第1章 Fly Away Girl(4)
エリザベスはエレンの言葉に危機感を覚えた。
フォルトナー四姉妹に頼らなくていいようになる。それはつまり、フォルトナー四姉妹は必要でなくなるということだ。
エリザベスは、自分達フォルトナー四姉妹が低振動霊の中でもかなり特殊な個体であるという自覚はある。物理霊媒に近いエレンとしては、簡単に手放したくない霊体であるはずだ。約束が果たされた時は仕方ないが、そうでなければ霊界に送られるようなことはない、とエリザベスは信じている。
とはいえ、エレンは自分自身の能力を過小評価していたが、実際はとても優秀な魔術師だとエリザベスは評価している。低振動霊を管理し、四人同時に実体化させる芸当は、並みの霊媒ではできないだろう。だから、たとえフォルトナー四姉妹ではなく、他の霊体を守護霊に置いたとしても、エレンは高い実力を発揮するに違いない。
それに、最近では低振動の人間霊だけでなく、神霊と呼ばれる高振動の霊体と遭遇する機会が出てきた。さすがに真守の夜刀神や、紅城神奈の土蜘蛛のような高次元な霊体を扱うのは無理があるだろうが、鈴花が使役していた狼の神霊あたりならば、エレンも訓練次第では上手に実体化させ、その能力を発動させることができそうだ、とエリザベスは考える。
日本の神霊に似たような霊体は、メイスラの周りでは少ないが、存在しないわけではない。いくら特殊な霊体とはいえ、エリザベス達はただの人間霊だ。霊媒や、それに近い魔術師ならば、神霊の方が魅力的に見えるだろう。
とにかくエレンは霊体を操る魔術師だ。どれだけ個人の能力が上昇したところで、彼女の傍に霊体がいなければ意味がない。そのエレンがフォルトナー四姉妹に頼らなくていいようになるということは、つまり他の霊体に当てがある。エリザベスにはそう思えてならなかった。
さすがにエレンとしても、飛行魔術が完成するまではフォルトナー四姉妹の力が必要だろう。しかし別荘の滞在中に飛行魔術は完成する可能性が非常に高い。その後、フォルトナー四姉妹がどう扱われるかどうかは、エリザベスには予想がつかない。
いや、エリザベスには不安がよぎる。自分達はエレンに捨てられるのではないか。
エレンならば、他の霊体でも飛行魔術を実行することができるだろう。神霊を味方につければ、フォルトナー四姉妹を使役する時よりも簡単かもしれない。
「さあ、訓練を再開するわよ。あなた達、いいわね」
エレンがそう声を掛ける。メアリ、マーガレット、マチルダは待っていましたと言わんばかりに飛び跳ねる。しかしエリザベスはそういう気分にはならなかった。
他の三人は危機感を持っていないのだろう。おそらくその方が正しい。エリザベスはそう思うのだが、どうしても捨てられることに対する不安を払拭することができない。
エリザベスが止まっていると、エレンが怪訝そうに彼女を見つめていた。
「どうしたのエリザベス。具合でも悪いの?」
霊体であるエリザベスは病気になることはないが、物質世界と振動数がずれることで身体が思い通りに動かないことがある。しかし今は振動数に問題はないので、エリザベスは首を横に振った。
「じゃあ、どうしたのよ?」
エレンが首を傾げる。メアリ達も心配そうにエリザベスを見つめる。
どうしたものかとエリザベスは考える。エレンに捨てられると思っている。正直にそう言ってしまえば絶対に怒られる。最悪の場合、本当に捨てられるかもしれない。しかしこのまま訓練に付き合って、飛行魔術を完成させてしまえば、用済みになるかもしれない。
エリザベスが黙っていると、エレンがもう一度訊いてきた。
「ちょっと……。何か言いなさいよ」
エレンが少し苛々し始めた。
エリザベス達フォルトナー四姉妹は、厳密に言えば、言葉を発しているのではない。生きている人間と会話する時は思念を飛ばしているのだ。エレン曰く、言語は聞こえてこないが、四姉妹が言おうとしていることが頭の中に入って来る感覚であるらしい。思念で伝えられる語彙はそう多くないので、身振り手振りでカバーする時もある。
ちなみに、この思念はある程度の心理霊媒能力がなければ受け取ることができない。勿論、霊能力を持たない琴音は四姉妹が言うことが分からない。
エリザベスは何を伝えればいいのか分からなくなってきた。飛行魔術のための訓練をしたくないというわけではない。エレンのことが嫌いになったということではない。ただ捨てられたくないだけだ。
エリザベスは絞り出すように「ごめんなさい」とエレンに伝えた。
「ごめんなさいってどういうことよ。私はどうしたのかを訊いているの」
エレンが本格的に怒りだしてきた。そろそろちゃんと説明しなければいけないとエリザベスは思うが、やはり適切な言葉が思いつかない。とはいえ今更何でもないと誤魔化したところで、不審に思われるだけだろう。
やがてメアリ達が心配そうにエリザベスの傍に寄って来た。やはりメアリ達はエレンのことで何も不安を感じていないようだ。エリザベスは長女で、享年は十二歳だ。つまり妹のメアリ達はさらに幼い。そしてフォルトナー四姉妹は低振動霊である。霊体である認識はあるとはいえ、物質世界に縛られ続けているので、精神年齢も死んだ当時からあまり変わらない。魔術師としての知識も未熟なので、エリザベスと同じような発想に至らないのかもしれない。
「エリザベスちゃん。落ち着いて話せばいいですよ。エレンちゃんもエリザベスちゃんを怖がらせたら駄目です」
真守も声を掛けて来た。いよいよ何も言わずにやり過ごすことができるような雰囲気ではなくなった。だからと言って、エリザベスは訓練に付き合う気にもなれない。飛行魔術が完成してしまえば、たとえエレンがすぐにエリザベス達を手放そうとは思っていなくても、魔術師としてエリザベス達を物質世界に留めておく理由がなくなってしまう。そうなれば捨てられるのは時間の問題だ。
エリザベスは「今日は、訓練は嫌だ」と伝えた。
「だからそれはどうしてよ。具合が悪いなら、はっきりそう言いなさいよ」
エレンは声量を落としながらも、威圧的な態度でエリザベスに接する。エリザベスはもう言ってしまおうかと思い始める。エレンに捨てられるかもしれないというのは、エリザベスの杞憂で、その不安を告白したところで、エレンは少し怒るかもしれないが、それで終わる。またエレンとフォルトナー四姉妹とで仲良く過ごすことができる。
そう考えるのだが、エリザベスは勇気を出すことができない。
「分かったわ」
エリザベスが黙っていると、エレンがそう言う。許されたのかとエリザベスは思ったが、実際はその真逆だった。
「私の言うことが聞けないのなら、あなたなんて要らない。霊界にでもどこにでも行きなさいよ」
そんなこと、エリザベスはエレンから今まで言われたことがなかった。エレンに変ないたずらをした時ですら、もっと遊びたいとわがままを言った時ですら、こっ酷く叱られたが、すぐに仲直りをした。
要らない。
その言葉が、エリザベスの心に深く突き刺さる。エレンが使った言葉は、嫌いでも、二度と顔を見たくない、でもなかった。
『私達は家族よ』
そう言っていたエレンから放たれた言葉は、家族に向けるようなものではなかった。
それはまるで、道具に対する言葉だった。
「エレンちゃん。言い過ぎですよ」
「真守は黙っていて。私達の問題よ」
真守が叱ろうとするが、エレンは聞く耳を持たない。それどころか、さらに鋭い眼光でエリザベスを睨みつける。
「エリザベス。いつまでそうしているのよ。早くどこへでも行きなさいよ」
やはりエレンはエリザベスのことを絶対に必要な存在だとは思っていない。エリザベスはそう確信した。
エリザベスは所詮魔術の道具に過ぎず、代替品ならばいくらでもある。ましてやエレンのような優秀な物理霊媒能力を持った者ならば、神霊でも掌握することができるだろうし、逆にただの地縛霊でも上手に扱うことができるだろう。エリザベスがいなくなったところで、飛行魔術を完成させる程度のことでは困らないはずだ。
家族ではなく、道具だった。
そう考えてしまうと、エリザベスはこれ以上エレンの傍にいることができなくなった。とにかくエレン達がいる場所から飛び去っていく。
確かに普段の生活では、エレンはまるで本当の家族であるかのようにエリザベス達と接してくれていた。エリザベス達は霊体なので、食事などといった生きた人間が行うようなことは共にしないものの、ほぼ毎日遊び相手にはなってくれている。四姉妹が喧嘩した時は叱ってくれるし、四姉妹が失敗して落ち込んでいる時は慰めてくれた。フォルトナー四姉妹にとってエレンは姉か母のような存在だった。
とはいえフォルトナー四姉妹が霊体であるがゆえに、エレンにとって戦闘以外でも便利な存在であることもまた事実だろう。食事の用意や洗濯まで手伝わされることはないが、電話代わりに伝言を頼まれたり、重い物を運ばされたりすることがある。それはエレンと四姉妹の共同作業ではない。エレンが四姉妹を使役しているだけだ。
今までならば、エリザベスも気にしなかったかもしれない。しかし今ではエレンの周りの環境もかなり変化している。一番大きな変化は、生きた人間の友達が増えたことだ。その契機となったのは真守との出会いだろう。
真守と出会う前のエレンは、学園の中で友達はいなかった。しかし真守との出会いがエレンを友好的な人へと変えていった。学園のクラスメイトとのコミュニケーションが上手になり、初対面の女子とも仲良くなれるようになった。龍水鈴花が良い例だ。
エリザベスとしては真守を恨むつもりはない。しかし痛感せざるを得ない。
エレンと生きた人間との繋がりが強くなり、自分達フォルトナー四姉妹との繋がりが弱くなっていく。ただの道具に成り下がっていく。
自分達は死者であり、エレンとは同じ世界にはいないのだと。




