10 私なら当然のこと
クラリッサは唖然としたまま、しばらく固まっていた。
けれど私の手が微かに揺れているのを見て、戸惑いながらも口を開けた。
「は、はいっ! いただきますっ!」
ぱく、とお粥が口の中に収まる。
その瞬間、クラリッサの目がわずかに見開かれた。
「……あったかい……やさしい味……」
彼女の声はかすれていたが、驚きと安心が混じっていた。
そのお粥には、聖属性の魔力を込めてある。
愛情を込めて、自分の手で作ることで、体の芯から癒やす力が生まれるのだと――ウィンドウが教えてくれた。
「ほら、あとは自分で食べなさい」
クラリッサにスプーンを渡すと、彼女は一口、もう一口と夢中で食べ進めていく。
「すごくおいしい! それに……なんだか身体が、ぽかぽかしてきました」
クラリッサの顔から、赤みが引いていき、荒れていた呼吸も穏やかになっていく。額に滲んでいた汗もすぅっと引いたようだ。
「……あれ……?」
クラリッサは、自分の体を不思議そうに見つめた。
「どうして……こんなに楽に……。さっきまで、体がだるくて指先も動かなかったのに……咳も止まって」
そう言って、彼女は自分の喉に手を当て、信じられないといった様子で呟く。
そして、彼女は私の顔をまっすぐに見つめた。
「どうかしら。効くでしょう? 私の手作りのお粥は」
「お……お嬢様……!」
かすれた声が、今度は、敬意と感謝を含んでいた。
「ありがとうございます……! まるで魔法のようです。私……あの……正直、以前は、お嬢様のことが怖くて……でも今は……今は……っ」
クラリッサは言葉に詰まりながらも、両手で布団を握りしめてポロポロと涙を流し始めた。
へえ……太ったおじさんの涙より、若い女の子の涙のほうがきれいね。
「あら、ちょっと大げさじゃない?」
私は笑ってみせたが、魔法の効果が出たことに少しの安堵を覚えていた。
それと、胸の奥がじんわりとあたたかくなっていた。まあ……少しだけよ。
「私、お嬢様を誤解していました。こんなに、お優しい方だったなんて……」
「しばらくはまだ安静にしてなさいね。……明日は元気になるだろうから、休んだ分たくさん働いてもらうわよ。ふふっ」
「はい! 私……お嬢様のために頑張ります!」
こんな風に、誰かが私を思ってくれる感じ。――悪くない気がする。
ちらりとマティアを見ると、彼は穏やかな、それでいてどこか確信を得たような表情で、静かにこちらを見ていた。
この男は昔から変わらないわね。忠義の熱い男だこと。
ピコン。
その時、私の目の前に、またあのウィンドウが現れた。
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《デイリーミッションクリア! 料理Lvアップ!》
→愛情(?)たっぷりの魔法料理人がデビューしたわね!
しかも 効果抜群! でもお粥を作るだけで良かったのに。
自分で食べさせてあげるなんて、ちょっと感動しちゃったわ♡
やっぱり私が見込んだだけあるわね、セレナティアちゃん!
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え? 作るだけで良かったの?
……まあ、いいわ。ミッションが終わったなら。
『愛情(?)』のカッコが若干気になるけど、あの神はいつも人の神経を逆なでするから付き合うだけ無駄ね。
「じゃあ……もう行くわ。クラリッサ、しっかり休みなさいね」
私はそれだけ言い残して、さっさと部屋を出た。
マティアが静かに一礼して、扉を閉める。
「お見事でした、お嬢様」
マティアは深く、深く頭を下げた。
その動作には、たった今、私に対する敬意を新たにした意思のようなものが、はっきりと込められているように見える。
「いやね、私ならこのくらいできて当然なのよ」
私は少しだけ背筋を伸ばして、小さく、笑ってみせた。
それからも、私は――渋々ながら――神の与える「デイリーミッション」とやらをこなし続けていた。
人助けをしろという指令が出れば、壊れた階段を直す使用人に木材を渡してあげたり。
重そうな荷物をヨタヨタと運ぶ侍女の手伝いをしたり。
もちろん、どれもこれも「ミッションだから」だ。
けっして、善意とかじゃない。……絶対に!
だけど、いつの間にか私は人気者になっていた。
使用人たちが通りすがる度に、私に笑顔や尊敬の眼差しを向けてくるようになっていた。
私としても、お礼を言われたり「セレナティアお嬢様の優しさが染み渡ります……」なんて言われると悪い気はしないんだけど……。
私ってこんな女だったかしら?
そんなある日。デイリーミッションもこなし、ゆっくりとした時間の流れる昼下がりのことだった。