表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第3巻 悪魔の門
86/177

第7章 少女と同じ願い(2)

 真守まもりは博物館の屋上で吸血鬼の襲撃に備えていた。琴音ことねやヘンシェル教会の教会員が『なり損ない』と呼ばれる吸血鬼をあらかた倒していて、上から見渡した限りでは立っている吸血鬼は存在しない。博物館に避難している学園の人達やヘンシェル教会の教会員には犠牲者どころか負傷者もいない。


 真守まもりとしては、本当はクレメンス達と一緒にソニア達の救出へ行きたかった。理由は当然ミヨクだ。ミヨクのことが心配でたまらなかった。クレメンスに拒否されても何度も食い下がった。結局クレメンスに叱られてしまった。


「私達のことを、いえ、ミヨク君のこと信じられないのですか」


 そう言われて、真守まもりはようやく引き下がった。確かに、真守まもりにはそういう傾向がある。ミヨクの実力は認めている。彼ならばどんな窮地でも突破してくれるはずだ。それなのに、万が一のことがあると思うと居ても立っても居られなかった。心のどこかで、ミヨクは弱い存在だとあなどり、彼を信じ切られない自分がいる。


琴音ことね先生。もう大丈夫なのでしょうか?」

「さあ……。リチャード・グレンがこの程度の戦力でヘンシェル教会に喧嘩を売るとは考えにくいわね……」


 琴音ことねの言う通りだと真守まもりも思う。吸血鬼の『なり損ない』は数こそ多いが、戦力としては貧弱過ぎる。接近戦では有利かもしれないが、強力な飛び道具を持っている魔術師が高所を取って籠城している状況では、吸血鬼側が圧倒的に不利だろう。


 真守まもりはこの調査にあたり、念のため日本刀を用意していた。まさか装備する事態に陥るとは思っていなかった。刀を抜く事態に発展しないことをせつに願う。


「そうですね。やっぱり世の中そう甘くはなかったみたいですよ。マーガレットちゃん」


 真守まもりが呼ぶと、フォルトナー四姉妹の一人、マーガレットが姿を現した。今この場にいる四姉妹は彼女だけだ。エリザベスがミヨクの所へ行き、メアリとマチルダがメイスラで留守番をしている。マーガレットからの報告を受けると、真守まもりはその内容をそのまま伝えた。


「敵が来ます。数は二体。ただ、さっきまでの『なり損ない』と違って大きそうです」


 リチャードの切り札だろうということは、真守まもりは容易に察することができた。『なり損ない』よりも上位の生物と見て間違いない。

 そこで一人の教会員が声を上げた。


「見えました。敵は二体。まっすぐこちらへ向かってきます」


 真守まもりも外の様子を確認する。屋上に置いている照明のお陰で、吸血鬼の姿をしっかりと目視することができた。二体とも止まることなく走っている。このままでは十秒もかからずに博物館に辿り着くだろう。


「総員攻撃」


 隊長格の教会員が号令をかけると教会員が一斉に魔術を放った。魔術の弾幕が二体の吸血鬼に降り注いだ。その内の一体には魔術の攻撃が直撃した。教会員が絶え間なく攻撃して、その吸血鬼の足止めをしている。


「一体、こちらに接近しています」


 教会員の一人が言う。真守まもりも一体の吸血鬼がこちらに向かっているのを確認した。教会員が魔術を放つが、それを避けて博物館に近づく。やがてその一体は博物館のすぐ前まで来てしまった。もうすぐ侵入を許してしまうだろう。


 そこで真守まもりが動く。遠距離からの攻撃は何もできないが、敵が近くにいるのなら真守まもりも役に立つ。


「みなさんは外の一体を何としても食い止めてください。もう一体は私が相手します。マーガレットちゃん。行きますよ」

「ちょっと……待ちなさい」


 琴音ことねが制止の声を掛けるが、真守まもりはそれを無視して屋上から飛び降りる。生意気にも琴音ことねやヘンシェル教会の教会員に指示したのは悪いと思うが、真守まもりがもう一体の吸血鬼を殺すことが適切な人員配置だと判断した。

 落下している途中、吸血鬼が博物館に侵入したのが見えた。


「マーガレットちゃん。あそこです」


 真守まもりはマーガレットを実体化させた。マーガレットは下から真守まもりを抱えると、吸血鬼が侵入した窓へと向かっていった。落下速度を落としながら着地する。そして真守まもりは突き破られた窓から博物館に入った。


「マーガレットちゃん。敵の位置は?」


 真守まもりが訊くとマーガレットは即座に指差した。学園の人達が避難している講堂の方角だ。警備の教会員は数名いるはずだが、真守まもりもそこへ参戦するつもりだ。


 幅が広く長い廊下で、真守まもりは吸血鬼を発見した。体長は二メートル以上あり、肌は赤黒い。『なり損ない』に見られたこぶのようなものがなく、滑らかな形をしている。


 その廊下の奥には講堂への扉がある。吸血鬼は真守まもり一瞥いちべつしたが、すぐに講堂へと駆けて行った。真守まもりよりも大人数の命を狙っているのだろう。真守まもりは迷わずに吸血鬼を追いかける。


「オークティール」


 二人の教会員が扉を守っており、吸血鬼に向かって魔術を放った。炎と風の魔術だ。両方とも吸血鬼に直撃する。しかしその程度の魔術では吸血鬼を止められない。吸血鬼はそのまま突進を続ける。


「二人共避けてください」


 講堂への侵入を許してしまうが、彼らを死なせるわけにはいかない。それに、避けてくれた方が好都合だ。


 メイスラは虚空間きょくうかんではあるが、標山しめやまの森からはとても遠い。約九千キロメートルだ。夜刀神やとのかみとの繋がりはかなり小さい。ミヨクと蛇のエーテルを繋げるのが精一杯であり、真守まもり夜刀神やとのかみを顕現することは難しい。仮に顕現することができたとしても、蛇を数匹顕現しただけで霊力を使い果たしてしまうだろう。


 しかし今の真守まもりは、霊能力で戦うことができないわけではない。


「マーガレットちゃん。キックです」


 真守まもりは叫んだ。するとマーガレットは実体化する。おそらく霊視能力がない人間も視ることができるくらい振動数が低くなっているだろう。マーガレットは吸血鬼の頭部に向かって飛び蹴りを仕掛けた。見事に直撃して、マーガレットは吸血鬼を扉に叩きつける。勢いはそれで止まらず、扉を突き破って吸血鬼ごと講堂へと入っていった。


 真守まもりもそのまま講堂へ入ろうとしたが、教会員に肩を掴まれて止められた。


「待ちなさい」


 真守まもりは一瞬文句を言おうとしたが、講堂の状況を見て、止められたことに心の中で感謝した。それからマーガレットに指示をする。


「マーガレットちゃん。一旦消えて」


 マーガレットの実体化が解かれると、叩き伏せられた吸血鬼だけが残った。吸血鬼はすぐに立ち上がろうとする。


「Little RED」


 しかし吸血鬼は立つことができなかった。見えない何かの圧力が上から加わったかのように、真守まもりには見えた。直前に詠唱した、小柄で金髪の少女の魔術によるものだろう。


「攻撃」


 大人の男性の号令を掛けた。おそらく学園の教師だろう。号令の直後、様々な属性の魔術が放たれた。それらが全て吸血鬼に直撃する。原型留めていないだろうなとそんなことを呑気に思いながら、真守まもりはその光景を眺めていた。


 守られる立場だとはいえ、彼らは魔術師だ。攻撃する手段は豊富にある。戦力としては申し分ないだろう。もしかしたら今の真守まもりよりも強い人達かもしれない。そもそもヘンシェル教会からしたら自分は民間人で、守られる立場であることを真守まもりは思い出した。


「攻撃やめ」


 教師の男性がそう言うと、魔術の攻撃が止んだ。煙が晴れて、姿が見えるようになる。


「うそ……」


 金髪の少女が声を漏らした。真守まもりも声に出さなかったが驚愕する。吸血鬼はところどころに傷を負っているものの、原型はしっかりと留めていた。魔術の中には火炎も電撃も、槍の形をした固体もあったはずだ。人間がそんな攻撃を浴びたら確実に死ぬ。


 とはいえ、謎の圧力による拘束はまだ解けていない。


「リヴィングストン。拘束を緩めるなよ」

「ええ。RED, Further RED」


 金髪の少女がさらに詠唱する。謎の圧力が加わり続けていて、吸血鬼は依然立ち上がれないようだ。その隙に、教会員が講堂に入り、学園の生徒に避難を誘導する。おそらく多くの魔術師がいればいいという問題ではないだろう。むしろ人数が多ければそれだけ危険に晒される人間が増えるということだ。


 吸血鬼は負傷している。しかしよく見るとその傷が塞がっていく。再生能力がとても高いのだろうと真守まもりは推察した。とはいえ不死身ではないはずだ。とりあえず首をねようかと思い、真守まもりは刀を抜く。


 それと同時に、吸血鬼が動き出した。圧力に逆らい立ち上がろうとする。金髪の少女は魔術を放ち続けているようだが、それでも段々と起き上がっていく。


「リヴィングストン。退くんだ」


 教師の男性がそう言うが、金髪の少女はその場から動かなかった。彼女と吸血鬼の距離は二十メートルもない。一気に詰められてもおかしくない。


 教師の男性が金髪の少女の方へ向かうのが見えたが、真守まもりも彼女の方へ駆け出した。それと同時に、吸血鬼が謎の圧力から解放された。そのまま金髪の少女へ襲い掛かる。


「たああぁぁっ」


 真守まもりはマーガレットの力を借りて跳躍し、吸血鬼の上を取った。そして上から吸血鬼の首を斬り落とそうとする。しかし、寸前のところで首を動かされ、肩を斬りつけるだけに終わった。真守まもりは金髪の少女と吸血鬼に間に着地する。


「お怪我はありませんか?」

「ええ。ありがとうございます」


 真守まもりは吸血鬼と対峙する。真守まもりを見て、吸血鬼も構えのような仕草を見せる。両者、睨み合ったまま動かない。その間に真守まもりが金髪の少女に告げる。


「なら、逃げなさい」

「いいえ。私も戦い……」

「いいから逃げなさい!」


 金髪の少女が言い終える前に、真守まもりは怒鳴った。少し申し訳ない気持ちになるが、生死が懸かっているこの状況では仕方ないと割り切る。


「わ、わかりましたわ……」


 金髪の少女が駆けていく足音を聞き、真守まもりは安堵する。これで心置きなく戦える。


真守まもりさん。ここは私達に任せて、君も避難を」


 教会員がそう言うが、真守まもりは首を横に振った。


「いいえ。多分、今の状況なら私が適役でしょう。属性によりますが魔術は効きにくいでしょうし。相手、明らかに物理アタッカーって感じですし。一対一で戦う方がやりやすいですね」


 魔術師では吸血鬼を抑えられず、一気に距離を詰められた時の危険が大きい。リヴィングストンと呼ばれた金髪の少女も、真守まもりが吸血鬼を止めなければ重傷を負っていたかもしれない。魔術以外の武器がない魔術師よりも、日本刀を持っている真守まもりの方が相手の攻撃に対処できる。


 それに吸血鬼は再生能力も高いようだ。先程の魔術の総攻撃を受けている間にも再生し続けていたのだろう。ならば細かいダメージを継続して与えるより、一撃で仕留めた方がいいと真守まもりは判断する。


「だからみんなの……」


 真守まもりが教会員に民間人の避難を助けろと言おうとしたところで、吸血鬼が動き出した。右腕を伸ばして、一直線に突撃してくる。真守まもりは焦ることなく刀を振るう。下から上へ振るわれた刀は、簡単に吸血鬼の右腕を斬り落とした。


 しかし吸血鬼は少しも怯まず、左腕で真守まもりに殴りかかってきた。


「すみません」


 吸血鬼の腕は真守まもりには届かない。マーガレットが実体化して真守まもりと吸血鬼の間に入り、吸血鬼の顎にアッパーカットをお見舞いしたからだ。


「二対一でしたね。忘れていたわけではないですよ、マーガレットちゃん」


 吸血鬼はマーガレットに殴られ、五メートル程後ろに飛ばされた。おそらく吸血鬼も並外れた膂力りょりょくを持っているだろうが、真守まもりという上質な戦闘霊媒が実体化したマーガレットも負けてはいない。


「さあ、吸血鬼狩りといきましょうか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ