プロローグ
エレンには常々疑問に思っていることがある。生きていることと死んでいることに何の違いがあるのかだ。厳密に言えば、肉体を持ち物質世界で生きることと、霊体となって霊界で生きることの違いが分からない。
エレンは普段からフォルトナー四姉妹という少女の霊体を傍に置いて、彼女達と意思疎通をしている。エレンにとってフォルトナー四姉妹は家族も同然だ。生きている人間に対する時と同じような接し方をしていると言っても過言ではない。普段から霊体と生活を共にしているので、次第に生者と死者の境界が曖昧になっていた。
自分は霊能力者に近い存在だから、生死の境目が分からなくなるのかとエレンは思っていた。真っ当な霊能力者である真守に、自分と同じような考えを持っているかエレンは聞いたことがある。きっと共感してもらえるだろうとエレンは予想していたが、真守はきっぱりと否定した。
「エレンちゃん。その考えは捨てた方がいいです」
真守曰く、戦闘霊媒は人間霊を相手にすることが少なく、動物が元になった神霊を使役することが多い。神霊は当然、生きている人間とは全く別の存在であり、生者と死者の境界が非常に明確である。
「神霊は、土地や人間を守るためにこの世に近い次元に存在しています。例外はありますが、大抵はこの世に縛られているわけではありません」
反対に、エレンには神霊と呼ばれる存在と接する機会が少なかった。真守の夜刀神が初めてではなかったが、それでも本来魔術師であるエレンにとって神霊はとても珍しい存在であった。だから神霊のことがよく分からず、フォルトナー四姉妹と似たようなものだと思い込んでいた。
さらに真守はこう言っていた。
「エレンちゃんもよく理解していると思いますが、人間霊は、本来はあの世へ旅立たなければいけません。けど、この世に対する未練が強すぎるためこの世との繋がりを断ち切れない霊もいます。いわゆる地縛霊ですね。この世にいる人間霊のほとんどは、その地縛霊です」
真守の言う通り、エレンも分かっていた。物質世界、つまりこの世に存在する人間霊は、振動数が低い状態である。その状態では振動数の高い霊界に行くことができない。それはフォルトナー四姉妹も例外ではない。
「失礼を承知で言いますが、エリザベスちゃん達も俗に言う地縛霊です。普通に会話ができているので忘れそうになることもありますが、彼女達がこの世に縛られて苦しんでいることに変わりはありません。だから……」
真守は言葉を続けるのを躊躇ったのか、一旦俯いてエレンから視線を逸らしたが、すぐに決心がついたかのように顔を上げた。
「いつまでもこの世に置いておくわけにはいかないと思います」
真守は機嫌を窺うように上目遣いでエレンを見ている。エレンが怒るとでも思ったのだろうか。エレンはただつまらなさそうに一言だけで応える。
「そうね」
真守の言いたいことをエレンは理解しているつもりだ。生者と死者は違う。いるべき世界が根本的に違うのだ。フォルトナー四姉妹は死者であり、本当ならば今すぐにでも霊界へ旅立つべきである。
そもそも未練が強くて自我を失っている人間霊ならばともかく、生きている人間とコミュニケーションを取ることができる程自我を保ち、霊体としての自覚も十分にあるフォルトナー四姉妹が物質世界に留まり続けていることには特別な事情がある。エレンもフォルトナー四姉妹を物質世界に縛り付けているわけではない。
それでもフォルトナー四姉妹の世話をしている人間として、エレンもいつかは覚悟しなければならない時が来るだろう。
「けど、私達にはやることがあるの。それまではお別れできないわ」
エレンとフォルトナー四姉妹には約束がある。その約束が果たされるまでは、エレンはフォルトナー四姉妹の力を必要としているし、フォルトナー四姉妹も霊媒であるエレンと行動を共にしなければならないはずだ。
生者と死者の境界は曖昧であるという考えを捨てるべきだと真守は言った。しかしエレンはその考えを捨てるわけにはいかない。その考えを捨てればフォルトナー四姉妹との約束を果たすことができなくなる。
彼女達を家に帰してあげるという約束を――。




