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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第4巻 迷子の魂
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第1章 Fly Away Girl(1)

 十一月の初旬、エレンはメイスラを出て、別荘に来ている。エレンの母であるフローラの生家だ。フローラが亡くなった今でも、フローラの父であり、エレンの祖父であるオリバーが住んでいる。近くに大きな湖があり、その湖の周りは広い森で覆われている。


 魔術師が別荘としている場所なので、当然のことながら虚空間きょくうかんだ。虚空間きょくうかんは湖まで広がっているらしい。エヴォーダーもそうだが、メイスラの周りには虚空間きょくうかんであり、魔術師が所有している土地がいくつかある。


 エレンはミヨク、真守まもり琴音ことね、そしてフォルトナー四姉妹と一緒にこの別荘を訪れた。十一月に学園で三日間休日があり、その連休を別荘で過ごすことにしている。


 目的は二つある。一つは、エレンとミヨクの飛行魔術を完成させることだ。二人は、エレンのミディウム魔術とミヨクのエーテル魔術を組み合わせて、魔術による飛行を実現しようとしている。風属性の魔術師が魔術による飛行を行ったという例はあるものの、エーテル魔術とミディウム魔術による飛行は現在まで例がない。もし実現できれば、この二属性初となる飛行魔術として認められるだろうし、風属性によるものよりも高度な移動が可能となるだろう。


 そのための準備は既に出来ている。ミヨクは低空飛行ならば既に単独で可能であるし、エレンも四姉妹の力で宙に浮くことができる。二人揃えば、十メートル程度の高さならば、まだ速度は抑えているものの問題なく飛行することができる。


 それと未だに飛行魔術を完成させられないのは技術的な要因よりも環境的な要因が大きい。メイスラは地下にある都市だ。飛行するのに十分開けている空間などほとんどない。だから訓練するために、地上に出る必要がある。この別荘は、湖もあるし、飛行魔術の訓練にはうってつけな場所だ。エレンとしては、最低でも五十メートル程の高度での飛行を成功させたい。


 エレン達は、舗装されている道を馬車で移動した後、馬車が通られない獣道を徒歩で進む。その途中でエレンとミヨクは自分達の魔術について話している。


「ねえお兄様。実際のところ、お兄様の杖の魔術は、高いところでも上手くいくの?」


 確かにミヨクの杖を使ったエーテル魔術は群を抜いている。低空でも自由自在に飛び回ることができる時点で、高等部の学生のレベルを優に超えている。それでも、ある程度高い位置で同じことをするにはさらに高い技術が必要であるはずだ。


「お前のサポートがあればできると思うぜ。まあ、やってみないと分からないところはあるけどな」


 ミヨクがそう言うのであればそうなのだろうとエレンは納得することにした。そもそもミヨクのことはあまり心配していない。むしろ心配するべきはエレンの技術だ。


「その私が問題よね。正直に言うと、今訓練していることが、空中でそのまま通用するとは限らないわよ」


 ミヨクの役割が進むことで、エレンの役割が浮くことである。五十メートルくらいの高さならば、エレンとフォルトナー四姉妹の力があれば浮くことなど難なく可能だ。しかしミヨクのエーテル魔術で移動してながらとなると、エレンにも高度な技術が要求される。エレンとしては技術的にも不安はあるし、魔力消費に関しても油断はできない。ミヨクよりもエレンの方が、課題が多い。


 エレンはあくまで事実を述べたつもりだったが、ミヨクはそう受け取らなかったのか、微笑ほほえみながらこんなことを言う。


「大丈夫だって。あんだけ特訓してきたんだ。絶対上手くいよ」


 励まされていることは、エレンはすぐに分かった。そこまで弱気な態度だったのだろうかと反省しつつも、ミヨクの心配を払拭することを試みる。


「絶対って言うけど、お兄様だってやってみないと分からないって言ったでしょう。人のことを心配している暇があるかしら」

「別の意味で心配になってきたな……。エレンってこんなこと言う子だったっけ……」


 ミヨクが嘆いていると後ろを歩いている二人がくすくす笑い出した。真守まもり琴音ことねだ。琴音ことね微笑ほほえみながらミヨクに話しかける。


「ミヨクちゃん。エレンちゃんがお兄様に甘えなくなって寂しいのは分かるけど、この子の成長を喜ぶべきよ」


 灰川はいかわ琴音ことね。ミヨクとエレンの後見人であり、師匠である。ミヨクもエレンもパートタイムジョブでいくらか生活費を稼いでいるが、琴音ことねから資金援助を受けている。また、住んでいる家は違うが、それでも生活面でいろいろ世話をしてもらっている。魔術師の国では、両親を亡くした魔術師の子供の後見人に対して、地上の世界よりも手厚い補助があるとはいえ、他人の子供を二人も育てることがどれだけ難しいかエレンも分かっているつもりだ。エレンもミヨクも琴音ことねには感謝している。


 琴音ことねはエーテル属性の魔術師で、杖を使った魔術を得意としている。ミヨクの魔術スタイルは琴音ことねから伝授されたものだ。エレンのミディウム魔術に関しても、琴音ことねは適正魔術でないものの、魔術の基礎にのっとって指導している。


 そして琴音ことねはヘルベルト・ゼーラーの弟子だった。とはいえ、教えを受けていたのは砲撃魔術だけで、飛行魔術に関しては琴音ことねが独自で学んでいたらしい。


 そしてエレンとミヨクの目から見て、琴音ことねは『白い魔女』のことを知らないと思われる。ヘルベルトの立場になれば、琴音ことねに『白い魔女』の魔術を伝えることに何のメリットもないだろう。


 勿論、エレン達は琴音ことねに『白い魔女』の魔術のことを全く話していない。絶対に話してはならないとソニアに言われている。ミヨクのエーテル欠乏症の原因は不明だが、真守まもりと共同で夜刀神やとのかみの独占権を得ることで症状を抑えることができたと話している。


「そうですね……。その内誰かさんみたいにならなければいいんですが……」

「ミーヨークーちゃーん」


 ミヨクの皮肉に対して、琴音ことねがご立腹のようだ。琴音ことねは普段はおっとりとして優しいのだが、怒るととても怖いとエレンも思っている。怒る時は大抵、怒鳴るのではなく、微笑ほほえみながらゆっくりと、それでいて一つ一つの言葉を強調して話す。


「今のは師匠のことを言ったんじゃありませんよ」


 ミヨクは焦った様子で答える。対応を間違えたら琴音ことねにどんなお仕置きをされるのか分かったものじゃない。彼女はプロレス技が得意なのだ。ミヨクが彼女の逆鱗げきりんに触れてしまえば、荷物を持っている今でも問答無用で技を仕掛けるだろう。偶にミヨクが琴音ことねの年齢のことで失言して、琴音ことねにプロレス技を掛けられている。琴音ことねは年齢のことで揶揄されるのが大嫌いなのだ。


「ほんとにー? じゃあミヨクちゃんは誰を想像したのかな?」

「ソニアさんですよ。エレンがあんな気の強い女になるのはちょっとやだなぁ……って」


 ミヨクがそう言うと、今度は真守まもりが会話に入って来た。またミヨクがソニアのことを悪く言っているので、ソニアのことを気に入っている真守まもりが怒る、とエレンは予想したが、真守まもりは不思議そうにこんなことを口にする。


「あれっ? みよ君。ソニアさんに対しての毒が弱まっていませんか。エヴォーダーでついに二人の間に友情が芽生えたとか……」

「そんなんじゃねぇよ」


 言われてみれば、ミヨクはソニアに対して悪口を言わなくなってきたとエレンも思った。言っても今のような柔らかな表現に終わるくらいだ。少なくともゴリラと表現することはなくなった。真守まもりやメリッサに注意されたからという風でもないようにエレンは感じる。真守まもりの言う通り、エヴォーダーの一件でミヨクとソニアの仲が良くなったことは明らかだ。


「はいはい。そんなこと言っている間に着くわよ」


 そう言いながら、エレンは一足先に獣道を抜けた。眼前には大きく広がる湖と、その手前に建てられた一棟の家がある。そして、その家の前で一人の人影が見えた。背は高く、白髪で、口の周りと顎に髭を貯えた高齢の男性だ。


「おじいさまー」


 エレンがその人影、祖父のオリバーに向かって元気よく手を振る。


「エレーン」


 オリバーも手を振って応じる。すると、エレンは一目散にオリバーの元へと駆け出した。


 オリバーは魔術関連の医者である。人体に関する医学には精通していないが、エーテルやミディウムといった、人間が持つ半物質に関わる症状を専門としている。


 エレン達がこの別荘に来たもう一つの目的が、ミヨクのエーテル欠乏症を治療する手掛かりを見つけることである。


 エーテル欠乏症に関する論文はいくつか存在するが、その真相に辿り着いたものはなく、どれも推論の域を出ていない。症例が少なく、研究が進まないからだろう。エレン達もミヨクを治すにあたり、治療法を調べることが困難であった。


 ところが、ミヨクにとって良い知らせがオリバーから送られた。エーテル欠乏症と思われる患者が、オリバーを訪ねる予定だということだ。同じ症状の人に会えば、お互いに治療の手掛かりを掴むことができる。エレン達はそう考えた。それにちょうど飛行魔術の訓練のために別荘を訪れようとしていたところだ。


 エレンはオリバーの傍まで来ると、キャリーバックから手を離す。そして、オリバーにそっとハグをした。身体を離してからカーテシーで挨拶をした。


「おじい様、お久しぶりね。会えて嬉しいわ」

「孫娘にそんな風に思ってもらえるなんて、長生きしないといけないなぁ」

「おじい様はまだ若いわよ」


 実際にオリバーはまだ六十代前半だ。医者としてもまだまだ現役だろう。


 エレンは祖父のことが大好きだ。数少ない、生存しているエレンの親族だからというのもあるが、とても優しく思慮深い人柄が好きだ。


 ここで、黒い手がオリバーの腹から生えたのが、エレンの目に映った。勿論、手がオリバーの腹を突き破ったではない。霊体の腕がオリバーの腹をすり抜けたのだ。


「これはエリザベスか。いたずら好きなのは相変わらずだな」


 オリバーがそう言った途端、フォルトナー四姉妹が一斉に姿を現した。四人全員がオリバーの周りを縦横無尽に飛び回る。


「こらっ。あなた達、おじい様が困るでしょう」

「よいよい。むしろ四人共、元気そうで安心したよ」


 その内、ミヨク達も別荘の前まで追いついてきた。エレンが四姉妹を引き下がらせる。まずはミヨクがオリバーと握手をした。


「オリバーさん。お久しぶりです。三日間、よろしくお願いします」

「ああ。こちらこそよろしく」


 ミヨクはオリバーに対しては丁寧に接する。言い換えれば他人行儀だ。実際にミヨクからすればオリバーは血の繋がっていない赤の他人だ。それに標山しめやまの森にいる久遠くおんいわおと違い、オリバーと長い期間一緒に過ごしたということもない。ミヨクとしては馴れ馴れしく振る舞うことは難しいかもしれないとエレンは考える。


「オリバー先生。よろしくお願いします」

「ああ。琴音ことね先生。孫がいつもお世話になっているよ」


 琴音ことねとオリバーが握手した後、真守まもりが挨拶する番になった。真守まもりとオリバーは初対面なので、エレンがお互いを紹介することにした。


「おじい様。この子が手紙で話した、久遠くおん真守まもりよ。優秀なミディアムで、優しくて、とても頼りになる子よ」

久遠くおん真守まもりです。よろしくお願いします」

「ああ、エレンから話を聞いているよ。二人のために遠い日本からわざわざご苦労様。不便なことが多いとは思うが、二人のことをよろしく頼むよ」

「ええ、任せてください」


 真守まもりは丁寧にお辞儀をしてから、オリバーと握手をする。二人が手を離した後、エレンは真守まもりを見ながら、オリバーを手で示す。


真守まもり。こちらは私のおじい様で、私の母、フローラのお父様、オリバー・フォルトナーよ」


 別荘に行くことが決まってから、エレンは真守まもりにこのことを話してある。フローラの旧姓はフォルトナーである。勿論、真守まもりが知るフォルトナーと無関係であるわけがない。


 エリザベス、メアリ、マーガレット、マチルダからなるフォルトナー四姉妹。フローラはこの四姉妹と同じ血筋の魔術師である。


 そしてフォルトナー四姉妹は、フローラから見て大叔母であり、エレンから見て曽祖父母の姉妹ということになる。

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