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27 恋でございます

 その次の月も、カイルは当然の様に私を待っていてくれた。


「今日は、笑顔が多かったですね」

 

 お茶会の帰りに、カイルがそんなことを言った。

 

 笑顔……多かった?

 気にしてなかったけれど。そうだったかしら。


 たしかに、リュシオンの前でも変に構えずに、自然に対応できるようになっていた。


 でもそれは……カイルがいてくれるお陰で。

 必ず待っていてくれるって……安心していたから。

 

「思わず……セレナティア様に見とれてしまいました」


 彼は、少しだけ目を細めて笑った。

 いたずらっぽいけれど、どこか照れ隠しのようにも見えるその笑みが、妙に胸をくすぐる。


 え……今の、本気で言ってる? それとも冗談?

 ちょっと、不意打ちすぎない?

 

 混乱のあまり、動くこともできなくなっていた。

 

 私……そんなに笑ってた?

 もうそんなの、分からない――。


 でも、分からないからこそ、余計に意識してしまう。


 ほんの少しの言葉なのに、鼓動が早くなる。

 カイルの性格からすると、そんなに深い意味で言ったわけじゃない。


 それはわかってる。それなのに……。

 目が合った瞬間、私は何も言えなくなってしまう。


 たわいもない会話のはずなのに。

 彼とは何度も肌を重ねてきたのに。

 

 どうして今更……こんな気持ちになるの?


 別れ際、ほんの一瞬でもいいから、彼と過ごす時間を延ばしたくなってしまうのは……なぜ?


 こんな気持ち、感じたことない。

 私はいったい……どうしてしまったの。


 会話が終わったあとは胸がぽかぽかして、別れが名残惜しくなってしまう。

 

 このまま時間が止まってしまえばいいのに。

 そうすればもっと一緒にいられるのに……。


 手を伸ばせば届く距離にいるカイル。

 でも、彼に不用意に触るなんて、できない……。

 

 ましてや王宮内でなんて。

 絶対に触っちゃいけない……。

 私にできるのは、この限られた時間を一緒に過ごすだけ。


「……ねえ、カイル」


「はい?」


「次のお茶会も、……いてくれるのよね?」


 カイルは驚いたように少し目を見開いたと思ったら、ゆっくりと、穏やかな声で答えた。


「もちろんです。……セレナティア様が望まれるのなら」


 疲れた日には、カイルの声が聞きたくなる。

 嫌なことがあった日は、カイルの笑顔を思い出してしまう。


 気がついたら、彼の姿を探すようになっている自分が恥ずかしくて頬が熱くなる。


 リュシオンとのお茶会なんてあんなに気分が重くなって、本気で嫌だったのに。

 今では早くその日にならないかと待ち遠しくてソワソワしてしまう。


 この気持ちが何なのか分からない。

 でも、心が少しずつ――確かに、私の中の何かが変わってきていることは確かだった。


 ◆

 

 ある日の午後、私は自室でぼんやりと窓の外を眺めていた。

 最近、どうにもカイルのことばかり考えてしまう。


 この奇妙な胸の高鳴りは、一体なんなのかしら……。


 侍女のクラリッサが、淹れたての紅茶を運んできてくれた。彼女の淹れる紅茶は、私の好みの味でとても気に入っている。


 私はカップを手に取ると紅茶を一口飲む。

 そして、思い切ってクラリッサに尋ねてみる。


「ねえ、クラリッサ……少し、聞いてもいいかしら?」


「はい、お嬢様。なんでございましょう?」


 クラリッサはいつものように屈託のない笑顔で明るく答えてくれる。

 よし、彼女に相談しよう。


 ずっと気になっていたこと。

 この気持ちを確認しておきたいの。

 

「こ、これは、友人にきいたはなしなのだけれど……。最近、誰かさんのことを考えると、胸がドキドキしたり、顔が熱くなったりするのらしいの。これって、何か、悪い病気かしら?」


「え……?」

 

 クラリッサは、一瞬何を言っているのかわからないといった感じの、きょとんとした顔で私を見つめた。

 

「お、お嬢様……本気でおっしゃっているのですか?」

 

「あ、当たり前じゃない。知ってるなら早く教えなさいよ」


「それは、きっと……」

 

「……きっと?」


 私はゴクリとつばを飲む。

 もしかして、心臓の病気なのだろうか……。

 不治の病だとしたら?

 

「それは……恋、でございます」


「はあ!? こ、恋ですって!?」


 私には無縁だと思っていたその言葉が、頭の中で炸裂した。

 縦横無尽に駆けめぐる熱に、頭がクラクラする。


「そうです。間違いありませんよ」


「わ、私が恋? 馬鹿なこと言わないでちょうだい! この私がそんな浮ついたものを?」


 思わず大きな声を上げてしまっていた。

 

 だって、ありえないわ!

 きっと、なにかの間違いよ!


「セレナティアお嬢様……? ご友人のお話ではないのですか?」


「あ……いえ、その……」


 思わず自白してしまったことに気がついて、頬が熱くなってしまう。

 

 でも……クラリッサの言葉は、パズルのピースみたいに私の胸にピッタリとハマった。


 カイルの姿を見るだけで心が躍るのも。

 彼と話せるお茶会の日が待ち遠しいのも。

 彼の些細な言葉や仕草に、一喜一憂してしまうのも。

 彼と肌を重ねてきた過去(存在しない未来?)があるのに、今更こんな初心な感情に振り回されるのも……。

 

 まさか、本当に……私が、カイルに……恋……を?


「お相手はもしかして……カイル様ですか?」


「えっ……と、あの……そ、そうよ」


 認めたくないけれど、否定することなんてできない。

 この高揚感と切なさをはらむ感情は、間違いなく……恋だった。


「やっぱり! お二人はお似合いだと思っていたんです!」


「そんなの……当たり前じゃない」


「まあ、セレナティアお嬢様ったら……」


 けれど、すぐに冷たい現実が容赦なく私を打ちのめし、高まる気持ちが沈んでいく。


「……でも、私はリュシオン様の婚約者よ。カイルとは……叶わぬ恋だわ……。なんて、なんて愚かなの」


 力なく呟くと、胸がずきりと痛んだ。

 私の初恋は、自分の死と引き換えにしないと叶わないからだ。

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