第2章 Soulless Body(4)
エリザベスはエレンの元へ戻る途中、フローラのことを思い出していた。
フローラ・フォルトナー。フォルトナー家の魔術師であり、フォルトナー四姉妹にとって、自分達を救ってくれた恩人だ。
フローラに拾われた時、フォルトナー家はオリバーとフローラだけだった。フォルトナー家は没落していたらしく、二人でひっそりと暮らしていたようだ。フローラの母、クロエは当時既に他界していた。オリバーは婿としてフォルトナー家に来たのだが、クロエが亡くなった後でも、オリバーはフォルトナー姓を名乗っていた。
フローラが自分達の親族であるということは、フォルトナー四姉妹はすぐに知らされた。フローラ達はあらかじめ四姉妹のことを調べた上で、彼女達を見つけたらしい。フォルトナー家の惨劇についても、フローラが教えてくれた。
死因は分からないが、フォルトナー家がエリザベス達を死に至らしめたことは分かっている。しかしエリザベスはフローラやオリバーのことを恨んでいない。妹達も同じだ。フォルトナー家の人間が全て悪い魔術師というわけではないはずだ。むしろフローラとオリバーはほとんどフォルトナー家から逃げてきたようなものらしい。
フローラもフォルトナー家の被害者であった。エーテル欠乏症を患っていた。
エリザベス達が出会った時は既に、フローラは身体が弱かった。元気な時は普通に生活していたのだが、一か月に一度は気を失っていた。そしてその頻度は段々と多くなっていった。ミヨクをゼーラー家に迎えた頃には、一週間に一度は倒れて、その三年後には寝たきりの生活を送るようになっていた。そしてミヨクが高等部に上がってすぐの頃に、フローラは亡くなった。
フローラもエリザベス達と同じことをフォルトナー家にされたことは間違いない。結局、フローラの死因は心臓の病気であり、彼女は霊界に行くことができた。しかしエーテル欠乏症がフローラを苦しめていたことは確かだ。オリバーの見立てでは、心臓の病気の一因になったとも考えられている。早めにフォルトナー家と手を切ったとはいえ、爪痕はしっかりと残っていたようだ。
ただ、フローラ達がフォルトナー家を離れたことが幸いしたのか、彼女の娘であるエレンにはエーテル欠乏症の兆候がまったく見られなかった。適正属性がゼーラー家側のものであったので、そもそもエーテル欠乏症になる可能性がないのかもしれないが、フォルトナー家を離れれば心配はないと分かってフローラ達も安心していた。
やはり、エーテル欠乏症はフォルトナー家の血ではなく、フォルトナー家の魔術に関係しているのだろう。
エリザベスは思い出す。フローラが亡くなる数日前のことだ。ミヨクとエレンが眠った後に、病床に伏しているフローラがフォルトナー四姉妹を呼び出した。
「私はもうすぐ死ぬわ。きっと霊界に行く。あなた達を霊界に送ることが、私にはできそうにないわ。約束を果たせなくてごめんなさい」
フローラが生きている間は、彼女がフォルトナー四姉妹の肉体、もしくは肉体が埋められた場所を見つけるということになっていた。しかし何の手がかりも得られないままフローラが倒れてしまった。それでもエリザベス達は彼女を恨むつもりはない。
エリザベスが「謝らなくていいよ」と伝えると、他の三人も首を縦に振る。するとフローラは微笑みながらこんなことを言った。
「ありがとう。私は先に、あの人のところへ行くわね」
フローラが言うあの人とは、フローラの夫であるヘルベルト・ゼーラーのことだ。エリザベスも何回か会ったことがある。ヘルベルトにも心理霊媒能力が少しあったので会話したこともある。
エリザベスはヘルベルトのことが嫌いだ。彼が日本で他の女性と関係を持っていたことを知る前から嫌いだった。三人に妹達もそうだっただろう。家族の傍にほとんどいないことで、フローラとエレンに寂しい想いをさせ、不倫をしたことでさらに彼女達を悲しませた。
フローラはそんな男のことをまだ愛していたようだ。彼女曰く、ヘルベルトの不倫は魔術師としては仕方なかったらしい。とはいえ魔術師の一夫多妻制は、エリザベス達が生存していた時代にもなかった。魔術師の常識から考えても、ヘルベルトの不貞は許されないはずだ。
それでもエリザベスは首を縦に振った。フローラの想いを否定することはできなかった。
それからフローラはエリザベス達に向かって頭を下げる。
「エレンとミヨクのことをお願いね。特にエレンとはこれからも仲良くしてあげて。きっとあの子なら、あなた達を霊界に導くことができるわ」
フローラはフォルトナー四姉妹との約束をエレンに引き継いだようだ。エリザベス達としては助かる。ならばエリザベス達もフローラの望み通り、エレンとミヨクの力にならなければならない。そうでなくても、フォルトナー四姉妹とゼーラー兄妹は友達同士だ。物質世界にいる間は、エリザベス達はエレン達の傍にいるつもりだ。
エリザベスは「任せて」と伝えた。
それからフローラはこう続ける。
「あと、フォルトナー家はまだどこかに残っていて、あの実験がどこかで続いているかもしれない。私やあなた達と同じ苦しみを受けている人がいるかもしれない」
確かにオリバー・フォルトナーはフォルトナー家を離れて、フローラをフォルトナー家の魔の手から救った。そしてオリバーの一人娘であるフローラはゼーラー家へと嫁いでいった。フローラからフォルトナー家が続くことはなくなった。
しかしオリバーには兄弟がいたし、別の家でもフォルトナー家の血を受け継いでいる魔術師が存在しないわけではない。現在、公にフォルトナー家を名乗っているのはオリバーのみだが、フォルトナー家の血が絶えたわけではない。フォルトナー家の魔術が残されている可能性は十分にある。
さらに、たとえフォルトナー家の血が絶えていたとしても、フォルトナー家の魔術師にとっては別の問題が存在する。
「もし、そういう人を見かけたら、その人が生きていたとしても、霊体になっていたとしても、その人の力になってあげてほしいの」
エーテル欠乏症を患った人が苦しむのは当然だ。しかしその病気が原因で死亡してもその苦しみは終わらない。フォルトナー四姉妹のように、自分が死亡したという認識を持つことができず、低振動霊として彷徨うことになる。そうやってフォルトナー家の魔術の犠牲となった霊体がいるかもしれないということだ。
「お願い。あなた達ならできると思うわ」
フローラはきっと、生きているエーテル欠乏症の罹患者よりも、エーテル欠乏症で死亡した者の低振動霊のことを慮っていたのだろう、とエリザベスは察した。前者よりも後者の方が多いのは明らかだ。現在ではフォルトナー家は機能していないので新たにその魔術の犠牲者になる者はとても少ないはずだ。それに対して、低振動霊は誰にも気づかれずに、霊界に導かれることなく放置されている者がほとんどだろう。
エリザベスとしても、自分達と同じ境遇に陥った同胞の魂を救いたい。フローラがそうしてくれたように手を差し伸べたい。この苦しみが物質世界に蔓延ることが許せない。
エリザベスは「分かったよ」と伝えた。三人の妹も思念でそう伝える。
「ありがとう。みんな」
フローラは満足したように微笑み、この時の会話は終わった。
エリザベス達はフローラから託された。エレンとミヨクを守ること。フォルトナー家に苦しめられた人を救うこと。もちろんエリザベス達が霊界に行くまでの話だが、エリザベスはその願いを絶対に叶えると心に誓っていた。
しかし今のエリザベスはエレンと喧嘩してしまい、フローラの想いに応えることができていない。エレンに捨てられることが怖くて逃げてしまった。未だに気持ちの整理をつけることができていない。
エリザベスが思いを巡らせている最中、ミヨクが、背負っているリリーに目を向けながら声を掛けてきた。
「エリザベス。メアリ。マーガレットとマチルダにも言っておいてほしいんだけど、この子の力になってあげてくれねぇか。別に病気のことを調べろっていうわけじゃなくて、この子の気持ちが和らぐように、話し相手になってほしいんだよ。多分男性は苦手っぽいし、もしかしたら人と話すこと自体そうかもしれねぇ。けど、お前達を見る目は安心した感じだった。だから、お前達には心を開くと思う」
まだ確定はしていないが、リリーはフォルトナー家の魔術とその魔術師の霊体に関わっている可能性がかなり高い。エリザベスとしては、フローラの望みに従ってリリーを助けたい。リリーに憑依していると言われている霊体が本当にフォルトナー家の魔術師のものだとしたら、その霊体達も助けたい。
エリザベスはメアリよりも先に、首を大きく縦に振った。リリー達を助けることが、エーテル欠乏症やフォルトナー家の魔術に関する手掛かりを見つけて、自分達の肉体を見つけることにも繋がるかもしれないということもある。しかしエリザベスとしては、自分達の都合よりも、自分の同胞の力になりたかった。
自分達のような悲しい存在を増やしたくないし、減らしたい。
ミヨクはそんなエリザベスを見ると、嬉しそうに笑った。
「よろしく頼むぜ」
それからすぐに眉を顰めて言う。
「けどお前はまずエレンと、ちゃんと仲直りしろよ」
ミヨクに言われて、エリザベスは再び気分が沈みそうになった。それでも気持ちを切り替える。エレンと仲直りすることなく、自分達の肉体を見つけるという都合の良いことは考えない。このままではリリー達を助けることもできないだろう。
表情には出ないが、エリザベスは姿勢を正して決意を示した。
エレンに捨てられるかもしれないという恐怖を拭えたわけではない。それでも立ち向かわないわけにはいかない。友達であり家族であるエレンを信じる。
エリザベスの決意が伝わったのか、ミヨクが再び笑みを浮かべた。
「なんだ……。もう俺から言うことはなさそうだな」
エレンのところに戻ると素直に謝ろう、とエリザベスは心に決めた。




