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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第4巻 迷子の魂
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第2章 Soulless Body(3)

 エリザベス達が戻るまでの間、エレンはあることを思い出していた。


 エレンがエリザベス達フォルトナー四姉妹と初めて会ったのは六歳の時だった。


 四姉妹はフローラが連れていた霊体で、エレンが生まれた時からずっとエレンの傍にいたらしいが、エレンは六歳になるまで四姉妹を知覚することはできなかった。魔術の修行をして、ミディウム属性を習得したのが六歳の時だったということだ。


 ミディウム属性の魔術を習得し、霊能力を行使することができるようになってから、エレンはフォルトナー四姉妹と接するようになった。


 しかし出会ったばかりの頃は、エレンはフォルトナー四姉妹と仲良くなれなかった。というより彼女達に怯えていた。当時のエレンは引っ込み思案で臆病な性格をしており、突然視えるようになった霊体に対して恐怖を覚えるのは当然の帰結であった。


 さらにエレンが怯えるのを面白がって、フォルトナー四姉妹はよくエレンにいたずらをしていた。勝手にエレンと繋がって心霊現象を発動させていたということはさすがになかったが、突然目の前に現れてエレンを驚かせたりはしていた。特にエリザベスがエレンをからかっていた。


 今考えると、フォルトナー四姉妹はエレンと仲良くなりたいと思っていたからこそ、いたずらで気を引こうとしていたことも、時にはただエレンと遊びたいとアピールしていただけだったこともエレンは分かっている。


 ただでさえ一般的な五大元素であっても魔術を行使し始めることには恐れや抵抗感を覚えるのに、エレンの場合は魔術に加えて霊能力も持つことになった。そのストレス決して小さいものではなかった。


 魔術学園の初等部では、エレンはけむたがれていた。五大元素ではない特殊な属性は、魔術師にとって貴重なので、その属性が特殊であればあるほど優遇されるものだ。しかしエレンのミディウム属性は、反対に冷遇されていた。ゼーラー家は没落する前からあまりよく思われていなかったらしいが、衰退してからはさらに冷たい扱いを受けていた。いくら魔術とはいっても結局は霊能力を行使するのであり、魔術としては異端とみなされるのは当然だ。


 エレンは学園で友達を作ることができなかった。当時はミヨクもいなかったので、まともに会話することができる相手は母のフローラと彼女の知人である琴音ことねしかいなかった。父のヘルベルトについては、メイスラにいるときは話すが、いないことが多かった。


 魔術属性が原因で学園の子供たちに馴染むことができず、フォルトナー四姉妹に怯えていたエレンは、やがて自分の魔術属性の憎むようになっていった。

 ある日、エレンはフローラに訊いた。


「お母様。どうして私の属性はミディウムなの? 私も火や水がいいよ」


 当時はまだ幼かったということもあるが、魔術師としての矜持も芽生えていないので、エレンは特殊な魔術属性なんて求めていなかった。同世代の友達を作り、仲良く話すことができるのならば、普通の魔術属性の普通の魔術師でよかった。


 フローラにも同情してほしかった。しかしフローラの答えはエレンの期待を裏切るものだった。


「エレン、それが魔術師の運命なのよ」


 魔術師は血統に縛られる。勿論、今後の生き方次第で、優秀な魔術師になったり、反対に無能な魔術師になったりする。しかし適正属性に関してはどうしようもない。その魔術属性で生まれた以上、一生付き合わなくてはならない。

 ただ、フローラはこうも言った。


「でも、ゼーラー家はあなたを縛らないから」


 ミディウム属性はゼーラー家によく現れる魔術属性だ。その魔術属性に生まれたということは、ゼーラー家がエレンを縛っていることにならないか。当時のエレンはそう感じていた。実際は、ヘルベルトからゼーラー家として厳しい教育をされたわけではないし、フローラからも自由に学びなさいと言われていた。それでも魔術属性がかせになっているとしか思えなかった。


 魔術属性と霊能力に耐えられなくなり、エレンは家出をしたことがある。ちなみにこの時は、ヘルベルトは日本にいた。


 家出をしたところで、自分の魔術属性は変えられない。霊能力が消えるわけではない。それは分かっていたが、自分が置かれている環境からとにかく逃げたかった。


 結局、行く当てもなく、家からそう遠く離れていない自然公園の草むらで座り込んでいた。そして家出をしたことを後悔する。


 ヘルベルトもフローラのことも大好きだったし、フォルトナー四姉妹のことも怖かったが仲良くなりたいと思っていた。独りになりたいわけではなく、むしろみんなと一緒にいたい。矛盾した行動をしているのは明らかだ。フローラには怒られるだろうが、ちゃんと謝ろうと思い、エレンは家に帰ろうとした。


 しかし自然公園はフローラに連れられて数回来ただけで、その全体図を把握していなかった。当時六歳のエレンにとって自然公園はとても広い。さらに太陽の代わりになる照明は落とされており、辺りは既に暗かった。当然、他の人間が通りかかることもない。エレンは家に帰ろうにも帰れることができない状況になっていた。


「ごめんなさい……」


 そこでようやく、自分がとても愚かなことをしたことにエレンは気付いた。


「ごめんなさぁぁぁぁぁぁい」


 エレンは大声で泣き始めた。怖くて、寂しくて、悲しくて泣くことしかできなくなった。今すぐ家に帰りたいと願うが、この場所から動くことができない。


 結局、エレンは道に迷っただけではなく、生き方にも迷っていたのだ。自分の魔術属性に納得がいかないからといって、フローラもフォルトナー四姉妹も拒み続けた。ただ自分の境遇を嘆くだけで、自分から何か解決しようと考えなかった。六歳の子供には全てを納得して適切に対応することは難しかっただろうが、少なくともフォルトナー四姉妹とは仲良くすることくらいはできたはずだ。それさえできれば家出など考えなかっただろう。


 エレンに必要だったのは魔術師の運命に抗うのではなく、魔術師の運命と向き合うことだった。


「エレン」


 そこでエレンは自分の名を呼ぶ声が聞こえた気がした。実際には聞こえていなかったのだが、幻というわけではない。思念によって伝えられた言葉だ。


 顔を上げてみると、そこにはエリザベスが立っていた。エレンに手を差し伸べている。もちろん具現化されていないので掴めることはないのだが、そんなことは関係ないとエレンは分かっていた。


「帰ろう」


 エリザベスはエレンにそう伝えてきた。


 エレンにとってはそれだけで十分だった。エリザベスがエレンの居場所になってくれた。きっと一生懸命探してくれたのだろう。エレンは避け続けていたが、エリザベスはエレンのことを家族だと思ってくれていたようだ。霊体であるにもかかわらず、エリザベスが自分のことを心配してくれたことがエレンには嬉しかった。


 霊能力に慣れていないエレンにとって、霊体は得体の知れない化け物でしかなかった。フォルトナー四姉妹のことも怖くてたまらなかった。


 しかしこの時目の前にいたエリザベスは、化け物ではなかった。自分たち人間と何も変わらない、優しい女の子だとエレンは感じた。


「うん……」


 エレンは昼間の訓練で喚起していたミディウムを振り絞り、エリザベスを実体化させる。魔術の訓練以外でエリザベスを実体化させたのは初めてだ。そしてエリザベスの手を掴む。エリザベスがエレンの手を引き、彼女を立たせた。


「帰ろう」


 エレンはようやくエリザベスの顔をしっかりと見ることができた。真っ黒な輪郭だけで、目も口もないが、エリザベスが笑顔を浮かべているのは分かった。つられてエレンも笑顔になった。


 エリザベスだけではない。エレンが自分の魔術属性と向き合うことができた瞬間だった。もうフォルトナー四姉妹を怖がる必要はないし、自分の魔術属性を嘆く必要もない。


 この時、エレンは迷子ではなくなった。自分の魔術師としての道を見つけたのだ。


 その後、残りのフォルトナー姉妹と合流して、それからフローラと再会した。フローラには一度怒鳴られたが、それから優しく抱きしめられた。


「ごめんね……。寂しい想いをさせてしまって……」


 フローラは嗚咽を漏らしていた。エレンも「ごめんなさい」と言いながら泣いた。


 この家で事件の後は、エレンはフォルトナー四姉妹と仲良くなり、ミディウム属性の魔術にも一生懸命励むようになっていった。


 学園では友達がなかなかできないものの、フォルトナー四姉妹がいてくれたお陰で寂しい想いはせずに済んだ。後にミヨクが家族になり、エレンの心は段々と満たされていく。真守まもりと会ってからは、真守まもりと友達になっただけではなく、学園にも友達ができるようになった。エレンが社交的な人間になることができたのは、もちろんいろいろな人の助力があったからだが、その第一歩を踏み出させてくれたのはエリザベスだった、とエレンは感謝している。


 そのエリザベスが、今は道に迷っている。生き方――物質世界での霊体の在り方に迷っている。エレンとしてはエリザベスの力になりたい。彼女の心の闇を晴らしてあげたい。


 しかしエリザベスの迷いの原因がエレンにあることは明白だ。エリザベスの方からエレンを拒絶したのだ。その原因が分からない限り、エレンは力になれそうにない。


 その原因について、エレンも考えがないわけではない。


 たとえば、エレンとフォルトナー四姉妹の間に主従関係のようなものができてしまっていて、エリザベスがそのことを嫌がっているということも考えられる。


 自分たちは家族であり、対等な関係だということはエレンも常々肝に銘じている。それでも、霊能力を行使する時は、フォルトナー四姉妹を武器や乗り物のように扱い、彼女を具現化しなくても、偵察や通信の道具の代わりにすることもある。これらは霊体であるフォルトナー四姉妹にはほとんど何の得もなく、ただ生きているエレン達にとって有益になるだけだ。


 それならばエリザベスが不満を持つのもエレンは分かる。フォルトナー四姉妹の特殊性に甘えて、彼女達を便利に思っていた自覚もある。家族としての関係よりも、霊媒と霊体の関係が強くなりつつある。

 それを理解しつつもエレンは思う。


「でも、気に食わないことがあるなら私に言いなさいよ」

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