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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第3巻 悪魔の門
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エピローグ

 ソニア達が吸血鬼と戦った後の朝、エヴォーダーから吸血鬼が消えた。太陽が昇り、外に出ていた吸血鬼は、吸血鬼に寄生された身体の方は黒い炎によって焼却されて、その身体が消えた後に残った吸血鬼の血液は太陽光を浴びて消失した。過剰摂取型オーバーブラッドの血液も同様だ。博物館に侵入した二体の吸血鬼の血液も、朝になると教会員によって太陽光に晒されて、跡形もなく消え去った。


 結局、アイラメイスフィールドの血液らしきものは見つからなかった。少なくともエヴォーダーの研究所に保管されているということはなかった。ここにないということはやはり消滅したのだろうとクレメンスが言っていたが、ソニアはそう思えなかった。


 組織の中から過激派のテロリストが出たことで、LOCは第三者機関の異端審問会による厳正な監査が入ることになった。ソニアは、リチャードを動かした人物がいるのではないかとにらんでいるが、証拠は何も見つからないだろうとも予想している。


 今回の事件の犠牲者は四名、事件の首謀者でありリチャード・グレン、そしてラルフ・マクミランを含むヘンシェル教会の教会員三名だ。民間人には犠牲者どころか負傷者も出なかった。ソニアは、吸血鬼から世界を守った英雄だとメイスラ中で称賛された。しかし当の本人は納得していない。三人の仲間を失ったショックが大きかった。仲間を失うのはソニアには初めての経験だ。かろうじて残っていたラルフの上半身を見た時、ソニアは泣き崩れ、疲れ果てるまで「ごめんなさい」と言い続けた。


 ソニア達ヘンシェル教会はメイスラに戻った数日後に、エヴォーダーで殉職した三人の葬儀をヘンシェル教会で執り行った。葬儀の間、ソニアは泣くのを必死に堪えて葬儀の進行を務めた。


 葬儀の後、ソニアはミヨク、真守まもり、エレン、メリッサと会った。四人とも葬儀に参加していて、葬式用の黒い服装をしている。真守まもりとメリッサは「しばらく休んだ方がいいですよ」「そうよ。ソニアは十分頑張ったわ」と励ましの声を掛けた。その言葉に涙しそうになったが、ソニアはまだ我慢する。しっかりと向き合わなければならない人物が目の前に来ていた。


「ソニア様。少しお話よろしいでしょうか?」


 ラルフの妻であるハンナ・マクミランだ。隣には娘のナンシーもいる。


「はい」


 ハンナに何を言えばいいのか分からなかったが、それでもソニアは従うしかなかった。


「じゃあ、ミヨク君。しばらくナンシーをみていてくれる?」

「はい。任せてください」


 ミヨクが答えると、ハンナはナンシーの目線までしゃがんだ。


「ナンシー。私はソニア様と大事なお話があるから、ミヨクお兄ちゃん達と一緒に、良い子にしていてね」

「うん。分かった」


 当然のことだが、今日のナンシーは元気がない。とはいえ泣いているわけでもない。まだ四歳になったばかりの女の子だ。父親が死んだという状況を上手く呑み込めていないのだろう。


 ミヨク達が離れていくと、ハンナが話し始めた。彼女は優しい笑みを浮かべている。


「ソニア様。メイスラを、世界を救っていただきましてありがとうございました。あなたがいなければ、世界は今頃吸血鬼に支配されていたでしょう」


 ハンナは皮肉で言っているわけではないとソニアは感じた。しかしその言葉の裏に隠れていることも分かっていた。


「これで、夫も浮かばれます」


 吸血鬼から世界を救うために、ハンナの夫であるラルフは犠牲になった。ソニアのお陰で世界は平和になったのかもしれないが、吸血鬼に殺された三人の仲間の遺族にとっては、絶望の淵に突き落とされたに違いない。


「あの人の最期の言葉は聞けたのですか?」

「ハンナさんとナンシーちゃんに、愛していると……」


 ソニアの答えを聞くと、ハンナはおかしそうに笑った。


「本当にそう言ったのですか? 私のために作っていないですよね?」

「いいえ。本当に、旦那さんはそう言っていました」


 ソニアがもう一度言うと、ハンナは信じたようだ。


「家の中では情けないところが多かったのに、あなたの言う通り、仕事では勇敢だったのね。それを聞けて嬉しいわ。あなたのような人の下で働けて、夫も悔いはないでしょう。今まで夫がお世話になりました。夫の代わりにお礼を申し上げます」


 そう言ってハンナは深々と頭を下げる。ソニアはその姿を見たくなかった。感謝されたくなかった。ハンナやナンシーの方が辛い目に遭っているのに、自分が気を遣われていると思うと、とても情けない気持ちになった。ラルフを助けることができなかったことが悔しくて堪らなくなった。


 ソニアが何も言えずにいると、ハンナが頭を上げる。


「私達はこれから何とかやっていきますので、ソニア様も、これからつらいことがたくさんあるでしょうが、みんなのために頑張ってください。それでは失礼します」


 ハンナは礼をすると、ソニアの返答を待たずにきびすを返して、ナンシーの元へ歩き出した。ハンナが十メートル程進んだところで、ようやくソニアは言葉を発した。


「どうして……」


 そこでハンナが立ち止まる。ソニアはうつむきながらも声を絞り出す。


「どうして……私を責めないのですか? 旦那さんを無事に帰せなかった私を……」


 ソニアがそう言った瞬間、足音が大きくなった。ソニアがはっと顔を上げる。その頃には涙目になったハンナがソニアのすぐ前まで来ていて、右手を大きく振り上げていた。そしてハンナが平手でソニアの頬を殴った。


「あなたを責めて、あなたを殴って、それでラルフが帰って来るなら、いくらでもそうするわよ。けど、違うでしょ。責められて楽になろうだなんて思わないでよっ!」


 ハンナに指摘されて、ソニアはようやく気付いた。ヘンシェル家の魔術師としてヘンシェル教会をたばねることがつらくなった。仲間の命を背負うことが怖くなった。ヘンシェル教会を辞めてしまいたいと心のどこかで思ってしまった。だから辞めろと罵倒されたら自分はこの絶望から逃げられるかもしれないとさえ感じていた。


 ハンナがソニアの胸倉につかみかかる。ソニアは両腕を下げ、ただされるがままになることしかできない。


「言っておくけど、そんなことは許さないわ。どんなにつらく苦しくても、また部下を失うようなことがあっても、あなたは戦い続けなさい。ラルフを死なせたあなたに、逃げる権利はないわ」


 泣きながら叫ぶハンナの顔から、ソニアは目を離すことができなかった。ハンナの言葉がソニアの心に深く突き刺さる。ヘンシェル家の魔術師であることをこれ程重荷に感じたことは今までなかった。ソニアがヘンシェル家である以上、名前を捨てることはできない。仲間の屍を超えてでも、人々を救う責務をまっとうしなければならない。

 ハンナはソニアから手を離すと、落ち着いた声で言う。


「どうか、ラルフの犠牲を無駄にしないで」


 そしてハンナはきびすを返して去って行った。入れ替わりでミヨク達がソニアの方へ近づいて来る。人前で泣くわけにはいかないと思っていたが、我慢ができなかった。膝をついて、両手で顔を覆った。


「私が弱くて……ごめんなさい……」


 ソニアが泣き始めてしばらくすると誰かがソニアに抱き着いていた。


「ソニアは悪くないわ。仕方なかったのよ。だからもう自分を責めないで」


 メリッサがそう言った。ソニアとしてはその言葉に甘えるわけにはいかないだろうが、それでも温かい言葉に救われた気がした。しかしその直後に冷たい、それでいて正しいと認めざるを得ない言葉が投げかけられた。


「それが嫌だったら、強くなるしかねぇよ」


 ミヨクがそう言った。その声は厳しいが、不思議と心に染み渡る。ソニアは現状に満足していない。確かに吸血鬼を倒して、世界を救ったのかもしれないが、そのために犠牲を払ってしまった。おこがましい考えだが、それでも自分がもっと強ければ、ラルフ達は死なずに済んだと考えてしまう。ソニアにとっての完璧な結果を望むのであれば、もっと強くなるしかない。


「あんたがそう言ったんだろ」


 ミヨクの言う通りだ。ソニアはよく覚えている。ミヨクがメリッサを救出する時、エドガーに襲撃されて、メリッサはエドガーによって重傷を負わされてしまった。それでもミヨクがいなければメリッサは死んでいたし、ミヨクは十分頑張ったとソニアは評価したが、ミヨクは満足しなかった。その時にソニアは「それが嫌なら、強くなるしかないわ」と言ったのだ。今では立場が逆になってしまった。


「ミヨク君。いくらなんでもそんな言い方――」

「いいの」


 メリッサが怒ったが、ソニアはすぐになだめた。


「メリッサ。ありがとう。もういいわ」


 ソニアがそう言うと、メリッサはソニアから身体を離した。そこでソニアが立ち上がる。涙を拭いて、ミヨクをしっかりと見据える。泣き腫らした不細工な顔だが、そんなことは構わずソニアは宣言する。


「言われなくても、強くなってやるわよ」


 ソニアにはそうするしかない。理不尽な出来事から皆を救うためにはもっと強くなるしかない。勿論もちろん、仲間の助けは求める。それでもソニアが強くならなければならないことに変わりはない。


 ソニアがずっとミヨクを見つめていると、ミヨクは急に笑顔になった。


「良い顔じゃないですか。安心しました」


 そしてミヨクはきびすを返して歩き出し、こう言い残した。


「また助けが必要だったら言ってください。それでは失礼します」


 その言葉に合わせて、真守まもりとエレンもソニアに一礼をしてから、ミヨクの後を追った。残されたのはソニアとメリッサだけになった。ミヨクの姿が見えなくなった後、ソニアが呟く。


「なんか、むかつくわね……」

「そうよ。最後のことだけ言えばいいのに、どうしてソニアに対しては煽るようなことばかり言うのかしら」

「そうじゃないわよ」


 確かに生意気な口を叩くことも腹が立つが、ソニアはそういうことが言いたかったわけではなかった。ミヨクのことを過小評価しているつもりはなかった。高等部の学生としてはかなり優秀というレベルであって、ソニアと同じレベルに辿り着くにはまだ早いと思っていた。しかし実際は、ミヨクは驚くべき速度で成長していて、ソニアと肩を並べようとしている。


「また一緒に戦ってあげてもいいかな」


 そんなミヨクに期待している自分がとても不思議だった。

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