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12 仮面お茶会パート1

 陽光がレースのカーテンを照らし、鳥の囀りが優しく響く穏やかな朝だった。


 私は鏡の前に座り、侍女のクラリッサに髪を梳かされている。

 だいたいこういう時は、すましていることが多いのだけれど、今日は眉間に縦じわを刻んでいた。


「はぁ……気が重いわ」


 思わず漏れたひとりごとに、クラリッサの手がぴたりと止まる。

 私の気分が落ちているのは、ミッションのせいじゃない。そっちは順調だから心配していない。


「……王太子殿下とのお茶会ですか? 以前はあんなに張り切っていらしたのに」


「まあ、そうね。でも私、あの人を好きになれないって気付いたの」


 クラリッサの声音には、遠慮がちでありながらも、私を案じる気持ちが感じられた。


 私は軽く頷いて、唇を噛んだ。

 原因は、王宮から届いた月例のお茶会への招待状。


 リュシオン王太子との、婚約者としての義務的な面会。彼と会うのが気が重い……というのが正直なところ。だってリュシオンは違う女を選んだ挙げ句、私を断罪し処刑台へと送った張本人だから。その彼と顔を合わせなければならないなんて。


「そりゃ、気乗りもしないでしょう?」


 鏡越しに目が合ったクラリッサは、少し戸惑っているようだった。


「……お気持ち、お察しします」


 貴族の結婚なんて政略ばっかりだものね。私だって、そんなことは分かっているのよ?

 なるようにしかならないことくらい。

 

 幸い、今回の私はまだ浮気もしていないし、断罪されるような悪事も働いてない。うまく立ち回れば婚約破棄されない未来もあると思う。


 ……もう一度、王妃を目指してみるのもあり?

 いや、でも……ねぇ?

 

「お嬢様、本日はこちらのドレスはいかがでしょう。新緑の庭園にも映えるかと」


 クラリッサが笑顔で差し出したのは、落ち着いた色合いながらも繊細な刺繍が施されたドレス。以前の私なら選ばなかったであろう、派手さのないデザイン。

 でも今の私は……。

 

「たまには、そういうのもいいわね」


「ですよね! お嬢様はこういうドレスも似合うと思うんです」


「まあ、当然よね。私に似合わないドレスなんてあるのかしら?」


 2人で盛り上がっていると、ノックの音と共に老執事のマティアが現れた。


「お嬢様、馬車の準備が整いました」


「ありがとう、マティア」


 彼の所作は相変わらず隙がない。


 立ち上がり、用意されたドレスの裾を軽く持ち上げると、私は深く息を吸った。

 胸の奥に溜まる重たい感情。それを押し込めるように、微笑む。


「じゃあ、早いとこ着替えましょう。未来の王妃として、恥じない振る舞いを見せないとね」


 二度目の人生は、一度目よりもずっと複雑な感情を私に突き付けてくる。

 私は……本当に王妃になりたいのかしら。


 ◆


 久しぶりに足を踏み入れた王宮は、やっぱり変わらない荘厳さ。


 大理石の床に、磨き上げられた柱。高い天井には緻密なフレスコ画。各所に施された金の装飾。

 以前はこの王宮が自分のものになる期待で、胸が高鳴っていた。

 なのに今は、前ほどの魅力を感じない。

 

 すれ違う貴族たちが、私に気づくと一瞬動きを止め、深く頭を下げる。

 私はその横を、微笑を貼り付けて悠々と通り過ぎる。

 

 私、公爵令嬢なので偉いの。未来は王妃になるわけだし。

 そんな感じで、誰かを見下すような視線を投げ、傲慢に振る舞っていたかつての私。

 ドレスの裾を翻し、令嬢たちを圧倒していた悪女としての自分。


 その頃の私は、虚栄と嫉妬にまみれ、ただ王太子の婚約者という立場にしがみついていた。

 今の私は……もうあの頃とは違う。

 

 けれど、周囲の目はまだ変わっていない。


「……今の、ヴァルムレーテ家の令嬢よ」


「噂ほどの悪女には見えないけれど……見た目は完璧よね?」


 先ほどすれ違った貴族たちの囁きが耳に届く。心は少しざわつくけれど、私は怯まない。

 だって、他人の評価なんてどうでもいいじゃない?

 私は私。やりたいようにやって未来を変えてみせるわ。


 私は進む。真っ直ぐに、あの男の待つ場所へ。


 ◆

 

 王宮の薔薇の庭園。その中心に設えられたテーブル。用意されていたのは最高級の紅茶と、色とりどりのプティフール。


 柔らかな日差しが降り注ぐその席には、すでにリュシオン王太子が座していた。プラチナブロンドの髪を風に遊ばせ、優雅にティーカップを手にしている。


「来たか、セレナティア」


 その声は、変わらず落ち着き払っている。でも、私には分かる。あの目は、人を試す目だ。獲物の出方を窺う、猛禽のような眼差し。


「リュシオン様。本日もお招きいただき、光栄ですわ」


 私は優雅に淑女の一礼をし、彼の向かいの席に着く。微笑みながらも、心の奥では冷たい水が流れている。


 テーブルを挟み向かい合う私達は、仲の良い婚約者同士に見えるかもしれない。

 でも実際は、仮面を被っての対話がはじまるのだ。

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