第5章 火炎と違う黒炎(3)
ミヨク達は洞窟の中に入った。その洞窟には道しるべになるように光る石が落とされていた。罠だと分かり切っている。警戒しながらも光る石を辿って進んでいく。やがて秘密の抜け穴と思われるようなものを見つけ、その先に入った。
「なるほど、ここが研究所のようね」
ソニアがそう呟いた。抜け穴の先は、人によって造られた部屋になっていた。木造洋館の部屋がそのまま洞窟の中に作られたようだ。ここは書庫らしく、本棚が二十列以上並べられている。書庫の中にある明かりは全て点けられている。
今のミヨクにはエリザベスがついている。ミヨクにはエレン程の霊体を使った索敵能力を持っていないし、そもそも四姉妹の内、一人しかいないが、簡単な罠を見破ることや近くにいる敵を察知することはできる。とにかくエリザベスのお陰で周囲には危険がないことが分かった。
「ここで少し休みましょう」
ソニアが皆に対して言う。ミヨクとしてもありがたかった。吸血鬼との戦闘が何回もあったし、ここまで来るのに二時間くらい歩いた。そろそろ夜の十二時を回る頃だ。疲労も溜まっている。
クレメンスとラルフが携帯食料とコップを配る。飲料水はクレメンスが魔術で注いだ。そして皆は腰を下ろして、食事をとる。
休憩中、ミヨクは先程の出来事でどうしても解消できない疑問を訊くことにした。
「ソニアさん。ソニアさんの黒い炎って、一体何なんですか?」
ソニアが魔術によって喚起する異世界の炎。ミヨクも精神を焼く呪いとしか認識していなかった。今まではあまり深く踏み込まずにいたが、こうして吸血鬼に対して効果が表れた以上、知っておくべきことだとミヨクも思う。
ソニアは浮かない顔をしつつも、答えてくれるようだ。
「私達も研究中よ。分かっている範囲でなら答えるわ」
「構いません。お願いします」
ミヨクが承諾すると、ソニアは意を決したように話を始める。
「黒い炎は普通の物質を燃やしたりしない。それは知っているわね。けど、吸血鬼を燃やすと、ヘンシェル家では伝えられてきたの。確証がなかったから、公表はされていなかったでしょうけど、『なり損ない』を燃やしたのを見た限り、本当だったようね」
実際に先程『なり損ない』の襲撃に遭った時、ソニアの黒い炎が『なり損ない』を焼却していた。
「さっき遭遇した、いわゆる過剰摂取型と呼ばれる吸血鬼だけではなく、完全な吸血鬼アイラ・メイスフィールドにも有効だと言われていたわ。けど、事実は違うみたいだったわね」
『なり損ない』と違い、過剰摂取型は黒い炎だけを浴びても燃えることはなかった。吸血鬼として高位な存在になるにつれて、黒い炎の効果は薄まるのだろう。そもそも黒い炎でアイラを殺せるとなると、わざわざ『白い魔女』を必要とすることはなかったはずだ。
しかし少なくとも過剰摂取型に対しては黒い炎の効果を底上げする手段をミヨクたちは既に知っている。
「けど、エーテルと一緒にぶつけると、過剰摂取型も燃えましたね」
ミヨクの言葉にソニアは頷く。
「そうね。エーテルは黒い炎を強くする効果があるってことかしら? でもエーテル魔術と衝突させても、エーテルを相殺させることはあっても、さらに燃え上がるようなことはないわよ」
そこはミヨクとしても疑問だ。ソニアと魔術戦をした時には、エーテル魔術が黒い炎に傷つけたり、すり抜けられることはあっても、燃料のような役割をしてしまうことはなかった。
「黒い炎はエーテルを吸収しているのかも……。でも、どうしてそんなこと……」
ミヨクが苦し紛れに呟いてるところで、メリッサが何かを思い出したように「あっ」と声を上げる。そしてこんなことを話し始めた。
「そう言えば、吸血鬼の焼死体を見た時、真守さんが言っていたわね。あの焼死体は死んでからかなり経っているって」
優秀な霊媒である真守が言うならその通りだろうとミヨクは思う。ということはつまり、『なり損ない』は、人間としては既に死亡していて、吸血鬼の血液が死体を操っているということになるだろう。
「そうですか。なら、魂と繋がっていないということになりますね。少なくとも人間の魂とは」
「ええ、肉体と霊体の繋がり、つまりエーテルが感じられないとも、真守は言っていたわ」
ソニアが補足した。そのお陰で、ミヨクは一つの仮説を立てることができた。
「つまり、黒い炎は何の魂と繋がっていない物質と繋がることによって、それを焼却するということは考えられませんか」
ミヨクの意見に対して、ソニアは納得するように一度頷いたが、それを撤回するように首を横に振る。
「いえ、その理屈で植物が燃えないのはまだ分かるわ。でも、他の物質は? 建物とか本とか、ただの物は燃えないわよ。それはどう説明するの?」
植物は生命だ。ミディアムの間では植物霊の存在も確認されている。だから魂が繋がっていることにソニアも納得がいくだろう。しかし生物とは認められない物質が無数に存在する。それらのほとんどが黒い炎に燃やされることはない。
そのことについて、ミヨクには考えがある。
「日本に神道という宗教があり、その中に『八百万の神』という概念があります。自然界に存在するあらゆるものには神が宿っているという考えです。つまり、万物は魂と繋がっている。それはまだ証明されていませんが、もしその通りならば、黒い炎で燃えないのも説明がつくかと」
「確かに、辻褄は合っているかもしれないわね……」
そう呟きながら、ソニアは考える素振りを見せる。そして何かを思いついたようで、こんなことを話し始めた。
「魔術によって喚起された物質も、特にエドガーの細胞魔術によって造られたものはよく燃えたわ。あれはそういうことだったのかしら?」
ミヨクはその光景を目にしたことはないが、それが実際に起こることなのだと信じて疑わなかった。特にエドガーの細胞魔術と『なり損ない』は同じ理由で燃えていると考えてもいいだろう。
ミヨクが首を縦に振ると、ソニアはさらに理解を深めようとする。
「じゃあ、さっきの戦闘で、過剰摂取型を黒い炎で燃やすことができたのは、ミヨクのエーテルが、吸血鬼と繋がる手助けをしてくれたからということかしら?」
「そうですね」
ミヨクは頷く。吸血鬼と魂の関係がどういったものなのかはまだ分からない。本来、エーテルがぶつけたからと言って、他の霊体が肉体と繋がることはない。しかし黒い炎が過剰摂取型を燃やしたことを確認した今では、吸血鬼は事情が異なると考えるしかない。
「あの過剰摂取型は、『なり損ない』と違って、元の人間の魂が残っているのでしょう。アイラ・メイスフィールドと同じように。けど、たぶん肉体に吸血鬼という異世界生物が混ざっているので、魂の定着が不完全なんです。だから黒い炎が繋がる余地がある。そう考えられませんか?」
ミヨクが言ったことは、今のところまったく根拠がない。しかし聞いていた皆は納得したように首を縦に振った。今のところはそうとしか考えられないということだろう。
とにかく今の状況を打破する鍵が見つかったのかもしれない。そこで、メリッサがこんなことを訊く。ミヨクも気になっていたことだ。
「ならソニアと、エーテルが適正属性の人が攻撃すれば、過剰摂取型もやっつけられるということね。そうでしょソニア?」
メリッサは嬉しそうに話す。ミヨクからも笑顔がこぼれた。しかし二人の反応とは対照的に、ヘンシェル教会の全員が暗い表情になった。特に、クレメンスは頭を抱えながらこんなことを言う。
「こんなことなら、マルコとジョージを連れてくればよかった……」
「クレメンス。結果論よ。そんなこと後悔しても仕方ないわ」
そしてソニアが立ち上がり、ミヨクとメリッサを見遣ってから言う。
「大変申し訳のないことだけど、今この場にいる教会員の中には、エーテルが適正属性の魔術師はいないわ」
ミヨクも事の深刻さに気付いた。とはいえ先程の過剰摂取型との戦闘で察しはついていた。あの時ヘンシェル教会の誰も、エーテル魔術を放っていなかった。ミヨクの予想通りのことを、ソニアが口にする。
「つまり、今ここにいる中で、エーテル魔術が使えるのは、メリッサとミヨク、あなた達二人だけということよ」
エーテルが適正属性の魔術師は少なくない。むしろポピュラーな属性だ。しかしヘンシェル教会のような慈善事業を行うような組織には少ない傾向にあることは、ミヨクも知っている。エーテル属性の魔術は戦闘以外で役に立つことが少ない。それよりも生活面で有用な火や水の属性の魔術師が多いはずだ。
教会員にエーテル属性の魔術師がいないのは仕方のないことなので、ミヨクは腹を括ったが、彼よりも先に覚悟を決めている者がいた。
「なら、私がソニアと一緒に吸血鬼を攻撃します。それでいいでしょ? ソニア」
ミヨクは慌てて立ち上がり、メリッサの方へ振り向く。怒ってはいないが、少し強い口調で反論する。
「待ってください。メリッサさん。それなら俺が行きます。こんなこと言うと生意気って思われるかもしれませんけど、エーテル魔術だけなら俺の方が、分があるし、今はアーミラリステッキがあるからいろんな攻撃ができます」
ミヨクもいい加減なことを言っているわけではない。五大元素全てを自在に操ることができるメリッサは、魔術師としては自分よりも遥かに優秀だが、それぞれの属性に関してはその属性を専門としている魔術師のものに比べると劣るはずだ。
メリッサは不満そうな表情を浮かべたが、その理由はミヨクが考えていたものとは別であった。
「そういう問題じゃないわ。確かにミヨク君の方がエーテル魔術は優れている。けど、私はソニアと付き合いが長いから、連携も取りやすいわ。あと、ミヨク君のことだから女の私より、男の自分の方が戦わないといけないと思っているでしょうけど、そんなことは考えないでいいわよ。むしろ、年上の私に任せて」
それを聞いてミヨクも黙ってはいられない。一歳しか違わないのに、命の危機に立つ人間を選ぶ基準に年齢を出してほしくない。それにミヨクとしては、メリッサに危ない目に遭ってほしくないと思っている。
「そんなの……」
ミヨクはどう言い返そうか考えたが、その前にソニアが両手を叩いて遮った。
「勝手に盛り上がらないでくれる。決めるのは私よ。そして、二人共危険に巻き込むつもりはないわ。さっきのような襲撃を受けての戦闘だったら話は違うけど、こちらから仕掛けるのに、あなた達の力は借りない」
ソニアがそう言うと、今度はメリッサが立ち上がった。声は抑えているものの、憤りの表情は隠さない。
「そんなことを言っている場合じゃないでしょ。私なら大丈夫よ」
「メリッサ」
対するソニアは冷静に答える。
「ケビンを見つけたら、みんなで博物館へ行くわ。吸血鬼の弱点が分かった今、博物館の援護へ行った方がいいでしょう。さっきの大きな吸血鬼もマルコとジョージ、うちのエーテル属性の魔術師がいれば、それで問題なく処理できるわ。その方が安全で確実よ」
安全な方法を取るというのなら、メリッサも言い返せないだろう。結局、メリッサは不満そうな表情を残しながらも「分かった」と首肯した。
「ミヨクもそれでいいわね」
「はい。いいですよ」
ミヨクとしては、メリッサが無意味に危険を冒すようなことがなければそれでいい。ソニアの判断も間違っているように思えない。ただ、嫌な予感はする。自分達は何か勘違いをしているような気がする。
そこで、エリザベスがミヨクに危機を知らせに来た。敵が接近しているとのことだ。
「さっきの過剰摂取型です。どうやら安全とか言っていられないようですよ」
「そうね。でも、メリッサとミヨクは後ろに下がっていて、奴は私達がなんとかする。けど隙があったらあなた達と一緒に攻撃して、奴を撃破するわ。それでいいわね」
「はい」「分かったわ」
そしてヘンシェル教会の教会員が前衛に、ミヨクとメリッサが後衛についた。しばらくするとエリザベスの言った通り、書庫の奥の方から過剰摂取型が姿を現した。




