第6章 理想と違う自分(3)
ミヨク達は異世界生物の召喚に使われる魔法式を探すために研究所を進んでいる。あれから吸血鬼には遭遇していない。エリザベスも近くに敵はいないと言っている。
そして進んでいくと大きな広場にやって来た。ただの広場ではない。魔術の儀式のために作られた空間だ。灯りは部屋の様子が分かる程度であり、書庫や廊下に比べると暗い。しかし中央に魔法式が書かれており、そこの辺りは灯りが多く置かれている。
探していた魔法式がすぐに見つかったが、もう一つ探していたものも見つかった。それは部屋の隅で三角座りをしている。入室する前にエリザベスに確認させている。ケビン・ウィーバリーだ。
「ケビン。あんたそんなところで何をやっているの。こっちに来なさい」
ソニアが近づくと、ケビンは立ち上がって彼女の方に向かって来る。
「ソニア……。いいところに来た。一緒に逃げよう。ここは危険だ」
「何が一緒に逃げよう、よっ! 勝手に逃げ出した癖に」
ソニアの言う通りだとミヨクも思う。ソニアが怒っていなければ、自分が殴りかかって行ったところだ。ケビンは一度ミヨク達の方を見てからこんなことを訊く。
「三人しかいないじゃないか。それも教会員は一人だけだ。他の奴はどうした?」
「ラルフとアイザックとチャックなら死んだわ。あんたが見た大きな吸血鬼よりもさらに大きなやつに殺された」
ソニアがそう答えると、ケビンが舌打ちをした。
「ちっ……。使えない奴らだ……」
その瞬間、ソニアがケビンの胸倉を掴んだ。
「あんたねぇ! 三人が殺されたのはあんたの所為だとは言わないけど、あんたを助けるためにここに来たのよ。勝手に逃げたあんたでもよ。その犠牲になった私の仲間を侮辱するのは絶対に許さないわ」
ソニアは一気にまくし立てる。さすがにこのケビンの態度は、ソニアが怒っているとはいえ、ミヨクも我慢することができなかった。自分より身分の低い者に価値はないという考えだろう。ミヨクも殴りかかろうとしたが、クレメンスに止められた。
「何をそんなに怒っているんだ。そうだ」
それからケビンが名案を思い付いたようにこんなことを言う。
「勝手に逃げたのは悪かったよ。グレンと交渉しようとしていたんだ。ちょうどいい。今ならまだ間に合う。あんな奴ら放っておいて、僕と一緒に来るんだ。君は未来の妻だ。ウィーバリー家の僕とその妻なら、グレンも悪いようにはしないだろう。僕が、君が助かるためだ。分かってくれ……うがっ」
話の途中で、ソニアはケビンの顔面を殴った。ケビンがあっけなく倒れて、そして頬を押さえながら怯えた表情でソニアを見上げていた。
「何をするんだ……。命が惜しくないのか」
「あんたと結婚するなら、ここで死んだ方がマシよ」
それはそうだろうとミヨクは思う。魔術師の家系の地位でしか人間を評価することができず、偉そうなことばかり言って自分は勇気を示すことはできない。ソニアがとても嫌う人格だ。
「どうして……僕はウィーバリー家の……」
「関係ないわよ」
そしてソニアは、ケビンから視線を外さずに、ミヨクを指差した。
「たとえば、この子は、ミヨク・ゼーラーは、素人で、まだ高等部の学生だと言うのに、吸血鬼を倒して皆を助けるために動いてくれている。家柄はあんたのところ程良くないかもしれないけど、勇敢で優秀な魔術師よ」
さらに指を振ってミヨクを強調しながらソニアは続ける。
「もし結婚するなら、あんたみたいな愚図じゃなくて、ミヨクみたいな勇敢なやつを選ぶわ。分かったら私と結婚することなんて諦めて、大人しく私達について来なさい」
そこまで言うと、ようやくケビンは己の立場を思い知ったようで、力なく項垂れた。
「はい。分かりました」
先程までの威勢は消え去ったようで、ケビンはすっかり従順になった。
そこでメリッサがミヨクの肩を叩きながらこんなことを言う。
「良かったわね。ソニア、ミヨク君と結婚したいだって」
ミヨクが言い返す前に、ソニアがこちらを振り向いた。
「そういうわけじゃないわよ。ケビンよりかはまだミヨクの方がマシってだけの話よ。言っておくけど、あなたみたいな生意気なやつも駄目だからね」
「そうですか」
ミヨクとしてはそれでも構わない。気が強くて、態度が大きい女性はあまり好きではない。特にソニアはミヨクに対して当たりが強いのでなおさらだ。ソニアと結婚する未来を想像しただけでも寒気がする。
しかしメリッサは何をどう解釈したのか、ソニアに聞こえないように小声でこんなことを言い出した。
「照れているだけだからね。あまり気にしなくていいわ」
「そうですか……」
変に反論したらソニアかメリッサのどちらかが不機嫌になりそうなので、ミヨクは適当に合わせることにした。
それから現在直面している問題に話題が移る。ソニアがケビンに質問した。
「それでケビン。あなたはここに来てからグレンか、吸血鬼を見た?」
「いや、見ていない……。見ていません……」
それはおかしいとミヨクは思う。ケビンがリチャードにも吸血鬼にも遭遇しなかったことではない。リチャードも何の理由もなくケビンを襲撃しないだろう。問題はそこではなく、この部屋にある。
その問題をソニアが口にした。
「変ね。ここに魔法式があるということは、儀式はここで行われるはず。まさか吸血鬼とは全く関係のない魔法式ではあるまいし……。ここを張っていないのは不気味でしかないわ」
リチャードが企みによるものだとしても、吸血鬼の対抗策になるものだとしても、リチャードがこの魔法式を放置しておくとはミヨクも思えない。魔法式の周りには吸血鬼が配置されている、最悪の場合、過剰摂取型が居座っていることも考えられた。しかし予想に反して、魔法式のある部屋には過剰摂取型どころか吸血鬼の一体もいなかった。エリザベスに調べさせたので、どこかに潜んでいることはないと分かっている。
「とにかく俺とエリザベスで周囲を警戒します。敵がいない内に魔法式を調べましょう」
「そうね」
ソニアはミヨクの提案にすんなり従い、魔法式へと歩み寄っていく。そして地面に彫られている魔法式を見ると、すぐ何かに気づいたようで、驚愕の表情を示した。
「うそ……。どうしてこんなところに……」
「ソニア様。何が……」
それから魔法式を見たクレメンスもソニアと同じ反応をする。ミヨクも気になって魔法式を見てみた。しかし見ただけでは何に驚けばいいのか分からなかった。
「この魔法式がどうかしたんですか?」
ミヨクが訊くと、ソニアは苛立ちを隠さずにこう答える。
「ちゃんと見なさいよ。あなたもよく知っているはずよ」
そう言われてみるとこの魔法式は見たことがあるとミヨクは感じた。しかし学園で学ぶような属性ではないことは確かだ。少なくとも五大元素の魔法式ではない。もっと特殊な属性の魔法式だ。
それから十秒後に、ミヨクも魔法式の正体に気づいた。確かにソニアやクレメンスが驚くようなものだ。しかし納得もいく。吸血鬼と大きな関係を持つ属性だ。ここで研究されていたとしても不思議ではない。
ソニアがその答えを呟く。
「私の……黒い炎……」
それを聞いてミヨクは絶句した。魔法式は、ソニアが黒い炎を喚起する時に発生する魔法陣にとても似ていた。しかし全く同じというわけではない。円陣の内側の模様はほぼ同じだが、外側の模様はミヨクも見たことがないものだ。
「ソニアさんの黒い炎の、強化版って感じですかね?」
円陣の内側で黒い炎の基本的な構造を描写して、外側で黒い炎の形状や強度を表現している。ミヨクの考えが正しいと言うようにソニアが頷く。
「そうね。私もそう思うわ。けど、どうしてこんなものがあるの?」
「吸血鬼を燃やすものだから、黒い炎で吸血鬼を制御しようとしたというわけじゃないかしら」
メリッサがそう言うが、ソニアは首を横に振る。
「それはあるかもしれないけど、だとしたらこんなところに魔法式を書く意味はないわ。黒い炎を喚起できても、この部屋の中だけじゃ意味ないでしょ。吸血鬼の焼却場というわけでもなさそうだし……」
ミヨクは思い出す。自分達はまだ黒い炎の正体を把握していない。魂との繋がりがないか、薄いものと繋がり、繋がったものを燃やすという仮説は立てている。おそらくそれは正しいのだろうが、真実には辿り着いていない。
「繋がる……」
ミヨクは考えながら魔法式を見る。この魔法式が、黒い炎を喚起するためのものだというのは間違いないだろう。しかしそう考えるとソニアが出した疑問に直面する。異世界の炎とはいえ、ただ炎を喚起するための魔法式が吸血鬼の研究所にあるのは不自然だ。
この研究所には異世界生物を召喚するための魔法式があるだろうとソニアは推理した。リチャードが『悪魔の門』であるソニアをここに誘い込んだことを考えると、それも間違いないはずだ。
「異世界生物……」
そこでミヨクは気づいた。何も不自然ではなく、無意味でもない。ここは異世界生物を研究する施設で、この魔法式も異世界を召喚するためのものだ。
「ソニアさん。異世界生物ならもう召喚されてますよ……」
ミヨクがそう言うが、ソニアは首を傾げる。
「何を言っているの……。吸血鬼は召喚されているし、そもそも六百年前に召喚されたものでしょう。グレンだけで新たな吸血鬼を召喚できるとも思えないわ」
「違います。吸血鬼のことじゃないです」
ミヨク達は吸血鬼以外の異世界生物を見ていた。吸血鬼の事件に巻き込まれるずっと前からだ。ミヨクの場合は、その生物を初めて見てからまだ半年くらいしか経っていない。しかしソニアやメリッサやクレメンスはずっと以前からその生物を見ている。ソニアに至っては小さな頃からかもしれない。今までそれが異世界生物とは認知されていなかっただけだ。
ソニアは魔法式に視線を向ける。そして目を見開いた。それから自分の手をじっと見つめる。彼女も気づいたようだ。
「まさか……私の……」
「そうです」
魂との定着が弱い物質と繋がることができる。そう仮定した時点で気づくべきだった。物質と繋がることができるのは、それが魂だから、つまり振動数が高い生命体であるからだ。この世界で言うと霊体に近いのだろう。
「ソニアさんの黒い炎は、異世界生物です」




