第4章 人間と違う生物(2)
ソニアはヘンシェル教会としてエヴォーダーの調査に赴いた。今日で二日目だ。ヘンシェル教会の精鋭数名と、他の機関からの協力者で調査をしている。あと、なぜか縁談の相手のケビン・ウィーバリーと彼を紹介したリチャード・グレンもついてきている。もちろん彼らは調査の役に立つことなく、ケビンに至ってはむしろ邪魔だ。
他の機関の協力者は、まず灰川琴音と久遠真守だ。琴音に関してはソニア直々に協力を依頼した。とはいえ真守がついてくるとはソニアも思っていなかった。
あとは、大学の研究室からメリッサ・スプリングフィールドが来た。彼女に関しては、協力というよりかは、学習という意味合いが強いが、それでもソニアが何も言わなくてもよく手伝ってくれている。
調査に出発する時にお互いを紹介しようとソニアは思っていたが、どうやらメリッサと真守は既に顔見知りらしかった。メリッサは気さくに話しかけていたが、対する真守は受け答えをしながらも少し面倒臭そうな表情を浮かべていた。二人の間に何かあったのだろうか。
午前中は琴音と真守に長時間の休憩を与えた。ミヨクが所属している学園が校外学習のためここを訪れていて、今の時間だと博物館にいるらしい。真守もミヨクと一緒に博物館を観に行きたいとのことだった。
午後に入り、まだ太陽が高く上がっている頃、エヴォーダーの周囲を調査していて、ようやく成果が出た。
調査の目的は大きく分けて三つある。
一つ目は、謎の焼死体を発見すること。二つ目は、吸血鬼の研究所であったところを確認すること。三つ目は、LOCの裏切り者の疑いがあるリチャード・グレンを監視することだ。
二つ目は明後日から行う。三つ目は未だに継続している。一つ目は午前中に一度達成された。実際にソニア達も奇妙な焼死体を発見したのだ。焼死体はなんとか人型を保っているものの、ほとんどが炭と化していた。
「不自然ね……」
焼死体を見たソニアの第一声がそれだった。ただしそれは焼死体そのものよりも、焼死体がある場所に対して言われたものだった。
「焼死体がこんなところにあるのに、どうして辺りが燃えてないのかしら」
焼死体があったのは草原だった。半径五十メートルの間には樹木も立っていない。焼死体は炭になるまで焼き尽くされている。それ相応の火力で燃やされていたはずだ。それなのに、焼死体の周りには燃えた痕跡がない。草木は生い茂り、緑色が敷き詰められている。
「焼いてからここへ運んできたのでは?」
クレメンスがそんなことを言う。確かにその可能性はあるが、ソニアはあっさりと否定する。
「そんなことに何の意味があるの? 放置するなら焼いたところでいいじゃない。埋めて野犬に掘り起こされたのなら話は分かるけど、そんな形跡もないし……」
焼き殺した後に、その遺体を隠したというわけでもない。焼き殺した後に、その遺体を運んできたとも考えにくい。だとしたらもう一つの可能性が浮かび上がる。
「やはり……ここで燃やされた?」
しかし焼死体以外に焼けたものはない。この世界の常識では考えられないようなことだが、ソニアはその可能性が検討に値することを知っている。
「なるほど……。異世界の炎ね」
この世界に存在しない異世界の炎ならば、この状況を作り出すことができるかもしれない。ソニアの黒い炎も、物質を燃やすことなく、対象の精神を焼くことができる。
「ソニア様のような魔術師が他にいるとでも? ヘンシェル家でもない魔術師が?」
「まあ、そういうことになるんじゃない……」
クレメンスが不思議がっているのは、ソニアにも分かる。ヘンシェル家以外で、異世界の炎を照応する魔術師がいることなどソニアは聞いたことがない。しかし現状ではその説が一番有力だと言わざるを得ない。
そこでソニアは琴音に意見を求めた。ヘンシェル教会が持っていないような専門的知識を得るために、彼女に協力を依頼したのだ。ここで何も訊かないのは、彼女達に対して失礼になってしまう。
「灰川先生。何かご意見はありませんか?」
「私よりも、真守ちゃんが何か気になるみたい」
琴音がそう言うと、真守がこんなことを言いだした。
「この人、死亡してからかなり経っているような気がします」
「かなりって、どれくらい?」
「分かりません。けど、最近亡くなったものじゃないと思います」
真守はミディアムだ。それも夜刀神という強大な霊体を扱う程の実力を持っている。ミディアムの視点から何かを感じ取ったようだ。
「肉体と霊体には繋がりがあって、肉体が死んでも、肉体が残っている間はしばらく霊体の繋がりも残るはずです。霊体が霊界へ旅立った後も、繋げていた跡は残ります。しかしこの死体からはそれが全く感じられません」
ソニアは霊媒ではないが、霊体に関して無知というわけではない。肉体が死亡すれば、霊体との繋がりを断ち切られる。すると今まで肉体と霊体を繋ぎとめていたエーテルは行き場を失い、徐々に消失していく。しかし死後数日ならばエーテルは残っているはずだ。真守はそのことを言っているのだろう。
真守の言う通りならば、焼死体は死後一か月以上経過している。いや、それ以上かもしれない。
「それならば、さらに変ね。こんな焼死体、数日前にはなかったと博物館の館長は言っているわ。やはり死体はここに運ばれたと考えるべきかしら? その場合、何がしたいのかは分からないけど」
「いや、最近ここで焼けたものだよ。その死体は」
意外にも、リチャード・グレンがソニアに意見を述べた。しかも推測というあやふやなものではなく、確固たる自信を持った断言だ。ソニアは驚かず、むしろ納得した。リチャードはやはり、何かを知っているのだ。
「それはどういうことですか? 真守の言うことは違うということですか?」
「いや、ミディアムのお嬢さんが言った通り、その焼死体は、死後かなり経過しているでしょう。僕もそう思う」
「おっしゃっていることが矛盾しているように思えますが……」
焼死体は最近この場所で焼かれたものだが、最近死んだものではない。しかしそれは矛盾していないと言う。ソニアは意味が分からなくなったが、次のリチャードの発言でますます混乱してしまった。
「吸血鬼だよ。太陽の下に出て焼かれたんだ」
最初、ソニアは冗談だと思った。しかしグレンは笑みを浮かべているものの、目は笑っていなかった。
「ここはあのエヴォーダーだ。かつて吸血鬼が生み出されて、アイラ・メイスフィールドとルイス・キーラーが潰した遺跡。吸血鬼の生き残りがいたとしても不思議ではないだろう」
リチャードが言うことはあり得ないことではない。魔術師の世界では、吸血鬼は実在する生物だ。アイラ達が六百年前に討伐したと言われているが、絶滅には至らなかったのかもしれない。
リチャードがさらに言葉を続ける。
「この焼死体は人間としては六百年前に死んだ。だから人間の霊体は既にないし、エーテルも残っていないのだろう。吸血鬼の血液に耐えられなかった人間は死亡し、血液が死体を操ると言われているからね。そして吸血鬼としては生き続けていて、最近になって外へ出て、太陽の光を浴びて死んだ。そう考えるのが自然だろう」
ソニアは察した。これは誘いだ。リチャードは遺跡や吸血鬼について何か知っていて、ソニアに何かを探らせようとしているのだ。それからソニアを何かに利用しようとしている。詳しくは分からないが、吸血鬼、つまり異世界生物に関することだろう。
「そうですか。あなたの言う通り、この焼死体が吸血鬼だとしましょう。なら、どうして六百年前も経った今、吸血鬼は現れたのでしょう」
遺跡は何百年も前から魔術連盟直轄の機関に管理されている。最近まで吸血鬼の焼死体が発見されたという記録はなかった。六百年もの間そんなものが発見されなかったということが不自然だ。ならば考えられることは一つである。
「誰かが、吸血鬼を解放したとは考えられませんか?」
ソニアはリチャードの瞳をしっかりと見つめながら言った。彼が吸血鬼を放ったと本気で疑っているわけではないが、少なくとも吸血鬼のことで何かを企んでいるとは考えている。
対するリチャードは涼しそうな態度で返す。
「そうだね。その可能性は十分にある」
リチャードは、自分がソニア達から疑いの目で見られていることを察しているに違いない。むしろわざと疑いの目を向けさせようとしているとも考えられる。リチャードが何らかの罠を張っていることも、ソニア達は警戒している。
それでもソニア達はヘンシェル教会として、事件の解決のため、前に進まなければならない。
「なら早く洞窟を調査する必要がありますね。本当は明後日からの予定でしたが、明日に前倒ししましょう」
エヴォーダーの奥には洞窟があり、その中には吸血鬼を研究していた施設があったとされている。
吸血鬼が存在するのならば、のんびりと調査している余裕はない。ここにいる焼死体は、たまたま太陽が昇っている時間帯に外へ出てしまい、焼かれてしまったのかもしれないが、夜中に外へ出る吸血鬼が今後現れるかもしれない。いや、既に吸血鬼が野に放たれてしまったことも考慮しなければならない。
ソニアはリチャードに対して皮肉を投げかけた。
「良かったですね。吸血鬼が存在するのなら、異世界生物の発見という、LOCの悲願が達成されようとしていますよ」
異世界生物の召喚を目指すLOC。魔術連盟が管理しているものの、ソニアはその組織自体を認めたくない。異世界生物から世界を守るために、異世界生物を研究するという理屈は分かる。しかし地上の世界のように、兵器に対抗するために兵器を開発するような考え方で、ソニアは好きではない。
「ヘンシェル教会が相手だからといって、別に気をつかっていただかなくても結構ですよ。異世界生物の召喚そのものを否定するつもりはありませんし」
ソニアがそこまで言うと、リチャードは安心したように笑みを浮かべた。
「そうだね。ヘンシェル教会に許してもらえるなら、LOCとしてもありがたい。こちらも遠慮なく調査させてもらうよ」
「ええ。でも今回はヘンシェル教会の調査なので、私達の指示には従っていただきますけどね」
「よくわかっているよ」
遺跡の中に行くとなれば、次の問題は誰が行くかということだ。当初は、ここにいる人間全員で行こうとしていたが、吸血鬼が生き残っている可能性を考えると、全員で行くのは危険だと思われる。ソニアはみんなに聞こえるような声を出しつつも、クレメンスに問いかけるように言った。
「エヴォーダーの奥に行くのは、ヘンシェル教会のメンバーだけにしましょう。けど、グレンさんにはついて来てもらうわ」
調査協力に来ている琴音と真守、学習のために来ているメリッサ、なぜかついて来たケビンを危険な目に遭わせるわけにはいかない。安全が確認できれば同行を許可しようとソニアは考えた。とはいえ、予想していたことだが、ソニアの考えに文句を言う人間が現れた。
「どうしてだ? なぜ僕を連れて行かず、グレンを連れて行く。このウィーバリー家を馬鹿にしているのか」
家の名前を表に出すことにうんざりしながらも、ソニアは冷静に答えた。
「グレンさんはLOCだし、吸血鬼に詳しいようだから同行をお願いしたいだけよ。けど、他の人達は待機してもらう。灰川先生や真守もよ。別に、あなたを侮っているわけではないわ」
「そうか。それなら仕方ない」
ケビンのことは嫌いだが、だからと言って危険にさらしていいわけがない。さすがにリチャードの同行に関して言い訳が苦しかったかとソニアは思ったが、ケビンは大人しく引き下がった。
「グレンさん。それでよろしいですか?」
「ああ、僕にできることならなんでもするよ」
リチャードを連れて行く理由は一つ。リチャードは必ず、何らかのアクションを起こす。それを見逃さず、リチャードの尻尾を掴むためだ。発見された焼死体だけではなく吸血鬼に関係しているとも考えられる。ソニアは愛想良く微笑みながらも、リチャードという標的をしっかりと見据えていた。




