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36 悪女VS性悪

 私の胸の奥で湧き起こる黒い怒り。それは計画をぶち壊されたからじゃなかった。もっと直接的な何か。自分でも説明出来ない、不思議な感情だった。


 悪女としての経験が、その激しい感情に飲まれそうになるのをギリギリ踏みとどませる。

 

「クレフィーヌ子爵夫人ですか? それと、そちらはご令嬢たちですわね? ごきげんよう」


 私の声に、3人が弾かれたように顔を上げた。ミレイナの瞳が一瞬驚きに見開かれる。そして、その隣にいた継母のアマンダと、派手なドレスの義姉たちは、明らかに狼狽えた表情で私を見つめる。


「セ、セレナティア様!? こ、これはこれは……!」


 アマンダが慌てて取り繕ったような笑みを浮かべる。


 わざとらしい笑顔。

 それに貴族の礼が全くなっていない。


 見れば隣の義姉たちも、好奇と警戒の入り混じった視線を私に向けているだけで、挨拶すらまともにできない始末。


 ふうん、何となく読めたわ。


「ええ、少し人混みに疲れてしまって。静かな場所を探していたのよ。……でも、何やらお取り込み中だったかしら? それにしてもミレイナ、顔色が優れないようだけれど?」


 私は心配するような声音を装い、ミレイナに視線を送ってみる。でと彼女は俯いたまま。

 か細い声で「いえ、あの……」と何かを言いかけたが、すぐに言葉を飲み込んでしまった。


「なんと、セレナティア様ったら、お優しいですのね。この子は昔から少し気が弱くて、人前に出るのが苦手なものですから。夜会なんて、場違いだったのかもしれませんわねぇ、オホホ」


 アマンダが、わざとらしい甲高い笑い声を上げる。その言葉には、ミレイナへのあきらかな侮蔑が透けて見えた。

 脇からアマンダの娘の義姉も口を挟んでくる。


「そうですわね、お母様。こんなドレスしか持っていないミレイナには夜会なんて場違いですわ。ホホホ」


 なるほどねぇ、いつもこうやって虐めているわけ……。


「まあ、アマンダ様。わたくしには、ミレイナは少し緊張なさっているだけのように見えますけれど。むしろ、これほど美しいドレスをお召しになっていらっしゃるのに、もっと堂々とされてもよろしいのではなくて?」


 ミレイナが着ているのはどう見ても古びたドレスだった。私はその少し色褪せたピンクのドレスを、あえて美しいと評し、にっこりとアマンダに微笑みかける。


「そ、そうですわよね! セレナティア様の仰る通りですわね。ミレイナ?」


 アマンダは私の言葉に顔を引きつらせながらも、必死に同意する。

 

 何が『そうですわよね』だ。白々しい。

 さっきまでバカにしていたくせによく言うわ……。

 

「アマンダ様のドレスも、大変素晴らしいですわね。もちろん、そちらの令嬢方のドレスも……」


「ま、まあ、光栄です」


 私はアマンダを冷ややかに見つめ、単刀直入に切り出した。


「ところでアマンダ様。私、先日ミレイナに水色のシルクのドレスをお贈りしましたの。でも、本日はお召しになっていないようね。私、今日の夜会で彼女がそのドレスを着てくれることを、とても楽しみにしていたのだけれど」


「……」


 私の言葉に、アマンダ様の顔色が変わる。隣の義姉たちも扇子で口元を隠してはいるが、動揺を隠せていない。


 私は声を低くして尋ねた。


「……何か、理由でもおありで?」

 

「あ、あら、あのドレスですの? それは……あの子には少々、地味すぎたというか……今日の華やかな場には、こちらのピンクの方が似合うかと……ねえ、ミレイナ?」


 無理やりミレイナに同意を求めるが、ミレイナは私を凝視したまま固まっていて何も答えない。


「地味ですか……? あのドレスが? ええ、そうですか。では、私の見立てが悪かったと……そう言いたいのですね」


「えっ……と、あの。つまり……」


 あのドレスは元々私のドレスだ。生地から何までこだわり抜いた最高級の仕立てによるドレスなのよ?


 いうに事欠いて地味ですって!?


 あのドレスは……。


 私とミレイナが一緒に選んだ……彼女の魅力を最大限に引き出すために選んだ、最高のドレスなのよ!


「ふふっ、冗談ですわ」


 私は一度、怒りを悟らせないようにそう言って微笑んでみせる。


 アマンダがホッとした表情を浮かべた、その瞬間。


「――でも、わたくしが心を込めて選んだ贈り物を、無下にするというのは……ヴァルムレーテ公爵家、ひいては王太子殿下への、小さくない侮辱とも受け取れますわね?」


 私の声のトーンが一段と低くなる。談話室の空気が、ピリリと張り詰めていくのがわかる。

 ああ……この感じ、最高。


「そ、そのようなつもりは毛頭ございません! ただ、本人の好みもございますし……!」


「好み、ねえ……。つまり、私の贈り物は好みでは無いと?」


「………………」


 私の問いに、とうとう返事すら出来なくなるアマンダにさらに追い打ちをかけていく。


「まあ、ドレスの件は些細なことですわ。それよりも……今頃、クレフィーヌ子爵家では、もっと大きな問題が持ち上がっている頃かもしれませんわ。オホホ」


「な……!? な、何を仰いますの、セレナティア様……!」


 私は相手を侮辱しているようにわざとらしい甲高い笑い声をあげると、アマンダの顔から血の気が引いていく。


 あら……知りたい?

 なんのことか、知りたいわよね?


「私、先日ミレイナから少し気になるお話を伺いましたの。なんでもクレフィーヌ子爵家の帳簿に、よろしくない記載があるとか……? 王太子殿下も、その件については大変ご憂慮されておりましたわ。ですから、この夜会の間に、王家の監査官が事実確認のために、急遽子爵家に伺っていると聞いておりますけれど?」


 顔はにっこりと微笑みを崩さない。

 しかし有無を言わせぬ圧力で告げた。


 悪女ってのはね。こうやるのよ……。

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