表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第3巻 悪魔の門
88/178

第7章 少女と同じ願い(4)

 真守まもりは吸血鬼と対峙する。攻め込むには絶好の機会のように見えるが、真守まもりには動くことができなかった。戦闘霊媒と一対一で戦っているのならばとどめを刺しにいっただろう。魔術師が相手でも状況によってはそうするかもしれない。


 真守まもりが吸血鬼の右腕を斬り落とし、マーガレットが吸血鬼を殴り飛ばした後だが、吸血鬼は少しも怯んでいなかった。人間ならば出血と激痛に苦しみ、まともに立つことすらできなくなるだろう。しかし吸血鬼はしっかりと真守まもりに向かって歩いてくる。油断して近づくと殺されるのは真守まもりの方だ。


「いや……さすがにそれは反則でしょ……」


 真守まもりは吸血鬼の右腕を見ながら呟く。吸血鬼の右腕は肘の辺りから切断されていたが、その断面から新たな腕が生えようとしていた。再生能力が高いどころの話ではない。もはや身体を生成している。


 真守まもりは距離を詰めることを少しだけ考えた。相手が回復中であるならば攻撃するべきではないかと。しかし吸血鬼をよく観察してからその考えを捨てた。


「まあ、ただの野獣ではないとは思っていましたが……」


 右腕が再生している最中、吸血鬼は構えを取ったのだ。腰を低く落とし、両腕を顔の高さまで上げる。それでいて左の拳は少し前に出ている。典型的なボクシングの構えだ。その構えが完成した頃には、右腕は元通りになっていた。


 吸血鬼は今まで本能に任せたような動作しか見せていなかった。おそらくそれで十分だと思っていたのだろう。しかし真守まもりを相手にして、ここで本気になったようだ。『なり損ない』とは違う。人間としての知性を宿して、敵を殲滅するつもりなのだろう。


「さて……どう戦いましょうか?」


 徒手空拳の敵ならば、最初に腕を斬り落とし、それから首を斬り落とせばいいだけの話だ。しかしそれは相手が人間である時の話だ。吸血鬼は人間よりも遥かに力が強く、素早い。それだけなら真守まもりも刀で攻めようとする気になったが、吸血鬼はさらに高い再生能力を持っている。安直に攻めれば負けるのは真守まもりの方だ。先程の攻防も、マーガレットがいなければ真守まもりは負傷していたかもしれない。


 真守まもりと吸血鬼は睨み合ったまま動かない。相手の間合いの外から様子を窺う。しかし真守まもりには動かずとも攻撃する手段がある。


「マーガレットちゃん」


 真守まもりは吸血鬼の背後にマーガレットを出現させた。人間よりも遥かに高い身体能力を持っているとはいえ、死角からの奇襲には反応できないだろう。


 真守まもりとしては、まずは吸血鬼の顔面のガードを下げさせたい。さすがの真守まもりでも骨ごと腕を断ち切ることはできない。そのまま腕へ攻撃されたら止められるだけだ。再生能力の高い吸血鬼にとっては傷の内に入らないだろう。直後に手痛い反撃を喰らう危険性が高い。


 そこでマーガレットが回し蹴りを繰り出し、吸血鬼の脇腹に直撃させた。吸血鬼は蹴り飛ばされなかったものの、腕を少し下げた。いくら吸血鬼といっても霊体による強烈な打撃は無視できないようだ。吸血鬼は左腕のガードは残しつつも、右肘を後ろに突き出してマーガレットを振り払おうとする。


「マーガレットちゃん。もう一度」


 マーガレットは吸血鬼の肘を避けつつ、吸血鬼の正面に回り込んだ。そしてその脇腹に蹴りを入れる。その蹴りも吸血鬼に直撃した。


 しかし今度の蹴りは効果が小さかったらしく、吸血鬼の腕を下げさせることはできなかった。二撃目は奇襲ではなかったので、堪える心構えができていたのだろう。追撃したかったが真守まもりは諦めた。


「マーガレットちゃん。一旦消えてください」


 真守まもりはマーガレットの実体化を解いた。三撃目は意味がないだろう。真守まもりが斬りかかりにいけなくなるだけだ。


「さて、どうしますか……」


 おそらくマーガレットが現れてからの最初の攻撃はこれからも通用する。霊視能力も魔術や霊能力による防御手段も持っていない吸血鬼には、マーガレットの奇襲は防ぎようがない。しかし次の攻撃は簡単に対応されてしまう。


 つまり真守まもりが吸血鬼を倒すためには、マーガレットを実体化させた時の最初の攻撃で吸血鬼を怯ませて、即座に真守まもりが吸血鬼の首を落とさなければならないということだろう。しかしマーガレットの攻撃でも吸血鬼に大きなダメージを与えられない現状を考えると、吸血鬼を倒すことが難しいと言わざるをえない。


 一応、真守まもりには奥の手があるのだが、二体目の吸血鬼がここに来るかもしれないことを考慮すると無暗むやみに使えない。


「おっと……」


 ここで吸血鬼の方が攻めてきた。距離を一気に詰めて、左の拳を突き出してくる。先程のようにただ腕を伸ばしたのではない。短く速く鋭いジャブを放つ。真守まもりは吸血鬼の方を向きながら後退する。当然真守まもりの動きは遅いので、吸血鬼にすぐ追いつかれる。真守まもりは吸血鬼の拳をかろうじて刀で防ぐ。吸血鬼は拳が斬られるがそんなことに構う様子はない。


「マーガレットちゃん」


 真守まもりは吸血鬼の横にマーガレットを出現させた。そしてマーガレットは吸血鬼を蹴り飛ばす。吸血鬼が真守まもりから離れたところで、マーガレットは吸血鬼の頭に跳び蹴りを仕掛けた。しかし吸血鬼が両手でマーガレットの蹴りを防ぎ、そのまま彼女の足を掴んだ。


「駄目。消えて」


 マーガレットが消える。そして真守まもりは咄嗟にマーガレットを吸血鬼の背後、その頭の高さに出現させた。そしてマーガレットの回し蹴りが吸血鬼の後頭部に直撃する。


「なるほど……」


 真守まもりは一旦吸血鬼から距離を取り、先程の攻防を分析する。確かにマーガレットが実体化してからの二回目の攻撃は簡単に防がれてしまう。しかしマーガレットが実体化して攻撃した後に、一旦マーガレットの実体化を解き、再び吸血鬼の死角にマーガレットを実体化させれば、吸血鬼はその攻撃に対応できないようだ。


「攻略法が見つかりましたね」


 とはいえ霊体の実体化とその解除を繰り返すことは、つまり自分とマーガレットの繋がりを何度も作り直すということだ。霊力の消費は激しく、高い集中を要する。人間よりもはるかに動きの速い吸血鬼を相手にそれを実行すると考えると、真守まもりでも至難のわざと言っても過言ではない。


 それでもこの戦法が一番理にかなっていると真守まもりは判断した。


「行きますよ。マーガレットちゃん」


 今度は真守まもりの方から攻撃を仕掛けた。反時計回りに刀を振るう。吸血鬼は難なく左腕でその刀の防ごうとする。このままでは、真守まもりは吸血鬼の腕を切断することができずに刀は止められて、吸血鬼は右腕で反撃してくるだろう。


 しかし吸血鬼が反撃することも、ましてや真守まもりが吸血鬼の左腕を斬りつけることもなかった。マーガレットが吸血鬼から見て右側に現れ、吸血鬼の右脇腹に拳を突き刺した。


 吸血鬼はよろけながらも、右の拳でマーガレットに反撃しようとしていた。


「甘い」


 その頃にはマーガレットは消えていて、真守まもりが吸血鬼の右腕に刀を振るう。腕は伸びきっており、肘ががら空きだったので、真守まもりは簡単にその右腕を切断することができた。


 それでも吸血鬼は蹴りで真守まもりの胸を攻撃しようとする。真守まもりには避ける暇がない。刀で防いだとしても吸血鬼の脚力が強すぎて受け止め切られない。当たれば当然、真守まもりにとっては致命的なダメージを負ってしまう。


「残念」


 吸血鬼の蹴りが真守まもりに届く前に、マーガレットのかかとが吸血鬼の頭に直撃した。マーガレットが空中で出現して、かかと落としを仕掛けたのだ。吸血鬼の蹴りの勢いはがれて、真守まもりは後退することでその蹴りを回避する。


 マーガレットは実体化したまま真守まもりと吸血鬼の間に着地する。その瞬間に吸血鬼は残った左腕でマーガレットの首を掴んだ。右腕はまだ再生中だ。今の吸血鬼は、真守まもりにとってはトラバサミに脚の動きを封じられた小鹿でしかない。


 真守まもりが刀を一閃する。それですべてが終わった。


 吸血鬼の首が胴体から離れて、地面に落ちる。吸血鬼が盾のように掴んでいたマーガレットは、真守まもりが刀を振るうと同時に消失した。そこに残ったのは片腕を失い、もう片方の腕を意味もなく伸ばしているただの獲物だった。


 頭が落ちた五秒後に、胴体も倒れる。真守まもりは吸血鬼の姿を観察しながらも、必死に呼吸を整えている。この数分の間に、何度もマーガレットの実体化とその解除を繰り返したのだ。さすがの真守まもりも身体と精神に疲労を感じる。


「一体、撃破しました」


 真守まもりがそう報告すると、ヘンシェル教会の教会員の二人が近寄ってきた。この二人が講堂に残って自分の戦闘の援護をしようとしていたことは、真守まもりには分かっていた。いざとなったらこの二人にも協力を頼もうかと思っていたが、その機会は訪れなかったようだ。


真守まもりさん。ありがとう。君のお陰でみんなが助かった」


 教会員の一人がそう言うが、真守まもりは首を横に振った。


「いえ、まだですよ。あと一体います」


 敵はもう一体いる。もしかしたら外の人達が足止めをしてくれているかもしれないが、ここに来ることも覚悟しておくべきだろう。とりあえずハンカチを取り出して、刀に着いた血液を拭き取る。そのハンカチはその場に捨てた。行儀が悪いことだと分かっているが吸血鬼の血液が付着しているので仕方がない。それから刀を鞘に納めた。


「マーガレットちゃん。様子を見て来てください」


 真守まもりがそう言うと、マーガレットは窓から行動の外へ抜けて行った。それから真守まもりは吸血鬼を見る。すると衝撃的な現象が起こっていた。


「うそ……。再生してる……」


 吸血鬼の頭は切断面から再生を始めていた。腕の再生よりは遅いが、それでも放っておくと復活してしまうことは真守まもりでも容易に想像することができた。


真守まもりさん。下がって。ここは私達が」


 教会員に言われて、真守まもりは吸血鬼から離れる。そして教会員が魔術で火を起こした。その火で頭と身体の両方を焼く。さすがの吸血鬼も徹敵的に燃やされたら再生はできないだろう。


 真守まもりが大人しく待機していると、講堂の出入り口から学園の人達が入って来た。その中には先程真守まもりが助けた金髪の少女もいる。彼女は真守まもりの方に近づいてくる。真守まもりは笑顔で迎えようとしたが、すぐにそれを止めた。


「下がりなさいっ!」


 厳しい口調で真守まもりは叫ぶ。窓からマーガレットが戻ってきたのだ。もう一体の吸血鬼がこちらに向かっているのだろう。そしてその吸血鬼が進むだろう道筋だ。


 真守まもりは窓の方向を見る。そして鞘を左手で頭の高さまで掲げ、柄を右手で握る。


 その直後、講堂の窓が激しく割れた。そこからもう一体の吸血鬼が侵入してきた。一直線に真守まもりへ飛び掛かり、腕を伸ばして真守まもりに攻撃しようとしている。


「危ない!」


 金髪の少女が叫ぶが、真守まもりはまったく危機感を覚えていなかった。吸血鬼は空中にいて、移動方向を変えることができない。真守まもりの戦闘スタイルを把握していない。自分は有利だと思い込んで雑に腕を伸ばしている。真守まもりからは首が丸見えだ。真守まもりが吸血鬼を一撃で仕留める条件は十分に揃っている。


 真守まもりの右手が上がった。その手には刀が握られている。その刃先は天井に向いていた。おそらく吸血鬼にはそのように見えただろう。いや、既に目には映っていないのかもしれない。少なくとも刀の軌跡は見えていなかっただろう。


「抜刀術、苦手なんですけどね……」


 吸血鬼の身体が真守まもりにぶつかってくる。事前に実体化されていたマーガレットがそれを両手で押し返した。胴体は真守まもりの前に落ちたが、その頭だけはそのまま飛び続けて、真守まもりの後ろへ通り過ぎていった。


 真守まもりはもう一枚のハンカチを取り出して、刀の血を落とす。そして納刀し、鞘を腰に掛けた。後は教会員に任せることにする。とにかく二体の吸血鬼を撃破することができた。これで博物館も安全だろう。


 真守まもりは金髪の少女の方に振り向く。そして今度こそ晴れやかな笑顔を見せた。


 それを見た金髪の少女は、笑みを浮かべずにこんなことを呟く。


「サムライ……」


 それに続くように、講堂に入って来た学園の生徒達が様々な声を上げる。


「ブラックサムライ……」

「サムライガール」

「ブラックサムライガール!」


 真守まもりが着ているのは学生服で、紺のブレザーとスカートなので、侍の要素はないはずだが、外国人には日本刀の印象が強かったらしい。


「どうやら魔術師の方に、誤った日本の文化を教えてしまったようですね……」


 真守まもりは誤った日本文化を海外に伝えてしまったことに罪悪感を覚えながらも、博物館にいる皆の無事に安堵した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ