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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第1巻 白い魔女
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第2章 魔術師と霊媒(3)

 ミヨクは魔術に関する説明を始めた。


「俺とエレンは魔術師という存在だ。真守まもりは実際に見たから想像つくと思うけど、何もないところから火や水などを出現させる、超常的な現象を引き起こす能力を持っている。魔術師は魔術師のための国を作って生活しているんだ。世界にいくつかあって、詳しいところまではさすがに教えられねぇけど、俺達はイギリスにある魔術師の国に住んでいる」


 魔術師の国は地下に存在しているのだが、そこまで説明する必要はないし、念のためしない方がいいだろうとミヨクは考えた。


「それで魔術や魔術師の国は、無術者むじゅつしゃ、つまり魔術を知らない者のことを言うんだけど、そういう人達には知られていない。それは魔術師達が厳重に秘匿している」


 そこまで説明したところで、ミヨクは真守を見てみた。なんだかに落ちていないような表情をしている。訊きたいことがあるようだ。


「質問があるならどうぞ。随時受け付けるぜ」

「はい。なら、お言葉に甘えて」


 真守まもりはしっかりと手を挙げてから質問を出した。


「私はみよ君の魔術を一度見ただけですが、あれがとても強力な能力だということは理解しています。あんな力があるのなら、魔術を持たない人間から隠れるより、表に出てきて魔術師が有利になる世界をつくることができるのではないですか。想像で言うのもなんですが、武力の面では十分優位に立てるかと」


 真守まもりの意見はもっともだ。科学が発達した現代でも、魔術師が十分に実力を発揮できるのならば、あらゆる面でも遅れは取らないだろう。インフラも科学の方が優れている点もあるが、魔術の方が優れている点もある。真守まもりが言った通り、たとえ魔術師と無術者むじゅつしゃが戦争を行ったとしても、まだ現時点では魔術師の方が有利と考えられている。


「いや、そうはいかない。魔術は特定の場所でしか使えない。詳しいことは順を追って説明する。とにかく場所が限定されるのならば、表に出てしまって、それを無術者むじゅつしゃに知られてしまえばむしろ立場が不利になってしまう。だから秘匿されているんだよ。真守まもりも同じようなものじゃねぇのか」


 夜刀神やとのかみが物理的に存在することも、霊媒以外の人間の世間一般では知られていないはずだ。それは魔術師と同じ、場所が限定されているからではないか。ただの物理霊媒現象ならばあまり場所にとらわれないが、夜刀神やとのかみのような特殊な霊体を物質化させるとならば話は別だろう。


「そうですね。みよ君の言う通りです。神霊の顕現けんげんも場所が限定されています。夜刀神やとのかみの場合、一番強く引き出せるのはあのほこらですけど、ほこらから離れるにつれて力は弱まっていきます。もちろん市街地では出せません。この家も一応範囲内ですが、影響は少ないので心配はありません」


 魔術と霊能力で事情は似ているが、ある程度の差異はあるようだ。ここでは魔術は使えないことをミヨクは既に確認している。


「そうか。じゃあ、肝心の理論を説明していくぜ。まず大前提として、この世界は一つじゃない。真守まもり達も霊媒だから、霊界の存在は分かるだろうけど、それだけじゃない。他にも、同じ世界のようでいて他の可能性を示している並行世界やこの世界とは全く違う形をした異世界が無限に存在している。文字通り無限にな。それらは違う世界だからと言って全く違う次元にあるわけではない。ある次元においては重なり合っているんだ」


 真守まもり相槌あいづちを打ちながら聞いている。今のところは理解しているようだ。霊媒なので世界の重なりについては既に知っているのかもしれない。


「マクロコスモスとミクロコスモスっていう概念がある。前者が宇宙で、後者が人間っているそれら二つのコスモスは照応、つまりつながっているという思想がある。しかし魔術師の中ではもっとスケールが大きい。マクロコスモスは全ての次元の世界で、ミクロコスモスはその中の一つ、それらが重なっているということだ」


 真守まもりは話について来ているようだ。しかしここまではまだ入り口だ。これからが本番だと言えるだろう。


「それで、魔術っているのはこのマクロコスモスとミクロコスモスの照応を利用する。マクロコスモスにある物質を、その世界の重なりを利用して、ミクロコスモスに集めるんだ。そうして、今日俺がやったように、何もないところから物質とそれを打ち出すエネルギーを生み出す」


 そこで、真守まもりが首を傾げた。今まで真守まもりの理解が良かったのをいいことに、ミヨクは抽象的な説明ばかりになってしまったようだ。やはり真守まもりは手を挙げた。


「みよ君。すいません。他の世界から物質を集めるというところまでは分かるのですが、重なり合ったところなら三次元の位置は一緒ということでしょう。それなのに、望んだ物質を都合よく集められるものなのですか。例えば火なんかは、他の世界の同じ位置にあるなんて保証はないと思うのですが……」


 真守まもりの機転の早さにミヨクは驚いた。話がスムーズにできて助かる。なにも霊媒だからというわけでなく、地頭が良いのだろうとミヨクは感心した。


「何枚も重なった絵画を想像してくれ。それらはそれぞれ違う絵が描かれていて、重なっているところは色がバラバラだ。けど、絵画に対して垂直に一本の線を通して、その通った点の色を全部見てみるとするだろ。そしたら同じ色になっているところが何個かあるはずだ。例えば百枚の紙の内に二枚の割合で赤だとする。これだと集められる赤色は少ないかもしれねぇが、さっきも言った通り他の世界は無限にあるんだ。その無限にある赤を必要なだけ集めればいいんだ」


 そこで真守まもりは理解したように、大きく口を開けた。無限にある世界から少しずつ物質とエネルギーを集める。それが魔術の本質だ。重なり合った世界とつながることを魔術師の間では照応と呼んでいる。


「それで、世界は一定の振動数で構成されているだろ。それを詠唱による声の振動でかき乱して、魔力という魔術師の力を通す。それで魔術を行使するんだ。その振動数の変化と物質の収束を示す反応、真守まもりが見た光の模様が魔法陣だ」


 真守は首を傾げた後に、律儀に手を挙げて質問をした。


「すいません。しんどうすう、って何ですか?」


 その瞬間、エレンが座卓を両手で叩きながら、膝で立ち上がった。


「あなたミディアム、霊能力者でしょ。どうして知らないのよ?」


 エレンがそう叫ぶと、真守まもりは困惑した表情でいわおを見る。


「おじいさんは知っていますか?」

「いいや、ワシも知らん」

「どういう……」


 エレンがもう一度叫びだしそうになったところをミヨクが片手で制した。


「エレン。ここは日本だ。心霊科学が広まっていなくても不思議じゃねぇ」


 ミヨクがエレンに小声で話すと、すぐに真守まもりの方に向き直った。


真守まもり。色のスペクトルなら分かるか?」

「はい。見ることのできる色の波長を示したものですね」

「その通りだ。その波長を想像してくれ。振動数も同じだ。ちなみにここで言う振動っていうのは、振るえて動くことな。この世界の物質は一定の振動数の中にあるから見たり触れたりすることができる。その振動数から外れたものはそれができない。例えば霊体だな。霊能力がなければ霊体はこの世界の振動数から外れたままで、人間は見ることも触れることもできない」


「なるほど……」と呟いて、真守はミヨクに微笑みかけた。


「みよ君はとても説明が上手ですね。とても助かります」

「どうも……ありがとう」


 その微笑みがとても素敵に見えて、ミヨクは照れてしまった。それを見抜かれたのか、エレンが真守まもりに見えないようにミヨクの腰をそっとつねる。


「お兄様……。説明を続けて」

「分かったよ……」


 とにかくエレンの機嫌をこれ以上損ねないように、ミヨクはさっさと説明を再開することにした。


「えっと……先に魔術属性について説明しておいた方がよさそうだな。魔術師にはそれぞれ得意な魔術があるんだ。火を出すのが得意とか、水を出すのが得意とか。これは特定の物質の収束に特化した方が実用化できるというだけで、別に得意な魔術以外の魔術は全くできないということじゃないからな。属性はいろいろあるけど、一般的なのは五大元素、火、水、風、土、エーテルだな」


 魔術属性は他にも、異世界の炎や、細胞といった規格外のものも存在する。五大元素を全て操れるような例外も存在する。しかし今はそんなことを真守まもりに説明しても仕方がない。それよりもミヨクにとって真守まもりには絶対に知っておいてほしい属性がある。


「真守、エーテルって知ってるか?」


 夜刀神やとのかみのことを調べる鍵となる単語だ。真守まもりはなんだか心当たりはありそうだが、ぱっとしない顔をしている。


「えっと……ジエチルエーテルとか、そういう話ですか?」


 エレンはあからさまに溜息をついたので、真守まもりが申し訳なさそうに俯いたが、ミヨクは「気にしないでくれ」とフォローを入れておいた。


「エーテルというのはいろいろな分野であるし、真守まもりの言うエーテルだってもちろんある。けど、魔術師の言うエーテルは天体を構成する第五元素のことだ。無術者むじゅつしゃの間でもそういうことは知っている人もいるだろう。けど、魔術師の中ではさらに違う意味がある。天体とはつまり世界だ。エーテルは世界を構成するのに必要な半物質で、世界というのはこの場合……」


 真守まもりが慌てて手を挙げる。


「ごめんなさい。はんぶっしつって何ですか?」


 確かに聞き馴染みのない言葉だろうとミヨクは思った。下手したら真守まもりは反物質の方を想像しているのかもしれない。


「半分の半に物質で半物質。実体はないけど、確かに存在している物質のことだ。あまり深く考えないでくれ。霊体だってそうだろ」


「はい」と真守まもりがはっきりと頷いてくれたところで、ミヨクは言いかけた話に戻った。


「それで、この場合世界とは生命のことだ。生命には肉体だけでなく霊魂が宿っている。その肉体と霊魂をつなぐのがエーテルだ」


 真守まもりは少し考えるような素振りを見せてから、すっと顔を上げてから発言した。


「つまり、そのエーテルという半物質のお陰で、私達の魂はこの世にとどまっているということですね」

「その通り。そして俺の魔術属性はエーテルなんだ。さっきと少し矛盾するかもしれねぇけど、エーテルというのは高密度になると物質化する性質がある。それを利用して射撃とかできるわけだ。真守まもり、ここまでは大体分かったか?」

「はい。ありがとうございます」


 お礼を言われるのはまだ早い。まだ魔術の話とそれに関連する用語について話しただけに過ぎない。もう一つ大きなテーマが残っているのだ。


「さて、魔術は特定の場所でしか使えないと話したな。その場所のことを魔術師はホロースペースと言う。日本語で訳したら、虚ろの空間、虚空間きょくうかんだな」


 虚空間きょくうかん。間違いなくこの言葉が夜刀神やとのかみの秘密やヘルベルトの研究を紐解くキーワードであるとミヨクは確信している。

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