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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第4巻 迷子の魂
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第1章 Fly Away Girl(3)

 エレンは別荘に荷物を置くと、トレーニングウェアに着替えて、訓練を始めた。飛行魔術のための訓練だが、今は地上でそれを行う。いつものツーポニーテールではなく、髪は後頭部で一つにまとめている。


「さて、最終調整ね」


 エレンは準備運動をしながら真守まもりに話しかける。真守まもりもジャージを着てアキレス腱を伸ばしている。


「そうですね。今はあまり激しくしないでおきましょうか? 次に響くといけないですし……」

「いえ。全力で頼むわ。そうでないと意味がないもの」

「わかりました」


 エレンと真守まもりが行おうとしているのは、端的に言うと組手だ。メイスラにいる間は、この訓練を頻繁に行っていた。ちなみに今はミヨクも琴音の指導の下、飛行魔術のための訓練を行っている。


 勿論、ただの組手ではない。霊能力を交えた組手だ。この訓練で、エレンはフォルトナー四姉妹との繋がりを切り替える能力を鍛えている。エレンとミヨクが飛行魔術を完成させるにあたり、とても重要な技術だ。


 飛行魔術は、二つの魔術からなる。エレンのミディウム魔術とミヨクのエーテル魔術だ。エレンがミディウム魔術とその後の物理霊媒現象でフォルトナー四姉妹を出現させ、上向きに働く力、揚力ようりょくを発生させる。具現化した霊体は、自由に飛び回ることができるのだ。そしてミヨクのエーテル魔術で進行方向に働く力、推力すいりょくを発生させる。


 ただ揚力ようりょくによって空中に浮くことは、エレンの魔術をもってすれば簡単だ。たとえ五十メートル上空でも、浮くことなら今すぐにでもできるだろう。しかしエレン達が目指しているのは、もっと上の技術だ。


「素手の真守まもりの攻撃を受けきれないようでは、空のお兄様についていけないからね」


 エレンとミヨクは二人の魔術で、飛行機のように空を高速移動することを目標としている。そのためには、ただ浮き続ける能力を持っていても駄目なのだ。ミヨクの魔術が生み出す推力すいりょくに置いて行かれることのないように、霊体の具現化を維持しなければならないし、ミヨクが方向転換する際は、霊体の出現と消失を切り替えて揚力ようりょくを調節しなければならない。


 今行っている訓練は、ミディウム及び魔力の維持と素早い霊体の切り替えの両方を鍛えるためにある。


「準備はできたわ。真守まもりは?」

「私もばっちりですよ。始めましょう」


 エレンと真守まもりは準備運動を終えて、真っすぐと向かい合った。エレンは棒立ちであるのに対して、真守まもりは両腕を曲げながら顔の高さまで掲げている。それでいて、両者の視線はお互いの両眼から離れない。


「はじめっ!」


 真守まもりは開始の合図を出すと、三秒後に、エレンに向かって正拳突きを繰り出した。それはエレンを本気で殴るためのものではないが、エレンの眼前まで迫っていた。しかし、真守まもりの拳はそのさらに手前で止まる。エレンと真守まもりの間に霊体のエリザベスが割って入ったのだ。


 エリザベスの掌が真守まもりの拳を受け止めた。真守まもりはすかさず拳を引っ込め、エリザベスの脇腹に蹴りを入れようとしている。


「リズ!」


 エリザベスの愛称だ。戦闘中など、すぐに呼ぶ必要がある時にエレンは愛称で四姉妹を呼ぶ。ただしエレンは真守まもりの蹴りを防がせるためにエリザベスを呼んだのではない。その逆だ。


 エリザベスは姿を消した。エレンが彼女の実体化を解いたのだ。真守まもりの蹴りが空を切り、エレンの脇腹に当たる寸前で止められる。


「メイ」


 エレンはメアリを呼んだ。既に真守まもりがエレンの右側に回っている。そして足払いを仕掛けていた。そこでメアリが出現して、その右足で真守まもりの足払いを止める。


 エレンは右を向く。真守まもりが勢いよく右の拳を突き上げた。狙いはメアリの顎のようだ。しかしその拳はメアリに当たらなかった。直前でメアリが消失したのだ。


 真守まもりが立ち上がり、左の拳でエレンの肩を狙う。それは空中でマーガレットが出現したことで防がれた。すかさず真守まもりは右の拳でマーガレットの腹を殴ろうとするが、「メグ」とエレンが言うと、マーガレットは真守まもりに殴られる前に消えた。


 次に真守まもりが右足でエレンを攻撃しようとすると、マチルダが出現してそれを防ぎ、真守まもりがマチルダを左手で攻撃しようとすると、マチルダが消失してそれを躱した。


 そこで真守まもりは一旦距離を取り、構えを解く。


「良い感じですね」

「当然よ。まだ一巡しかしていないじゃない……。というか、私は全力で来てと言ったはずよ。本番控えているからって、遠慮はいらないわ」


 エレンは真守まもりの攻撃に不満を覚えていた。準備運動をしたにもかかわらず準備運動を強いられているように感じた。真守まもりがエレンのことを甘く見ているとは考えにくいが、遠慮しているのは十分に考えられる。


「そんなこと言って……。少し前のエレンちゃんなら、今の攻撃でも慌てたり、失敗していたりしていましたよ」

「それは少し前の私よ。今の私は違うわ」


 確かにメイスラでこの訓練を始めたばかりの頃のエレンは、真守まもりの攻撃についていけず、また霊体の切り替えもおぼつかなかった。しかし今ではそれなりにコツを掴んでいる。


 この訓練は、四姉妹の霊体を一人ずつ実体化させて真守まもりの攻撃を防ぎ、次にその霊体の実体化を解き真守まもりの攻撃を躱す、というものである。さらにルールがあり、エリザベス、メアリ、マーガレット、マチルダの順番で一人ずつ出現させなければならない。かなり高度な物理霊媒能力が要求される。


「では、今度はちょっときついですよ」


 真守まもりはそう言って、攻撃を再開した。エリザベスが攻撃を防ぎ、そして躱し、メアリが攻撃を防ぎ、そして躱し、マーガレットが攻撃を防ぎ、そして躱し、マチルダが攻撃を防ぎ、そして躱した。


 真守まもりが間髪入れずに、拳を三発続けても、エレンはルールから外れることなく、霊体に防がせ、霊体に躱させる。真守まもりがどれだけ機敏に動いても、エレンは彼女の動きを眼で捉えている。


 再開してから、四姉妹のローテーションが五巡したところで、真守まもりは攻撃を止めた。そこでエレンは地べたに座り込む。さすがに真守まもりの攻撃を四十回連続でやり過ごすのは、ミディウムと集中力だけでなく、体力もかなり消耗する。息が上がって、しばらく立ち上がれそうにない。


「はぁ……はぁ……。これでいいのよ。これで……」


 訓練の内容としては満足だが、何度も連続でしたくはないとエレンは思う。身体を鍛えていないわけではないが、エレンは体力にあまり自信がない。


「私もまだまだね……。これくらいで疲れるなんて……」

「そんなことはないですよ」


 肩で息をしているエレンとは対照的に、真守まもりは息を全く乱さずに、とても良い姿勢で立っている。霊能力は使っていないとはいえ、機敏に動き回りながら何十回もエレンに攻撃を繰り出すこと自体、多くの体力を消耗するはずだが、真守まもりに疲れは見られない。


「平気な顔して言わないでよ。説得力ないわよ」

「いえいえ。私はエレンちゃん程、神経使うことはしていませんから」


 そんなことを言いつつも、真守まもりは常人離れした身体能力を持っていることをエレンは理解している。真守まもりは戦闘霊媒だ。命のやり取りを含めた戦闘経験は豊富だろう。それに普段から身体を鍛えているようで、メイスラに来た今でもトレーニングを欠かしていない。夜刀神やとのかみや四姉妹の物理霊媒能力を使わなくても、刀を持っただけで並みの魔術師を圧倒することができるに違いないとエレンは思っている。


 そこで真守まもりはエレンの隣に腰を下ろす。そしてエレンに微笑ほほえみかけながら話し始めた。


「エレンちゃんだって、体力がとても上がっていますし、戦闘センスもだいぶ磨かれていますよ。焦ることなんてないです」


 真守まもりがそう言うが、エレンとしては素直に頷けない。


「ありがとう。でも私も魔術師だもの。のんびりはしていられないわ」


 魔術師の世界は無術者むじゅつしゃの世界に比べたら多くの危険が付きまとう。実際にエレンも標山しめやまの森や火輪山ひわざんで実戦を経験した。


 しかも最近ではミヨクや真守まもりがエヴォーダーで吸血鬼の襲撃を受けたとのことだ。特に過剰摂取型オーバーブラッドと対決したミヨクは死亡していたとしてもおかしくはなかった。実際にその過剰摂取型オーバーブラッドにヘンシェル教会の教会員が三人殺された。


「それに物騒な事件がなくても、魔術戦の大会があるでしょう。ただ四姉妹を出して相手にぶつけるだけで勝てるなんて思いあがっていないわ。特に、エルフリーデ・リヴィングストンがいるもの」


 毎年十二月に魔術学園主催の、魔術師の学生同士がその能力を競い合う大会が開催される。魔術学園の成績によって、大会の出場者が選抜される。エレンも二学年ながらも、魔術師としての高い成績が認められ、大会の高等部女子の部門に出場できることになった。


「エルフリーデさんって、あの小柄で金髪の、可愛らしい女の子ですよね」

「ああ、そういえばあなたはエヴォーダーで面識があったわね」


 エルフリーデ・リヴィングストン。ミヨクと同じ高等部三学年の魔術師だ。リヴィングストン家という名門の生まれでありながら、家柄を誇示せず、分け隔てなく他の学生と接することから、学園内での人気は高い。もちろん実力もかなり高く、ミヨクに負けず劣らずとエレンは見込んでいる。間違いなく、次の大会の優勝候補筆頭だ。


「あの子は強いわ。今のままでは勝てない。だからもっと強くならないと……」


 エルフリーデに負けたくないのは当然だ。しかし、エレンはさらに先のことも見据えている。


「とにかく、私は今の、お兄様や真守まもりに守られているだけの私が嫌なの」


 標山しめやまの森でも火輪山ひわざんでも、サポートに回るだけで、肝心の戦闘ではミヨクや真守まもりに守られてばかりだった。エレンとしては、戦う時が来たならば、ミヨクや真守まもりの後ろに隠れるのではなく、ミヨクや真守まもりの横で一緒に戦いたい。エレンも一人前の魔術師だと認めてもらいたい。

 そこで真守まもりがこんなことを言う。


「でも、エレンちゃんのお陰で助かったこともたくさんありましたよ。標山しめやまの森だって、火輪山ひわざんだって。エレンちゃんがいなかったらと思うと、正直ぞっとしますよ」

真守まもりだって気付いているでしょう」


 真守まもり程の実力がある霊媒が理解していないわけがない。真守まもりは優しいから自分を褒めているのだとエレンは思う。エレンが役に立っているように見える仕組みがあるのだ。


「それは私じゃなくて、フォルトナー四姉妹のお陰よ。彼女達というとても強力な霊体がいてくれて、私は彼女達の力を借りているだけよ。お兄様や真守まもりだって、私がいなくても、エヴォーダーでエリザベスとマーガレットに助けられたでしょう。優秀なのは私じゃなくて、四姉妹の方よ」

「エレンちゃん……。そんな……」

「今のままではね」


 心配そうな真守まもりの声をさえぎるように、エレンは言った。確かに今のエレンはフォルトナー四姉妹の力に頼っただけの魔術師だ。しかしそれだけで満足していない。だから毎日魔術の鍛錬を行っているし、新しい魔術にも挑戦している。その成果もあって、霊体の制御がかなり上達していることを実感している。


 エレンは近くにいるフォルトナー四姉妹を見回しながら言う。


「いつか、この子達とはお別れしないといけないわ。多分、何十年とかいう話ではなくて、もっと近い将来よ。だけど、その時には私自身が弱いままだと駄目なの」


 フォルトナー四姉妹と別れた時、自分が弱いままでは、魔術師として何もできないことをエレンは痛感している。しかし自分が強くなれば、たとえフォルトナー四姉妹がいなくても、魔術師として皆の役に立つことができる。


「私はこの子達に頼らなくてもいいように強くなるわ」


 ミヨクや真守まもりに守られるだけの自分から脱却するために、エレンは魔術の訓練に励むのであった。

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