14 眠れない夜と異常な朝
王宮から戻ったその夜、私はベッドに身を投げていた。
顔をすっぽりと枕にうずめ、うつ伏せのまま、しばらく動けなかった。
どの位こうしていただろうか。
私は悪女なんて呼ばれていたけれど、意外と普通の人間なのね。こんなにも弱いときがある。
外面を取り繕って笑うことなんて、慣れていると思っていたんだけどな……。
なのに、リュシオンの前では本当に疲れた。
私は、あの……目がやっぱり嫌い。
リュシオンの人を試すような視線、私を自分の飾りとしか思っていないような言葉。
それでも断罪される前はなんともなかった。
権力を得るための、必要なコストとして割り切っていたから。欲しいもののためなら、完璧な婚約者を演じることに苦痛を感じなかった。
私が変わったのは、リュシオンが私を婚約破棄して、あの女――ミレイナ・クレフィーヌを婚約者に選んだ瞬間。
違うわね。
私が処刑を言い渡された時からね。王妃という立場に前ほどの魅力を感じなくなっていたのは。
魅力を感じないもののために、がんばれる人っているのかしら?
私には出来ない。そして、それが苦痛だった。
でも、それだけじゃないのかも……。
窓の外を見ると夜風に揺れるカーテンの向こうで、星が静かに輝いている。
カイル……。
ふと、あの凛とした顔が頭に浮かぶ。
一瞬、すれ違っただけ。
簡単な挨拶しか交わしていない。それなのに、胸の奥がきゅっとする。
どうして? 意味がわからない。
……私、胸に持病でもあったのかしら?
なんで胸が、こんな変な感じになるの?
カイルのことを思い出すと、胸のざわめきはより強くなる。
答えの出ない問いに溜息をついていた。けれど、よく考えたらバカバカしいわね。
男のことで心を乱されるなんて、私らしくないじゃない。
なら、考えなければ良いのよね。
うん、気持ちを切り替えたら、なんだか眠くなってきたわ。
◆
気がついたのは翌朝だった。
ゆっくりと睡眠を取ったからか、昨日の混乱が嘘のように身体は軽かった。
「……さて、と」
私はベッドの上で軽く伸びをしてから、ウィンドウを呼び出す。いつものように目の前に淡い光のウィンドウが浮かび上がった。
「今日はなにをすればいいのかしら?」
ウィンドウには神『エル=ナウル』からのミッションが書いてあり、それを達成することで私の命は保たれる。そういう契約で私は2年前に戻された。
あのおかしな神は、私が聖女になって国を救って欲しいみたいで、ミッションの内容は主に『人助け』関係のものだ。
「はあ……!? なによこれ!!」
いつものようにミッションを確認した私は、驚愕に震えた。
目の前にある、半透明のウィンドウに表示さていた内容。
「……100人を癒せですって!? なにかの間違いじゃないの?」
思わず声を上げてしまった。昨日までのミッションとは人数の桁が違う。
こんな人数、いきなりありえない。
めんどくさいとか、そういうことじゃないのよ。
私にそれだけの人数を治療するだけの能力があるのかってことよ。
人を癒やすには聖属性魔法を使う必要がある。
でも魔法を使うと、身体の力がぬけるというか、とっても疲れるわけ……。
子供の頃なんて、たった1人治療しただけで気を失ってしまうほどに消耗した。
今は私の聖属性魔法は段違いに成長してる。
ミッションクリアの報酬でどんどん魔法の力が上がってきているからだ。
けれど……100人って。
いきなり無茶が過ぎないかしら?
あのクソ神……ついに頭イカれたの?
それとも、私に死ねといっているの?
あの女は私に『国を救って欲しい』みたいなことをいっていたはずなのに……。
ってことは、達成不可能なミッションじゃないってこと?
今の私ならできると?
けが人って言っても……屋敷の人間はあらかた治したから、みんな健康そうだし。
以前の私なら「使用人を整列させてナイフで刺しましょう。それから治せば良いいのよ」とか考えるところだけど。
使用人たちが、私に好意的な目を向けるようになった今、それはさすがに気が引けるわよね。
それに使用人だけじゃ、100人には届かない。
「いったい、どうしたら良いのよ」
ミッションを無視した先に待つのは『死』。私はまだ死にたくない。
……こういう時は、彼に聞くのが一番だわ。
私は軽く舌を打って、ベッドから起き上がる。軽く身支度を整えると部屋着のまま扉を開け、廊下を進んでいく。




