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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第3巻 悪魔の門
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第5章 火炎と違う黒炎(1)

 ミヨクはソニア達と一緒にエヴォーダーでヘンシェル教会の教会員を待っていた。ミヨク達が今いる場所は、エヴォーダーの中でも人が居住していた跡があるところだ。石造の建物の壁だけ残っている箇所がほとんどだが、屋根まで残っている建物がところどころ存在している。奥には大きな崖ができていて、洞窟への続く大穴が開いている。


 周囲がだいぶ暗くなってきたので、ミヨク達は松明や焚き火を作って光源を確保することにした。敵に見つかる危険は増すが、火を起こさなければ周囲の状況を把握することはできないし、教会員に見つけてもらえなくなる。


 グレンが去ってから数分後、教会員が到着した。クレメンスとラルフと、あと二人の教会員だ。その二人は、ミヨクが知らない人だった。


 ミヨクとしては、クレメンスが来てくれたことに安心したが、ソニアは彼の姿を見るなり急に怒り出した。


「どうしてクレメンスが来るのよ。私のことなんかより、民間人の安全が最優先事項でしょう。こんなことで博物館の守りは大丈夫なのでしょうね」


 クレメンスはソニアの副官とも言える実力者だ。他の教会員が頼りないというわけではないが、やはり彼がいなければ博物館の方の戦力が落ちてしまうとミヨクも思った。それでもクレメンスは冷静に答える。


「そこは大丈夫です。吸血鬼は数こそ多いですが、魔術師ならばそれ程苦にせず無力化できます。籠城していればなおのことです。彼らは遠距離からの攻撃に対して無力ですからね。ミス・ハイカワの砲撃も強力で、吸血鬼を寄せ付けません」


 灰川はいかわ琴音ことねはミヨクの師匠で、エーテル属性の魔術師だ。エーテル魔術による砲撃の達人で、しかも複数を対象とする砲撃が得意だ。魔術のコントロールが極めて優れた者のみが辿り着ける境地であり、ミヨクには当分真似できそうにない。


「民間人の力に頼らなければならないのはなんだかもどかしいけど、そうは言っていられない状況ね。分かったわ。クレメンス、あなたの判断を信じる」


 ソニアが落ち着いたところで、ラルフがミヨクに話しかけてきた。


「ミヨク君。ミス・ハイカワからこれを君にと」


 ラルフがミヨクに手渡したのは、アーミラリステッキだ。しるしの杖が組み込まれた方は空麻くうまに託したが、同じような杖は琴音ことねの家に何本もある。一応、琴音ことねがミヨクのために新調してくれたステッキもあるのだが、校外学習だったので当然持って来ていない。琴音ことねが調査のために持って来た彼女の私物なのだろう。


「壊したらまたジャーマンですかね……」


 ミヨクは冗談を言いつつもアーミラリステッキを受け取った。その際にラルフがこんなことを言う。


「もちろん、これを渡したから戦えということではないからね。あくまで君の安全のためだ。そこは間違えないように」

「分かっていますよ」


 この件に関しては、ミヨクとしても積極的に介入しようと思っていない。リチャードや吸血鬼との因縁などない。ただの民間人であるという自覚もある。むしろ面倒なことに巻き込まれてしまったとさえ感じている。

 そしてソニアがクレメンスに告げる。


「とにかく三人を安全なところへ避難させないと……。クレメンス、今は博物館へは行けそうかしら?」

「それはかなり危険ですね。博物館はまだ吸血鬼に囲まれているでしょうし。私達がここまで来られたのも、少ない隙をつくことができたからですね。博物館へ行くより、どこかに身を隠した方がいいと思います。朝になれば吸血鬼は燃え尽きますから」


 クレメンスの言う通りだとミヨクも思う。吸血鬼は太陽の光を浴びれば灰になるのだ。どれだけ吸血鬼が増えたとしても、朝になれば危険が排除される。吸血鬼が消えた後に、リチャードを捕まえに行けばいい。


「確かに、それが最善なのでしょうけど……」


 ソニアは何か言いにくそうに言葉を止めたが、やがて決心がついたようで話を続けた。


「嫌な予感がするわ。グレンを放っておくと大変なことになるかも……。最高傑作がどうこう言っていたの。普通の人間より明らかに大きい吸血鬼を引き連れていたし、もっと大きな吸血鬼もいるのかも……」


 確かにリチャードはそのようなことを匂わせる発言をしていた。ソニアの誘うための罠であることは間違いないだろうが、嘘偽りではないだろうとミヨクも思う。

 ソニアの話を聞き、クレメンスが今後の方針を告げる。


「でしたら、ソニア様は朝までここで三人を守っていてください。たとえ吸血鬼が来たとしても、杖を持ったミヨク君がいれば逃げ切れるでしょう。民間人の君にこんなことを頼むのは申し訳ないが、ミヨク君、もしもの時は頼みますよ?」

「ええ、任せてください」


 杖とエーテル魔術があれば、自分を含めて四人までなら何とか低空飛行で移動することができる。


 しかしソニアは納得がいかないようで、クレメンスに突っかかる。まだ声を荒げていないが、怒りの表情は隠していない。


「待ちなさいよ。グレンを追うのは私の役目よ。何勝手に決めているの。私ではなく、クレメンスがここに残って三人を守りなさい」


 もちろんクレメンスは素直に従わない。あくまで冷静にだが、ソニアに反対する。


「いいえ。ソニア様はグレンに狙われています。洞窟の奥に行くのはあまりにも危険です。洞窟へは私達が行きます」

「ふざけないで」


 ソニアはついに大声を上げた。それから早口にまくし立てる。


「私はヘンシェル家の魔術師。危険は承知よ。その私が危険から逃げてどうするの。みんなを守らないといけないのよ。なのに私に隠れていろ、ってどういうつもり?」


 いきどおるソニアに対して、クレメンスも決して退かない。


「皆さんを守るための最善策です。私達の中で一番強いあなたに、不用意な行動をさせるわけには……」

「私が一番強いなら、私が行くべきでしょう」


 ソニアは興奮気味に叫んだ。ミヨクには、ソニアが何に対して怒っているのかが全く分からなかった。クレメンスの判断におかしな点はない。むしろかなり合理的な判断に思える。ソニアがグレンを追わなければならない絶対的な理由は今のところないはずだ。


「そういう問題ではないでしょう」

「いいえ。それに、この先に強力な吸血鬼がいるのなら、私の魔術が必要なはずよ」


 ソニアの魔術は異世界の炎だ。彼女の黒い炎は、吸血鬼を焼却するためのものだという仮説がある。それならばソニアの言うことも一理ある。


 それでもクレメンスは首を縦に振らない。少しだけ語気を強めて言う。


「駄目です。それでも今、敵の手の内が分からない以上、迂闊うかつにあなたを戦わせるわけにはいかないと言っているのです。あなたのことをこのように言うのは失礼かもしれませんが、あなたはこの状況を打開するための切り札です。それは私も認めます。だからこそ、一番大切な時にあなたがいなければ、みんなを救うことができない」


 そこでようやくソニアが落ち着きを見せた。納得はしていないようだが、俯きつつもクレメンスの話を聞こうとする態度は見せている。


「分かったわ。あなたの判断を信じる。とにかく隠れられるところを探しましょう。発見し次第、クレメンス達はグレンを追って」

「分かりました」


 クレメンス達が返事をすると、ソニアは歩き出した。他の者達がソニアに続いていく。ミヨクとクレメンスがソニアとは離れたところで彼女に聞こえないような小声で話す。まずはミヨクが質問をした。


「こういうことってよくあるんですか?」


 クレメンスはソニアの副官ではあるが、彼女の教育係であり、参謀だ。ソニアも彼のことを心から信頼しているだろう。だからソニアはクレメンスの意見を素直に聞くものだとミヨクは思っていた。


「そうですね。危険な任務である時に、偶にあります。ソニア様が率先して、自分の身を危険に晒そうとするのです。ソニア様の手を煩わせるまでもないことでも、自分が模範になるべきだと言って聞かないことが何回もありました。私が説得すると何とか踏みとどまってくださるのですが……。困ったものです」


 ミヨクは考える。ソニアは自分の実力を侮られていきどおるような人ではないように思える。そもそもヘンシェル教会の皆はソニアの実力を認めているし、ソニア以上に強い魔術師はそうそういない。ソニアもそれは分かっているはずだ。


 セシル・ヘンシェルの子孫、ヘンシェル家の魔術師だから大切にされていることが気に食わないのだろうか。それならありそうだ。ヘンシェル教会の教会員ならば、当然ヘンシェル家の娘を傷つけさせないようにするのは当然だ。


 よく考えてみるとヘンシェル教会だけではない。メリッサもソニアのことをよく心配している。縁談のことにしても、過去の自身の経験があったとはいえ、過干渉だと言われても仕方がない。


「分かんねぇな……」


 ミヨクが呟く。皆がソニアを認めているはずなのに、ソニアは認められていないと思い込んでいるのだろうか。考えてみても、やはりソニアが何を嫌がっているのかがミヨクには分からなかった。ミヨクが首を傾げていると、クレメンスはくすりと笑った。


「いえ、単純ですよ。彼女は」


 クレメンスはソニアが抱えている悩みの種が分かっているようだ。さらにクレメンスはこうも続ける。


「ソニア様は君によく似ていますよ。意地っ張りなところとかね」


 ミヨクは否定したかったが、過去の自分の行いを考え直してみると、認めざるを得なかった。危険を顧みずにエドガーからメリッサを救い出そうとした。途中でソニアの助けを借りたが、独りでも実行するつもりでいた。エレンや琴音ことねが思いとどまるように忠告してくれたが耳を貸さなかった。

 それからクレメンスはこんなことを言う。


「けど、ソニア様を苦しめているのは、君とはまた違うものですね」


 ミヨクとソニアでは、生まれも境遇も違う。悩みも違うのは当たり前だ。しかしミヨクには、クレメンスの言葉が妙に引っ掛かった。自分はそれを知らなくてはならないとさえ感じる。


「それは一体……」

「クレメンス」


 ミヨクはクレメンスに質問しようとしたが、ソニアの声にさえぎられた。


「私達はここで身を潜んでいるわ」


 そこはエヴォーダーの中央で、洞窟の入り口からは近いが、身を隠す建物がいくつもある。隠れるには非常に適した場所だ。


「分かりました。では、あとは私達にお任せを」

「ええ、三人のことは私に任せておいて」


 ソニアは依然として不満そうだが、クレメンスの言うことをちゃんと聞いている。ミヨク達に視線を向けると、仏頂面で淡々と告げる。


「さあ、行きましょう」

 ミヨク達がそれぞれの方法で返事しようとしたその時だ。


「おおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 生物の叫び声と表現するには、空気を震わせる波が大きかった。ミヨク達は声がした方に目を向ける。洞窟の入り口だ。近くの建物の屋上に、大きな生物が四本足で立っている。体長は五メートルを超えるだろう。先程グレンが連れていた吸血鬼と同じようにその肌は赤黒い。しかし形状は全く異なる。上肢が非常に巨大化しており、爪の厚く長い、人間の肉体なら簡単に引き裂くだろう。


 ミヨクも文献で見たことがある。吸血鬼の血液に寄生された人間の中には、かろうじて生命活動を維持できたものの、吸血鬼の再生能力が暴走してしまい、身体が巨大化して怪物へと姿を変えてしまう者が現れたとのことだ。過剰摂取型オーバーブラッドと呼ばれている。


 吸血鬼としてはグレンが連れていた二体の吸血鬼の方が理想に近いのだが、脅威度としては過剰摂取型オーバーブラッドの方が勝ると言っても過言ではない。ソニアが驚きと呆れの声を上げていた。


「あれが最高傑作のようね。やっぱり趣味が悪いわ」


 化け物はもう一度咆哮を上げ、ミヨク達へ襲い掛かって来た。

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