31 迫真の演技
私は自室で机に向かっていた。
上質な羊皮紙を取り出すと、できるだけ優雅に、美文字に見えるように招待状を書き始めた。
『拝啓 ミレイナ・クレフィーヌ様
先日、貴女の近況を共通の友人より仄聞し、心を痛めております。つきましては、ささやかではございますが、来たる建国記念の夜会に向けて、わたくしからドレスを一枚お贈りできればと存じます。もしご迷惑でなければ、近いうちに我が家でお茶でもご一緒しながら、お好きなデザインを選んでいただければ幸いです。
――セレナティア・ヴァルムレーテより』
……と。こんなところかしら。
いや、だめね。直接的すぎるわ。この手紙が、もし家族に見られたら?
義理の娘を冷遇するような継母なら、優しい手紙など鼻で笑って握り潰してしまうわ。
そして……ミレイナには永遠に渡さないに違いない。
ならば、ヴァルムレーテ公爵家の令嬢であることと、王太子の婚約者であることを強調して王家の威光を盾に、有無を言わさず呼びつけるのが最も確実だわ。
こんな優しい文章じゃ、相手に舐められて断りの手紙を送りつけられるのがオチだわ。
もっと私らしく書きましょう。
うん。『心を痛めております』なんて不要よ!
もっと普通に『貴方の顔を見たときから一対一でお話がしてみたかったのよ』とでもして家に呼び付ける感じで……。
それと贈り物をすることは明言しないほうがいいわね。欲張りの継母たちが何を言うか分からないもの。
単純に話がしたい年頃の令嬢を装いましょうか。
そして、相手が断れないようにもっと高圧的な文面がいいわね。
立場を利用して、なんとしても断れないようにすべきよ。
私とカイルの幸せがかかっているんだから。
もっとゴリ押していきましょう。
ポイントは、あくまで『友好を深めたい』と申し出ているように見せかけることね。
そこに次期王妃として王家の権力をこれみよがしに滲ませる。更にダメ押しのヴァルムレーテ公爵家の力をプラス。
国のトップレベルの権力をアピールして有無を言わさない作戦よ。
最後に『この手紙を無視したら……どうなるかわかりますよね?』の一文を追加して……と。
あら、完璧だわ!
子爵家の令嬢ごときじゃ断れない、素晴らしい手紙が完成したわね。
これなら、警戒心の強い連中でも、断ることなんて出来やしないでしょう。
もう! はじめからこういう風に書けばよかったのよ。バカね、私ったら。
さて、まずは第一歩ね。
あとはあの女――ミレイナが、私の手のひらでどう踊ってくれるか……ふふっ楽しみだわ。
◆
マティアに手紙を託し、数日が経った。
脅迫……いえ、約束通り、ミレイナ・クレフィーヌが緊張した面持ちで我が家にやってきた。顔面蒼白してガチガチに緊張しているような演技までして。
ふうん。私でもあそこまでの迫真の演技はできないわ。
ちょっと芝居がかっているけれど、なかなかやるわね、ミレイナ。
まずは及第点といったところかしら。
記憶にある姿よりも痩せている?
よく見ると、どこか影のある感じだけど、磨けば光る原石のような儚げな美しさを秘めているわね。
……まあ、私には遠く及ばないけれど。
多分、こういうのがリュシオンが好きなタイプなのね。と内心で納得する。
私は心の内を隠すように満面の笑みで彼女を迎え、最高級の紅茶と菓子でもてなす。
だが、彼女の様子がおかしい。
いつまでビクビクした演技を続けるつもりかしら?
もういいんだけど……。
「ミレイナさんようこそ、我がヴァルムレーテ家へ。どうぞ、楽になさって下さいな」
私がそう声をかけると、ミレイナは肩をびくりと震わせ、ますます身を縮めてしまう。
はあ? まだ演技を続けるつもりなの?
なかなか肝が座ってる女ね。
「せっかくお招きしたのですもの。世間話でもしましょうか? 貴女のこと、少し知りたいのよ」
私がそう言うと、ミレイナはわずかに目を見開いた。別にとって食おうとしているわけじゃないのに。……大げさね。
「え、ええ……わたくしなど、語るに足ることもございませんが……」
あら、声まで震えているわ。
本当に芸が細かいのね。
「そんなことはないわ。実は、貴女の噂を耳にしましたの。それにしてもクレフィーヌ子爵家のお嬢様が、これほど奥ゆかしい方だったとは思いませんでしたわ。たしか、お父様がご再婚されたとか? 少し寂しい思いをしていると耳に挟みましたけれど……」
私はあえて、彼女の最も触れられたくないであろう話題を切り出した。その瞬間、ミレイナの顔色が変わる。さっきまでの顔面蒼白は迫真の演技だったけれど、今のは本物の動揺だわ!
やだ、面白いこの娘。
「後妻様やお義姉様方にいじめられている、なんてことはないのよね?」
あくまで心配しているように見せかける。ミレイナの瞳が泳ぎ、唇が微かに震えた。
「い、いえ、そんなことは……」
「本当のことを言っていいのよ。私……貴方の力になりたいの。実は、噂で聞いてしまったのよ。貴方が、ミレイナさんがご家族から冷遇されていると」
「……そ、それは」
「もし、本当なら……同じ年代の女性として見過ごせないの」
なるべく自然に見えるように軽く微笑んで、そっとミレイナの手をとった。