表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/65

29 表向きはお茶会よ

 それから数日の間、私の頭の中は竜巻のようにぐるぐるしていた。

 

 来月行われる建国記念の夜会。


 もちろん、考えていたのはそこで実行する計画のこと……。


 リュシオンとミレイナを如何にして結びつけるか。 

 私がつつがなく円満に婚約破棄されるための華麗なる下準備。


 その全ては、私とカイルが結ばれる未来のため。

 

 でも私はミレイナのことをほとんど知らない。

 こんな状態じゃ、計画を立てるもクソもないわ。


 だから重要なのは、クレフィーヌ子爵の令嬢であるミレイナの情報収集ってわけ。


 まず、私は3通の手紙をしたためた。手元には『建国記念夜会のドレス選びを相談したい』との旨が記された招待状。


 もちろん、その裏には別の意図がある。


 ミレイナ……あの女の周囲を探るには、社交界に詳しい人から話を聞くのが一番早くて確実なのよ。


 私は視線を落としたまま、そっと呟く。


「とりあえず、この3人でいいわね。表向きはお茶会……だけど、これは情報収集の場。ミレイナをいい道具にするためのね」


 このヴァルムレーテ公爵邸に友人を招く。

 

 四季折々の美しい花が咲く庭園で、3人の令嬢を招いてお茶会を開こうじゃない。そこでさり気なくクレフィーヌ子爵家の情報を手に入れる。


 表向きの理由は、建国記念の夜会に着ていくドレスの相談。

 そして、本当の目的はミレイナ周辺の情報収集。世間話を交えつつ、それとなく話を誘導する。


 実はマティアからは、すでにクレフィーヌ子爵家の情報をもらっている。

 でも、その情報がどこまで正しいのか分からない。


 このお茶会の目的は、マティアに集めてもらったクレフィーヌ子爵家の情報の裏を取ること。


 そして……もっと生々しい、新鮮な情報を手に入れることよ。


 ◆ 


「まあ、セレナティア様! このお紅茶、とても良い香りですわね」

 

 ふわりとしたピンクのドレスを纏うアリシェ・フォルティナが、カップを傾けた。

 

 彼女は、おっとりとした顔立ちだが時折毒舌が光るタイプ。

 それは人の内面をよく観察している証拠でもある。


「ええ、新しく入った茶葉なの。ルルディアは、今年の夜会のドレスの流行はもうチェック済み?」

 

 私がそう尋ねると、社交界の流行に誰よりも詳しい『舞踏会マスター』ことルルディア・ミスティアルが、待ってましたとばかりに目を輝かせた。


「もちろんですわよ、セレナティア様! 今年のトレンドは深みのあるロイヤルブルーか、大胆な真紅! そして刺繍は控えめにして、シルエットの美しさで勝負するのが主流になりそうですわよ。レースも、大ぶりなものではなく、繊細なものが好まれていますわ」


 トレンドをしっかり押さえた真紅のドレスを着こなすルルディアは、口元に扇を当てながら相変わらずの饒舌ぶりを披露した。


「まあ、ルルディアは本当に物知りですわね」


 一番物静かだが、その実、王都の貴族の情報を幅広く収集しているゼネリア・リュストが、感心したように相槌を打つ。

 彼女の情報網は侮れない。そして、驚くほどの人情家でもある。


 そこにアリシェがわずかに毒を挟んでくる。


「ところでセレナティア様。最近はトゲがめっきりなくなったと噂になっていますわよ。まるで伝説の聖女様のようだとも。私、セレナティア様の切れ味あるトークが聞けなくて、淋しいですわ」


「ふふ、それはごめんなさいね。でも毒は使いどころが肝心なのよ。」

 

 へえ、なるほど。

 アリシェにも伝わる程に、私の行動の変化は貴族の間でも噂になっているということね。

 なら、多少の無理も通りそうだわ。


「今年の建国記念夜会、どんなドレスを着ようかしら。噂によれば、あのナジェリア公爵夫人が銀糸のレースを総仕立てで用意しているとか。うふふ、負けていられないですわ!」


 私の評判よりも、頭の中がドレスのことでいっぱいのルルディアが息を荒くしている。

 舞踏会大好きな彼女らしくて、なんとも微笑ましい。


 ちょうどいいので、このまま話題を夜会に誘導しましょうか。


「そういえば、夜会には多くのご令嬢方がいらっしゃるでしょうけれど……声のかかっていない方とかいるのかしら?」


 そう、私がミレイナをあまり知らないのは夜会で見かけたことがほとんどないからなのだ。

 彼女はもしかして、夜会に呼ばれてないのでは? と頭をかすめたのよね。


 静かにお菓子をつまもうとしていたゼネリアがふと口をつぐみ、何かを思い出したように声を低くした。


「国内のほとんどの貴族令嬢には誘いが来ていると思いますわ。でも……ミレイナ・クレフィーヌ嬢は、今年の夜会には出ないのだとか」


 ……きた!

 私の指先が、ティーカップの縁でぴたりと止まる。


「ミレイナ・クレフィーヌ嬢? たしか子爵家の令嬢よね」


 知ってるけど、あまり知らないフリ。

 貴族教育で鍛えたポーカーフェイスが、ここぞとばかりに役に立っている。


 私の疑問にルルディアが小首を傾けながら答える。

 

「ミレイナ嬢は、ここ最近ほとんど社交の場にお姿を見せないわね。以前はもう少し……お父様が今の奥様と再婚される前は、時折お見かけしたのだけれど」


 ルルディアはほぼ全ての夜会に参加している。そんな彼女が言うのだから、この情報は正しいはず。最近のミレイナに何かあったことは間違いないわね。


 すかさずアリシェが、扇子で口元を隠しながら、少し声を潜めて続けた。


「ミレイナ嬢ねぇ……。お父様がアマンダ様を後妻に迎えられてから、とんと評判を聞かなくなりましたわ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ