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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第3巻 悪魔の門
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第7章 少女と同じ願い(1)

 ソニアは敵の本拠地に辿り着き、リチャードと対峙している。そこは部屋ではなく外であり、断崖に囲まれた空間だ。断崖は低いところでも二十メートル程あり、ほとんど垂直に立っている。あの過剰摂取型オーバーブラッドといえども、この断崖を登ることは困難だろう。


 ソニアとクレメンスがここに突入した時、リチャードはここのど真ん中に立っていた。もう隠れるつもりはないのだろう。


「さあリチャード・グレン、観念しなさい。あなたを拘束するわ」

「それだけは困るな。これからが面白いのに……」


 リチャードは余裕の態度を見せる。確かに今はソニアの方が不利だ。まだ姿を見せてはないが、リチャードには吸血鬼がついている。過剰摂取型オーバーブラッドと、あと二体の吸血鬼がいるはずだ。『なり損ない』も利用するかもしれない。そもそも強力な吸血鬼が他にいるのかもしれない。一応、エリザベスのお陰で付近に吸血鬼がいないことは確認している。しかしこの局面で、リチャードが吸血鬼を呼び出さないということはありえないだろう。


「いいえ、つまらないわ。あなたの考えていることなんて大体予想がついているわよ」


 そこでリチャードの顔色が変わった。笑みを消してソニアを睨みつけている。ソニアはそれに構わず言葉を続ける。


「アイラ・メイスフィールドの血液。あなたが欲しいのはそれでしょ」


 ソニアが言うと、リチャードはくすりと笑った。


「さすがにそれくらいは言わなくても分かるか。そうだ。それさえあれば、魔術師は地上を侵略できる。地下で縮こまって生活する必要はないんだ」


 ソニア達の予想通りだった、というより考えている内にそうとしか考えられなくなっていた。彼の計画が、吸血鬼に地上の世界を襲わせるだけだとしたら、ソニアを利用する必要は全くない。ソニアにエヴォーダーのことを勘付かせることなく、吸血鬼を野に放てばいいだけの話だ。そうしなかったということは、他に目的があるということだ。


 それでもソニアには疑問が残る。


「アイラの血液なんて、あるかどうか分からないじゃない」


 アイラ・メイスフィールが死亡した際に彼女から排出された吸血鬼の血液は、現在も見つかっていないし、残っているのかどうかも判明していない。消滅説が有力だと考えられているくらいだ。


「あるさ。このエヴォーダーのどこかに」


 リチャードの言うことは、ソニアも分からないわけではない。もしアイラの血液が存在するとしたら、このエヴォーダーの中、そしてアイラとルイスが侵入した研究所だと考えられる。そしてそれにうってつけの場所がある。


「他の吸血鬼の中にあるとか……」


 ソニアがそう言ってみると、リチャードは再び不気味な笑みを浮かべる。


「そうだ。君も既に察しているだろう。『なり損ない』はともかく、吸血鬼になってもまだ命令を聞く程度には理性を保っている個体がいるんだ。おそらくまだ人間として生きている。アイラ・メイスフィールドの血液、またはそれと同等の血液がその吸血鬼に混じっていると考えられないだろうか」


 吸血鬼の血液が人間に寄生した際、その人間が人間として生存するかどうかは魔力で決まると言われている。魔術師はある程度耐性があり、絶大な魔力量を持っていたアイラが生存して、無術者むじゅつしゃは全て『なり損ない』になったという研究結果がエヴォーダーに残されていたらしい。


 そのことから立てられた仮説がある。吸血鬼の血液は人間が持つ半物質を吸収しているのではないか。魔術師からは魔力を、魔力を持たない無術者むじゅつしゃからはエーテルを吸収する。すると、魔術師は魔力量次第では、アイラのように人間としての生命を保つことができるが、無術者むじゅつしゃはエーテルを吸収されるので魂と切り離されて死亡する。


 吸血鬼の血液を排出するまでは、アイラは人間として生きていた。そのアイラに寄生していた吸血鬼の血液はそれだけ膨大な魔力を吸収した、上質な吸血鬼だと考えられる。ソニア達と対峙した過剰摂取型オーバーブラッドの吸血鬼も、アイラには劣るかもしれないが、かなり多くの魔力を内包しているに違いない。


「それで敢えて私と戦わせることで、吸血鬼の血液を引き出そうという魂胆ね」


 おそらくリチャードは過剰摂取型オーバーブラッドを殺す手段を持っていない。太陽の効果も薄いと推測される。ならばソニアのような黒い炎を出す魔術師に殺してもらうしかない。


 今にしてソニアはよくよく考える。研究所の内部のあかりがついていたのは、ソニアを誘い込む意味もあるが、過剰摂取型オーバーブラッドと戦いやすくするためだったのだろう。実際に一体の過剰摂取型オーバーブラッドがソニア達に撃破されて、吸血鬼の血液が排出された。


「話が早くて助かるよ。今や別の過剰摂取型オーバーブラッドの血液を得て、吸血鬼としての純度は上がっているはずだ。そこから抽出される血液はアイラの血液でなくても、それに匹敵するだろうね」


 ヘンシェル教会を敵に回して、LOCの身分を捨ててまで果たそうとしている目的はさぞ崇高なことだろう。ソニアは念のため訊いてみた。


「それで、もしアイラの血液を手に入れたら、それをどう使うつもり?」

「決まっているだろう。僕が新たなアイラ・メイスフィールドになる。僕はアイラのような間抜けではない。無術者むじゅつしゃ達を一掃して、魔術師のための世界を創る」


 馬鹿馬鹿し過ぎて聞くべきではなかったとソニアは後悔した。


「一応忠告しておくけど、あなたがアイラの血液を取り込んだとしても、アイラのような吸血鬼になれる保証なんてどこにもないわよ。まあ魔術師だから『なり損ない』にはならないかもしれないけど、あなたが従えている化け物みたいになってしまうでしょうね」


 アイラ・メイスフィールドがどれ程の魔力を持っていたかは知らないが、現在の魔術師の誰もが超えることのできない量だったとソニアは推測する。そうでなければ異世界生物を身体の中に飼い続けることなどできないだろう。『悪魔の門(デモンズ・ゲート)』であり、実際に異世界の物質を喚起することができる程の魔力量を持つソニアでも可能性は高くないはずだ。


 そこでソニアは気づいた。感心することではないのだが、妙に納得してしまう結論に辿り着いてしまったのだ。


「あっ……。だから、ついでに私を吸血鬼にしてみようとでも考えているのかしら……。私は実験台ということね」

「そう悪く解釈しないでほしいね。君は選ばれた人間だから、高次の存在になるべきだということさ」


 リチャードは本気で良い提案だと思って言っているのだろう。過激派の魔術師ならば異世界の力を取り入れることは魅力的に感じるのだろう。異世界の力を持っていない者ならば尚更だ。


 しかしソニアは違う。異世界の力を魔術で喚起しているが、それはこの世界の人々を救うために使っている。そして、偶々異世界の炎が適正属性である魔術師として生まれただけで、異世界の炎に対する執着は持っていない。


「もう一つ、質問いいかしら?」


 ソニアが言うと、リチャードは「どうぞ」と返した。


「あの大きな吸血鬼は一体何者? いえ、元の人間は何なの?」


『なり損ない』以外の吸血鬼はリチャードの言うことを聞いていた。なので、リチャードと関係がある人物が元になっているのではないかとソニアは考えて、実際その通りだったようだ。


「あれは僕のご先祖様の一族だ。LOCでも上の方は知っているが、僕は六百年前に吸血鬼を召喚した魔術師の子孫でね。もう名前は違うが、その血は確かに受け継がれているのだよ。一族の人達は優しいね。僕が子孫だと分かると協力的になってくれた。まあ、僕がここを見つけて解放したことへの恩と、吸血鬼を後世に残したいという思惑はあるだろうが。ちなみに『なり損ない』は実験動物として用意されたただの無術者むじゅつしゃだろうね。奴らには理性がないから、僕の言うことを聞きはしない」

「ああもう……。ご高説はそのくらいでいいから、さっさとあの過剰摂取型オーバーブラッドを呼びなさいよ。お望み通り壊してあげるわ」


 ソニアとしては、リチャードのことは全く興味がない。早く吸血鬼を倒して皆を助けに行かなければならない。余計なことまで聞く暇はない。


「その代わり、あなたごと燃やすからそのつもりでいなさい。吸血鬼の血液は回収させないわ」


 ソニアが吸血鬼の過剰摂取型オーバーブラッドを燃やしたら、吸血鬼の血液が残る。リチャードはそれを狙っている。ソニア達が分かっていることは分かっているはずだが、リチャードは余裕の笑みを浮かべている。おそらく何か策があるのだろう。


「分かったよ」


 そしてリチャードが上空に火の魔術を放った。直後、大きな足音が響く。数秒後に吸血鬼の過剰摂取型オーバーブラッドが崖から飛び出してきた。着地の衝撃で脚が折れたがそれはすぐに再生する。四つ足で立ち、ソニア達の前に立ちはだかった。

 すぐ横にいるリチャードが言う。


「さあ、やってくれ。なに、この化け物も死にたがっているんだ。アイラ・メイスフィールドのようにな。同意の上のことだ」

「子孫のためならそれでも良いと思ったのだがな……。気が変わった」


 誰の声かソニアには分からなかった。おそらくリチャードも知らなかったのだろう。今までの笑みが嘘だったかのように、彼の表情は驚愕に塗り替えられていた。


「な……」


 リチャードが振り向く間もなく、彼の身体は過剰摂取型オーバーブラッドの大きな手によって叩き潰されてしまった。過剰摂取型オーバーブラッドが手を上げるとそこには血溜まりとリチャードの無惨な姿が現れた。間違いなく即死だろう。


「ウォーレンの子孫か。その身体を頂くのも悪くはない」

「あなた……喋れたのね……」


 過剰摂取型オーバーブラッドが言葉を話したのだ。元は人間だということはソニアも分かっていたが、『なり損ない』のイメージが強かったのか、身体が変異したと共に言語機能も失ったと思い込んでいた。


「ああ、馬鹿の振りは疲れたぞ。六百年生きるのもな。このエヴォーダーに閉じ込められていたが、子孫に見つけられてな。というより、グレン家がずっとこの施設を隠していたようだ。急にあの小僧がここを訪れて、私を殺す方法があるという話をしてきたから乗ってやった」


 吸血鬼には寿命がない、もしくは人間とは比べ物にならないくらい寿命が長い。そのため六百年もの間生き続けていたのだろう。化け物の姿になり、何もすることなく、この研究所の中で生き続ける苦しみは想像を絶する。


「分かったわ。今楽にしてあげる」


 ソニアはそう言うが、過剰摂取型オーバーブラッドは首を横に振った。


「いや、やはり私も昔は地上の侵略を目指した魔術師の一人だ。お前みたいな上等の素材を吸血鬼にしないままでは死んでも死に切れない。お前が新たなアイラ・メイスフィールドになれ」


 吸血鬼になっても、過激派の魔術師としての性根は残ったままなのだろう。ソニアは何度(いきどお)りを覚えたか数えるのも馬鹿らしくなってきた。


「お断りよ。あなたはここで燃やし尽くしてあげる」


 ソニアは片手を上げて指を鳴らした。それを合図に、ソニアの後ろにあるものが現れた。


「貴様……。まさか成功させるとは……」


 過剰摂取型オーバーブラッドもこの異世界生物の正体を知っていたようだ。


 ソニアの後ろに黒い炎の塊が漂っている。それは人型を成していて、二本足で立っている。大きさは過剰摂取型オーバーブラッドと同じくらいだろう。二つの異世界生物が睨み合う形となった。

 ソニアは不敵な笑みを浮かべながら言う。


「さあ、悪魔の戦いといこうかしら」


 黒い炎の精霊による吸血鬼狩りが始まった。

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