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28 私の独り言

 目の奥がじんじんと痛くなり、身体が急に冷えてしまい肌が粟立っていく。

 

 さっきから呼吸がうまくできない。

 息をしようとしても、ヒュウヒュウと喉が鳴るだけ。


 胸が痛くて……痛くて苦しい。

 胸が張り裂けそうって、こういうことなの?


 ようやく気づいたこの気持ちを……恋心を諦めるべきだと思うと視界が滲んでくる。


 私は無意識のうちに自分の服をきつく握りしめていた。

 そんな私の震える手に、クラリッサが上からそっと重ねるようにして握ってくれる。


「お嬢様は、そこまでカイル様のことを……」


「…………」 


 泣きそうだった。

 必死にこらえて、声を押し殺す。


 私の中で穏やかに育ってきた初恋。

 嬉しさと勇気をくれたこの気持ち。


 その恋を殺さないといけないなんて……。

 それが、こんなにも苦しいなんて知らなかった。


 どうしてもカイルの笑顔が、頭に焼き付いて離れない。

 本当に……諦められるの?

 

「お嬢様……。わたくしのような者が申し上げるのは僭越ですが……本当に、リュシオン様とのご結婚がお嬢様のお幸せなのでしょうか?」

 

「……それは……」


 ……私の幸せ。

 

 そういえば、あんまり考えたことなかった。

 神から与えられたミッションをこなすことに気を取られていたから。


 ――リュシオンと結婚することで、私は幸せになれる?

 

 いいえ。

 とても幸せになれるとは思えない。


 以前はあんなに望んでいた王妃の座も、今は何の魅力も感じない。


 そんなものより、私が欲しいのは……。


 でも、どうしたら?


「私はお嬢様に、幸せになっていただきたいのです」


 それは、今までに聞いたことのないほどに心のこもった、力強い声だった。

 私はハッとして顔を上げた。


「クラリッサ……?」


 彼女の気持ちはすごくうれしい。

 でもこの婚約は親たちによって決められたものだ。

 私が口を挟める問題じゃない。

 

 それに、相手は王族。

 私の方からどうにか出来ることなんて………ない。


 

「ここからは、私の独り言でございます。どうか、お聞きにならないようお願いします」


 クラリッサは急に横を向いたかと思うと、わざとらしい棒読み口調で続けた。


「ああ~、リュシオン様とのご婚約が、何かの形でおなくなりになったとしたら……お嬢様は、カイル様と、幸せになれるのになあ……リュシオン様から婚約破棄でもされればなあ」


「ちょっとクラリッサ。なによそれ。――え? 婚約破棄……?」


 クラリッサの言葉を頭の中で反芻する。ぐるぐると何回も。


 婚約破棄……そうだわ!

 前の人生で、リュシオンは私との婚約を破棄した。


 そして――!

 リュシオンはあの女を選んだのよ!


 ミレイナ・クレフィーヌ!


 子爵家の令嬢。

 リュシオンが私を捨ててまで新たに婚約者に選んだ女性。

 男の庇護欲を巧みに刺激する、見るからに守ってあげたくなるような彼女。


 私が毒殺しそこねた……あのミレイナという女なら。


 うまく彼女を焚き付けて、リュシオンを夢中にさせれば……どうなる?

 リュシオンは私よりも、ああいう女々しい雰囲気の女が好きなはず。


 ミレイナに迫られたらリュシオンはコロッと靡くに違いない。

 後は2人が勝手に盛り上がっていくのを待つだけ。


 そうすれば、私は咎められることなく円満に……婚約を破棄される。

 

 つまり、私は一方的に婚約を破棄された悲劇のヒロインになるんじゃないの?

 だって、私には何の非もないのだから。

 

 そしてリュシオンから開放されて自由の身になった私は……カイルと一緒になれる……!?


 一度目の人生の記憶が、ここで役立つの?

 悪魔の囁きのように、甘美な毒のような抗いがたい魅力を持って私を誘惑する。


 もう、これだわ!

 どうして思いつかなかったのかしら。

 

 私の頭の中で、完璧な計画が急速に形作られていく。


「クラリッサ……ありがとう。あなたのおかげで、目が覚めたわ」

 

 口元に、かつて私が『悪女』と呼ばれていた頃の片鱗を思わせる、しかしどこか晴れやかな、不敵な笑みが浮かんだ。


「はて、お嬢様……何のことでしょう? 私はただ、独り言を言っただけでございます」


 そういった彼女は優しげに目を細めて微笑んでいた。


「ふふ、そうね。クラリッサって……いい性格してるわね」


「ありがとうございます」


 そうと決まればやることがたくさんあるわね。

 さて、何から手を付けようかしら。

 

 そう考え始めた時だった。


「失礼致します」


 コンコン、と扉をノックする音が響き、マティアが静かに入室してきた。


「お嬢様、王家より、来月開催されます『建国記念の夜会』への招待状が届いております」


 老執事マティアが恭しく差し出したのは、金の縁取りが施された豪奢な封筒。

 夜会――貴族たちが一堂に会する、華やかな社交の舞台。


 ミレイナもそこに来るはず。

 もちろん、リュシオンも。

 

 2人が揃う絶好のタイミング。

 これ以上の好機はない。


 ふふ……待っていなさいミレイナ・クレフィーヌ。私がいいように操ってあげるわ。

 

 なんだか最高に面白くなってきたわね。


「マティア……お願いがあるの」


「はい、お嬢様。何なりとお申し付け下さい」


「クレフィーヌ子爵家の情報を集めてもらえるかしら? 特に令嬢のミレイナの情報がほしいわ」


「クレフィーヌ子爵家でございますね……かしこまりました」

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