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13 仮面お茶会パート2

「最近、面白い噂を耳にしたのだが」


 あら、早速来たわね。リュシオンは探るような目で私を見据えてくる。

 その目、嫌いなのよね。


「屋敷での振る舞いが、以前とは随分違うそうだな」


 その言葉に、私は薄く微笑んだ。

 おそらく、私の父から聞いたのだろう。


「……ええ。使用人の気持ちを知るのも、未来の王妃としての務めかと存じまして」


 王太子の眉が、ほんのわずかに動いた。

 私は当たり障りのない笑みを崩さない。


 彼の期待する『婚約者像』を演じるのは、正直腹立たしいけど。

 それが最善策だと思うから。


「ほう? 以前の君からは想像もつかんな。……何か心境の変化でもあったのか?」


 彼の目が、わずかに細められる。この男の疑り深さは相変わらずだわ。


「いいえ、別に。ただ、わたくしも大人になったということでしょう」


 お互いの笑みの下で、心の探り合いが静かに続いていた。

 テーブルには美味しそうなマドレーヌやカヌレが並んでいるが、私にはその味を楽しむ余裕などない。


「それはそうと、聖属性魔法が使えると聞いたが?」

 

 ふん、最初からそれが聞きたかったんでしょ?

 回りくどい男だこと。


「ええ。まだ、練習中ですけれど」

 

 私は軽く微笑んで、カップに口をつけた。

 紅茶の香りが、緊張した神経をわずかに和らげてくれる。

 なんて疲れるお茶会なのかしら。早く帰りたいわ。

 

「……もし君が聖女として認定されるのなら、私の婚約者としてこれ以上ふさわしいことはないな」


「それは、称賛として受け取ってよろしいのでしょうか?」


「まだ、判断しかねるがな」


 彼は聖女としての私に『価値』を見出しているようだった。

 聖女――国を救うことのできる唯一の存在。

 

 王太子の婚約者が聖女とあれば、彼の立場を盤石にすることができる。

 政治の武器として、これ以上のものはないでしょうね。

 

 その時、強い風が庭園を吹き抜けた。

 私が顔をそらした瞬間。

 

 庭園の奥、訓練場へと続く回廊の影。その中に、一人の男の姿が見えた。

 鋭い眼差しと整った顔立ち、鍛え抜かれた身体と騎士団の制服。

 

 騎士団長、カイル・ラザフォード。


 その姿を目にした瞬間、心臓が大きく跳ねた。

 牢獄で見た彼の苦しげな顔が、交わした最後の言葉が脳裏に蘇る。


 『俺は、セレナを信じてる』


 カイルの姿を見るだけで、胸の奥がざわめいた。

 彼もまた、私に気づいたようだった。視線が交わる。けれど、彼はそのまま無言で歩き去っていく。


 なのに、私の心は落ち着かない。

 なに、これ……?


「どうかしたか、セレナティア?」


 その問いに、私はなんとか笑って返した。


「いえ、少し風が冷たかったもので」


 演じる笑顔が、いつもより少しだけ、下手だったかもしれない。


「……君は、本当に変わったのかもしれないな」


 ふと、リュシオンが静かに呟いた。

 その言葉に私は目を細める。


「……君は随分、印象が柔らかくなった。それに加えて聖女としての力の片鱗。君の真価を、これから証明してくれ」


「ええ。わかりました。それでは、わたくしはそろそろ失礼しますわね」


 私が席を立とうとしたその時――再び、視界の端に動く影が見えた。


 回廊の先、彼がこちらを見ていた。今度は、はっきりと。

 そのまま私は踵を返し、王太子に一礼すると、そそくさと庭をあとにした。


 黒地の詰め襟に金の刺繍が施された騎士団の制服。厳しく引き結ばれた唇。けれど、陽光を反射して輝く金色の髪と澄んだ碧眼。


 ……カイル? まさか、私を待っていた?

 

 そんなわけないわよね。

 だって、今はカイルとは顔見知り程度の間柄だもの。ただの騎士団長と、王太子の婚約者の関係。

 ……そう、ただの顔見知り、前みたいな深い間柄じゃない。


 努めて冷静に、視線を少し前方に固定する。

 いい? すれ違うだけよ。形式的な挨拶をすればいいの。


 カイルが、私の数歩手前で立ち止まり、背筋を伸ばして敬礼の姿勢をとった。


「お久しぶりです。セレナティア様」


 低く、けれどよく通る声。以前、すぐ耳元で囁かれた愛の言葉とは違う、公的な響き。


「ええ、お久しぶりですね。ラザフォード団長」


 私もわずかに頷き、できる限り形式的に聞こえるよう返した。


 すれ違う、ほんの一瞬。

 彼の視線が、私の顔に向けられたのがわかる。

 その碧眼が、ほんのわずかだけど私を見ていた。


 そして、確かに彼の動きが一瞬だけ、止まったように見えた。

 でも、彼はすぐに視線を戻して、何事もなかったかのように歩き去っていく。


 もしかして……カイルって、この頃から私に気があったのかしら?

 

 私もまた、足を止めずに歩き続ける。けれど、背中に視線を感じる。

 これは絶対気のせいじゃないわ。彼に見られてる。

 

 前みたいに私から誘ってあげれば、ついてくるのかしら?


 私は王宮の廊下を抜け、待たせていた馬車へと向かった。

 胸の中に生まれた、名前のつけられない感情の波紋から逃れるように。


 ヴァルムレーテ公爵家への帰り道、馬車の中で私はひとり、静かに目を閉じていた。


 王宮でのことが頭を離れない。


 リュシオン王太子の冷たい視線と、彼の『証明してくれ』という言葉。かつて私の命を奪った相手と、再び向き合う苦痛。


 でも、それ以上にカイルのことが、胸に残っているのはなぜ?

 彼のことを考えると心が温かくなって、でも苦しくなって、不思議と涙が出そうになる。

 

 彼を騙していたという罪悪感?

 この気持ちがなんなのか、さっぱり分からない。


 確認するには、もう一度彼と関係を持つのが手っ取り早そうだけど。

 でも今回は失敗したくないのよね。


 彼と浮気すると、また死ぬかもしれないし。独房行きはもうこりごり。

 カイルとは少し距離をおいたほうが良いかもしれないわね。


 それでも……。


「……私、どうしちゃったのかしら?」


 自分に問いかけても、答えは出なかった。

 ただ、確かに分かったのは、もう私は王太子に関心がないということだった。

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