包まれていた。
この幸せを続けて……ううん、もっと前に進むために、私はがんばらないといけない。
リュシオンに私たちの関係を気付かれずに、ミレイナを使った婚約破棄計画を推進していくこと。
でも……今の私にとって何よりも優先したいのは――『カイルとの時間』だった。
今日は、カイルからの『お願い』という名目で、騎士団の訓練場を訪れていた。
表向きは、日々の訓練や、魔物との戦いで負傷した騎士たちを癒やすため。
裏の目的は、神からの依頼であるウィークリーミッションをこなすため。
けれど、本当の目的は……少しでも長く、カイルの傍にいたいから。カイルを見ていたいからだった。
私たちはあの夜、お互いの気持ちを確認し合った。けれど、婚約破棄計画はまだ始まったばかり。計画が上手くいくまで、私たちの関係は決して公にしてはいけない。
だからリュシオンとミレイナが結ばれる前に、私たちの関係を深い所まで進めるわけにいかない。
だって、一度身体を重ねたら歯止めが効かなくなってしまうもの……。
苦しいけれど、今は我慢。
噂になっちゃうようなことしたら、計画が水の泡だから。慎重に進めて行かないとダメよね。
でも……彼を見るくらいなら許されるよね?
私はカイルが働く姿を間近で見てみたかった。
今日は騎士たちを癒すために訪れたわけだし、カイルを見ていても不思議はないでしょ?
活気あふれる訓練場に足を踏み入れると、剣のぶつかり合う音、騎士たちの勇ましい掛け声がきこえてくる。
騎士たちの熱気がここまで伝わってくるみたいで少し圧倒される。普段私が身を置くのは華やかな社交界。こことは全く違う正反対の場所だけれど、不思議と胸が高鳴るそんな空間ね。
騎士たちの中で一際目を引くのは、やっぱりカイルの姿。厳しい表情で訓練を監督し、時には自ら剣を振るって指導する彼は、本当に輝いていた。
私に向けてくる優しい顔とはまた違うけれど、真剣に仕事に打ち込む顔も、とてもいい。
あぁ、働くカイル……その真剣な眼差しも、部下を育てようとする姿勢も、額に滲む汗も。
全部、全部、素敵……好き。
「うおおっ!! セレナティア様が……ついに我が騎士団にも来てくださった!!」
「あれが噂の聖女様か!? ……なんて美しいお方だ」
私の訪問に気づいた騎士たちが、次々と集まってくる。直前まで訓練をしていたらか……ちょっと男臭い。
彼らの身体には、あちこちに擦り傷や切り傷が見て取れた。
私は、さり気なくウィンドウを呼び出して、それとなく今週のミッションを確認する。
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《ウィークリーミッション》
怪我人を治療する:48/100
お腹を空かせた人に食事を振る舞う:7/50
▼期限:【残り4日】
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騎士たちは軽く見積もっても100人以上いると思う。
これならミッションの方もクリアできそうね。
じゃあ、始めていきましょうか!
「今日は皆さんのお怪我を治しに来ましたの。小さな傷でも遠慮なく言ってくださいね」
「セレナティア様、本日はわざわざありがとうございます!」
「この程度の傷、大したことはないのですが……」
口ではそう言いながらも、彼らの顔には安堵の色が浮かんでいた。
「いいえ、小さな傷でも放っておくと訓練に差し支えますわ。さあ皆さん、どうぞこちらへ」
私は彼らに微笑みかけて、一人一人に聖属性魔法をかけていく。優しい光が騎士たちの傷を包み込むと、彼らの表情が柔らかくなっていった。
「おおっ、本当に痛みが消えたぞ!」
「うそだろ? 傷が消えてる」
「これが噂に聞くセレナティア様の聖なる魔法!? なんという神々しい力……!!」
あちこちから感嘆の声が上がる。その中に、ひときわ力強い声があった。
「セレナティア様! その節は、本当に、本当にありがとうございました!」
えっと……誰だっけ?
人を癒すなんて、私にとって日常みたいなものだし、いちいち顔なんて覚えていないのよね……。
という私の戸惑いが顔にでていたのだろう。
「すみません。説明が足りませんでした。私はアレンと申します。呪いに侵され、治癒院で死ぬのを待つばかりだったのです。そんな絶望に満ちた私を……セレナティア様がお救いになって下さったのです。お忘れでしょうか?」
たしかカイルが面会しに来た部下よね。アレン……っていったかしら?
初めてのウィークリーミッションで、エル=ナウルにハメられた時に治療した……呪いに侵されていた人?
「思い出しましたわ……見違えたので気づきませんでした」
うん、本当は顔なんて覚えていないけれど……。
「貴女様のおかげで、私は再びこうして騎士としてここに立つことができています。このご恩は、決して忘れません!」
治癒院で呪いに侵され、医者ですら手の施しようが無かった彼。
でも今はすっかり健康を取り戻して、瞳には力強い光が宿っている。
良かったじゃない……。
最近思うけど、感謝されるのって……なかなかいい気分なのよね。