23 やっぱり神
「だって、初日であそこまでやるとは思ってなかったのよ~? 自分を顧みずに片っ端から癒していくなんて、ほんと想定外っていうか~」
まるで他人事のような感じで口にして、ひとりで笑っている。
「――はあ? あんたが決めた指令でしょうが。100人助けろって」
「うん、そうなんだけど~。でも、ウィークリーミッションなのに、初日から根を詰めて頑張るなんて、セレナティアちゃん。キャラ、ブレすぎじゃない?」
「キャラって何よ? え……ウィークリー?」
私の思考が、一瞬停止する。
「そうよ~。今日がダメでも後6日あるじゃない。倒れるほど自分を追い込まなくてもいいのよ?」
私は深呼吸してからウィンドウを呼び出す。
ピコンと軽快な音と共に、淡く光る半透明の四角い枠が現れる。
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《困っている人を治療する:68/100》
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ウィンドウには、どこにもウィークリーとは書いてない。
まさか……。
私は震える指でウィンドウをタップする。
ピッ。という甲高い音とともに表示が増える。
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《ウィークリーミッション:困っている人を治療する:68/100》
▼期限:【残り6日と8時間】
→よく頑張ってるけど、無茶しすぎはダメよ♡
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「うそ……わざと隠してた?」
私は、今日中に達成しないと死ぬと思って、文字通り、死ぬ気で……やっていたのに。
全身の血が沸騰するような感覚。熱いものが頭のてっぺんまで突き抜ける。気がついたら私は叫んでいた。
「あなたねぇッッ!!!!」
私はベッドから飛び起きたい衝動を必死で抑えつけ、目の前の神を睨みつけた。
「私が倒れるまで魔法を使って、死にかけたのを見て、楽しんでたってこと!?」
怒鳴りつけた瞬間、自分の声が震えていたことに気づく。
怒りと情けなさと、報われなかった悔しさがごちゃ混ぜになって、胸の奥がぐらぐらと揺れていた。
泣きたくなんてないのに、熱くなった目元にじわっと涙が滲む。
それでも、こらえる。涙なんて、この女の前で流してたまるもんですか。
「いやぁん、怖~い♡ そんなに怒らないでよ~」
エル=ナウルは私の鬼の剣幕にもまったく動じず、むしろ楽しそうに頬に手を当てている。
「でも、セレナティアちゃんの頑張り屋さんなところとか、意外と不器用なところとか、よーっく分かったから。つまり~、結果オーライってことよね?」
「あぁん? ……結果オーライなわけないでしょ」
私の怒りは頂点に達し、すっと伸びた腕がエル=ナウルの胸ぐらをつかんだ。
この女には、一発食らわせないと気がおさまらない。
神とか関係ない。死ぬ前にこいつをボコボコにしてやる。
ヘラヘラ笑うこの女を、こらしめてやらないと私の気がすまない。
とりあえず、ビンタよ。往復でお見舞いしてやるわ!
手を上げたその時、身体が硬直する。
「まあまあ、落ち着いて。セレナティアちゃん」
「くっ、身体が……動かない」
怒りの熱が、急激に冷や水を浴びせられたように鎮まっていく。
冷たい氷のような無力感が、背筋を伝って広がる。
叩こうとしていた自分の手が、空中に凍りついたみたいに止まっていた。
やっぱり、この女は『神』なのだ。
恐ろしいのは、止められたことじゃない。この女が、それを楽しそうにやっていることだった。
「私~、これでも神だから。叩いたりしちゃダメよ?」
と軽く手を振ると、くるりと背を向けた。
「じゃ、私はこれで失礼するわね~。ミッション、ちゃんと期限内にクリアするのよ? セレナティアちゃん♡」
言うだけ言って、彼女は軽やかに扉に向かう。そして、扉を開けようとして何かを思い出したかのようにこちらを振り返った。
「そうそう、がんばったセレナティアちゃんへのご褒美をわすれてたわね~」
そういってエル=ナウルは腕を上げた状態で固まっている私の首に、何かを掛けた。
「何よ、これ?」
私の首につけられたのは、銀色のチェーンに水色の宝石がついたネックレスだった。
絶対に私が選ばなそうな可愛らしいデザイン。
「いらないわよ、こんなの」
「まあまあ。そんなこといわないの~。このネックレスは、きっとあなたを助けてくれると思うのよ。肌見放さずつけておいてね」
そう言ってエル=ナウルは扉を開けると、待っていたカイルに慈愛に満ちたように見える微笑みを向けた。
「あら、騎士団長さん。待っていてくださったのね」
「ええ。ですが、大丈夫でしょうか? なにやら叫んでいたようでしたが……」
訝しむカイルに、エル=ナウルは人差し指をそっと自分の唇に当てる。
「ふふ、それは秘密。……ねえ、騎士団長さん。あの子のこと、よろしくお願いね」
「……どういう意味でしょうか?」
「見ての通り、とっても不器用で、素直じゃないけど……本当は、すごく、いい子なのよ」
意味深な言葉と、何かを見通すような優しい眼差しを残して、エル=ナウルはふわりと姿を消していく。
怒鳴り散らした私と、呆然と立ち尽くすカイル。さっきまでの喧騒が嘘のように、室内は不自然なほど静まり返っていた。
手のひらには、空振りに終わった怒りの熱がじんわりと残っている。
無力感と悔しさと、わけのわからないもやもやが渦巻いて、私はベッドの上で拳を握りしめた。
……本当に、あの女、何なのよ。