第2章 Soulless Body(1)
エーテル欠乏症について、エレンは考えてみる。
ミヨクはエーテル欠乏症である。『白い魔女』の魔術により、自分のエーテルを放出してしまったことが原因だ。それにより肉体と魂の繋がりが弱くなり、一時は死の危険まであったくらいだ。
現在は、真守と共同で夜刀神の独占権を得たことで、夜刀神のエーテルがミヨクの身体に定着したので、ミヨクは死の危険をなんとか回避している。ただし真守がミヨクの近くで生活するという条件がある。真守が傍にいない限り、夜刀神のエーテルがミヨクから離れていってしまい、再びエーテル欠乏症にさらされてしまう。
だからミヨクのためにも、真守のためにも、ミヨクのエーテルを増やす方法を早く探さなければならない。
そして、その手掛かりとなるかもしれないものはエレンの身近にいる。エリザベス達、フォルトナー四姉妹だ。
彼女達がエーテル欠乏症によって死亡したということは、エレンも分かっている。そもそもフォルトナー四姉妹に限らず、フォルトナー家の子供はエーテル欠乏症の罹患者が多かったとオリバーが話していた。どう考えてもフォルトナー家の魔術が原因なのだが、詳しいことは未だに判明していない。
フォルトナー家はエーテル属性で有名だった。フォルトナー四姉妹もエーテル属性の魔術師だった。『白い魔女』以外に人間が持つエーテルを減らす手段があるとしたら、やはりフォルトナー家の魔術に隠されているに違いない、とエレンは考えている。
エーテルを減らす手段が新たに分かれば、ミヨクのエーテルを増やす手段も何か分かるかもしれない。
もう一つ、手掛かりになるかもしれないものがある。これからオリバーを訪ねて来る患者だ。フォルトナー家に関わるのだろうが、そうでなくても手掛かりとして期待するしかない。
そもそもエーテル欠乏症は本来あり得ない病気だ。人間のエーテルが減ることが常識的に考えてあり得ない。『白い魔女』のような抜け穴があることを知っているだけ、エレンには考える余地があるが、魔術師の間では未だに何も解明されていない奇病だ。
エレンとしてもフォルトナーの別荘に滞在している間に、エーテル欠乏症の手掛かりを手に入れておきたい。それなのに、予想外の出来事が起きてしまった。
「なになのよ。あの子……」
その手掛かりであるフォルトナー四姉妹の一人、エリザベスがエレンを拒絶して逃げ出した。エレンとしては、エリザベスがどうして急にエレンを拒絶し始めたのかが皆目見当がつかない。エリザベスに対して厳しくしたつもりも冷たくしたつもりもない。
真守がもう一度エレンを咎める。
「エレンちゃん。やっぱり言い過ぎですよ。エリザベスちゃんに謝った方がいいのではないですか」
「私もついカッとなって、言い過ぎたと思っているわよ。けど、私は何も悪いこと言っていないでしょう。なのに、あの子が駄々こねたんじゃない」
「まあ……。確かに、そうですね」
考えたところでまるで分からない。エレンはメアリ達の方を向く。
「あなた達、エリザベスが言うこと聞かなくなった理由に心当たりがあるかしら?」
エレンが訊くが、メアリ達は全員首を横に振る。エレンよりもエリザベスといる時間が遥かに長いメアリ達が分からなければ、自分が気づかないのも仕方ないだろうとエレンは思う。
「とにかく、私も追い出すようなことを言ったのがまずかったわね。まさか本当に逃げ出すとは思わなかったわ。これじゃあ、訓練にならないわね」
今行っている四姉妹の出現と消失の訓練は不可能ではないが、霊体が三人しかいない状況で行っても難易度が下がるし、あまり意味はない。肝心の飛行魔術に関してはフォルトナー四姉妹が揃っていることが前提条件であるので、このままでは飛行魔術を完成させるどころか、それを試みることもできない。
そこで真守はエレンに言う。
「なら、エリザベスちゃんを探しに行かないと」
「メアリ、あの子を連れ戻して来て。どこに行ったかは分かるでしょ」
フォルトナーの別荘は、フローラが結婚するまでフォルトナー四姉妹も住んでいたところだ。フローラやメアリ達と喧嘩した時に、エリザベスがよく逃げていった場所があるらしい。今もエリザベスはそこへ行ったのだろう。
真守の提案を採用したはずだが、真守はエレンの判断に不満があるようだ。
「エレンちゃん。あなたも行くべきです。エリザベスちゃんの保護者でしょう」
真守の言うことも一理あるが、今回ばかりはエレンも簡単に納得するわけにはいかない。
「嫌よ。私に何か文句があるなら、はっきり言えばいいし、自分が悪いと思っているなら、素直に謝ればいいわ。どちらにせよ、あの子から私にそうしない限り、私からあの子と話すつもりはないわ」
おそらく、今のままでは自分がエリザベスを説得したところで意味がないだろうとエレンは思う。エリザベスが機嫌を損ねた理由が分からない限り、根本の解決にはならないだろう。それはエリザベスの口から聞きたいと思う。
「エレンちゃん。意地を張っている場合じゃ……」
「別に、意地を張っているわけじゃないわよ」
そんなことを話している間に、ミヨクと琴音がエレンのところにやって来た。ミヨクが来て早々、こんなことを言う。
「エレン、どうしたんだよ? エリザベスが見えねぇけど」
「なぜか分からないけど、急に訓練を拒否しだしたのよ。私がつい、霊界でもどこへでも行きなさいって怒って、それで逃げ出してしまったわ」
エレンが説明すると、ミヨクがあからさまに頭を抱えながら俯く。
「お前なぁ……。何か気に障ること言ったんだろ?」
ミヨクにあらぬ疑いをかけられたので、エレンはうんざりしてきた。ミヨクから視線を外してから答える。
「言っていないわよ。本当にどうしてこうなったか分からないの」
それからミヨクが真守の方を向いたのか、真守が話し始めた。
「私から見ても、エリザベスちゃんが何に不満を持ったのか分からないですね。エレンちゃんも怒る前は、特におかしなことを言っていませんでしたし……」
「そっか……。まあ、真守もそう言うんなら……」
真守がそう証言してくれたおかげで、エレンに悪いところはないということについては、ミヨクも納得してくれたようだ。
「とにかく、エリザベス探しに行くぞ。場所はだいたい見当がつくんだろ?」
「真守にも言ったけど、嫌よ。私はあの子から話して来ない限り、あの子と話す気はないわ」
「あのな……。お前が来なきゃ話にならないだろ」
ミヨクも真守と同じようなことを言うが、エレンにも言い分がある。
「私もただ拗ねているだけじゃないわよ。何かは知らないけど、エリザベスは私に不満があるんでしょう。それなのに私がいれば話しにくいと思うわ。だからメアリに行かせようとしたんじゃない」
エレンがそう言うと、ミヨクは溜息をつきながらも、これ以上エレンを連れて行こうと思わなくなったようだ。
「分かったよ。じゃあ俺がメアリと行ってくる。その間に、エリザベスと仲直りする方法を考えておけよ」
「お兄様。面倒事を押し付けてしまってごめんなさい。エリザベスを頼むわね」
そこでようやくエレンはミヨクの方を向いた。対するミヨクは不機嫌そうにエレンを見つめる。エレンは自分の考えを譲れないと思いつつも、ミヨクに対して申し訳なく感じている。
「そう思うんなら、ちゃんと仲直りしろよ」
ミヨクはそう言うが、やはりエレンは簡単に頷けそうにない。
「それはエリザベス次第よ」
そしてミヨクとメアリがこの場から去って行った。
エレンは思い出す。休憩中に、エレンが真守と話したことだ。エレン自身が強くならなければならないということを話していたはずだ。学園の大会に出場するかというのもあるが、これから先、エレンやエレンの仲間に命の危険が及ぶような事件があるかもしれないからでもある。それに、死ぬまでずっとフォルトナー四姉妹と一緒にいるわけではない。四姉妹と別れる時に、エレンが弱いままではいけない。そんな話をした。
そう遠くない将来、エレンとフォルトナー四姉妹は別れなければならない。それはエリザベスも理解しているはずだ。その話がきっかけだとしたら、エレンには思いついたことがある。
「もしかして、ここで約束を果たすかもって思っているのかしら……」
フォルトナー四姉妹の肉体、もしくは肉体が埋められた場所を見つけるという約束だ。その約束が果たされた時、何があっても絶対に四姉妹を霊界に送ることにしている。エリザベスが霊界に行くのが嫌だと思っているのならば、約束が果たされることを嫌がっていると考えることができる。
しかしそれが訓練を拒否する理由にはならない、とエレンは思う。エリザベスは十二歳で亡くなったので、精神年齢も年相応に高くないが、意味もなくエレンに歯向かうことはしないだろう。
ここで、琴音がこんなことを訊いてきた。
「あの……。私は霊関係のことよく分からないのだけど、もし四姉妹が霊界に行ったとして、エレンちゃんが亡くなるまでは、四姉妹とは一切会えないものなの? 例えば、交霊会か何かで呼べないものなの?」
琴音の質問はかなり良いと思ったが、エレンはあっさりと否定する。
「師匠。交霊会で呼んだからといって、霊体がそれに応じるとは限らないわ。ほとんどの霊体は霊界に行って高振動霊になると、物質世界には干渉しないようになるの。まあ、霊体にもよるのだけど……」
目の前にはマーガレットとマチルダもいるので、エレンは少し躊躇ったが、それでもここで言うことにした。
「四姉妹にはもう言っているけど、そもそも私は、この子達が霊界に行ったら、私は絶対にこの子達を呼んだりしないわ」
フォルトナー四姉妹がいなくなることでどれだけ悲しくなっても、エレンは絶対に彼女達を呼ばないことを心に決めている。それは踏み越えてはならない霊媒としてのけじめだ。
「今はこの子達が低振動霊だから、一緒に生活して、いろいろ手伝ってもらっているけど、高振動霊になったら、霊界でずっと暮らすべきよ。だから物質世界に呼んで、霊体の健やかな暮らしを邪魔するべきではないわ」
人間が物質世界で生きるように、霊体は霊界で生きていくべきだ。エレンはそう考えているし、大抵の霊媒もそうだろう。霊媒に近い魔術師だからこそ、その線引きを大切にしなければならない。
「私はちゃんとしたミディアムじゃないし、一応言っておくけど、心霊科学を研究するミディアムや真守のような戦闘霊媒を否定するつもりはないわ。私も交霊会する時あるし。でも私個人としては、高振動霊を物質世界に呼ぶことは、その霊体のことを霊能力の道具として扱っているのではないかと思うの」
霊媒は霊能力の研究のために高振動霊を呼ぶが、高振動霊には物質世界に行くメリットがない。物質世界の霊能力が発展したところで、霊界には何の影響もないだろう。それはほとんどの霊媒が分かっているはずだ。高振動霊にとって何の得もないことが分かり切っているのに彼らを呼ぶということは、つまり彼らの意志を尊重しないということだ。道具扱いだと言っても過言ではないだろう。
しかし、エレンとフォルトナー四姉妹の関係は違う。
「けど、この子達は道具じゃなくて家族よ。だから、今は手伝ってもらうけど、霊界に送ったらもう頼るわけにはいかないわ」
それがエレンとフォルトナー四姉妹のけじめである。お互いのことを家族だと思っているからこそ、物質世界と霊界で別れている間は、お互いを求めるわけにはいかない。エレンは彼女達を霊能力の道具にするわけにはいかないのだ。
そこで真守がこんなことを言う。
「それをエリザベスちゃんに言ってあげたらいいじゃないですか。案外それで仲直りできるかもしれませんよ」
真守の言うことは一理あるが、それはエリザベスを甘やかすことになる。エリザベスには自分の想いをちゃんと伝えてほしいとエレンは思う。
「エリザベスからちゃんと話してくれたらね」
エレンはエリザベスに対して厳しい態度を取りながらも、エリザベスには戻って来てほしいと願っていた。




