第4章 人間と違う生物(1)
ミヨクは学園の行事でエヴォーダーを訪れた。エヴォーダーの近くにもアイラ・メイスフィールドに関わる資料を展示している博物館がある。エヴォーダーに入る前にその博物館に来ていた。
クラスメイトはそれぞれグループを作って、博物館を回っている。ミヨクにはクラスメイトに友人と言える人物はほとんどいないので、クラスメイトとは離れて行動していた。とはいえ、ずっと一人で歩いているわけではない。ある人物と博物館の正門で待ち合わせをしていた。
「みよ君。お待たせしました」
真守がミヨクの傍までやって来た。日本に住んでいた時に在学していた学校の制服を着ている。もはや黒色に近いような濃い紺色の制服だ。霊媒の学園に行く時や、琴音の仕事で外に出向く時に着るようにしているらしい。
「もっと早く来れると思ったのですが、思いの外時間が掛かりまして……。エリザベスちゃんを送ろうとも思ったのですが、いてもらわないと困りましたし……」
「いいよ。真守は仕事なんだから仕方ないって。俺も今来たばかりだし。早速行こうか?」
「そうですね。行きましょう」
目指すのはアイラ・メイスフィールドとルイス・キーラーの墓だ。後で博物館に入るが、まずは墓を見ておきたいと真守が熱望したのだ。
墓までの道中、ミヨクが真守に話しかけた。
「仕事の方は上手くいってるか? 師匠とソニアさん相手じゃなにかと大変だろ」
真守は遺跡の調査に来ている。琴音の仕事の助手で、その仕事というのがヘンシェル教会の調査に協力することだったらしい。もちろんソニアもその場にいるようだ。
「琴音さんもソニアさんも私には優しいですよ。みよ君が要らないことを言うから厳しいのではないですか」
真守がそう指摘すると、ミヨクは納得がいかないように顔を顰める。少しくらい言い訳をしてやろうかとミヨクは思ったが、その前に真守が不安そうに話し始める。
「二人よりも遥かに厄介な人がいまして、あのケビン・ウィーバリーなのですけど……」
「あー」
ミヨクは思わず声を出してしまった。ヘンシェル教会での二人のやり取りは見ていたし、真守が話した内容も容易に想像することができる。
「ヘンシェル教会の人達をまるで自分の部下、いえあれはもはや奴隷ですね――そんな扱いをするんです。ソニアさんが見つけるたびに止めていたんですけど、聞く耳をもたないようで……」
そこでミヨクはあることに思い至り、真剣な眼差しを真守に向けた。
「なあ、そいつまさか、真守や師匠にも偉そうなこと言ってるんじゃないだろうな?」
ミヨクがそう訊いた途端、真守は答えにくそうに視線を逸らした。ミヨクの予感が的中したようだ。
「言われたんだな。ったく、この前は俺のことだけだったから黙っておいたけど、真守や師匠まで侮辱するようなら……」
「それについてはソニアさんが怒ってくれましたから。それからは私達には何も言わなくなりましたし。だから大丈夫です」
真守がそう言うのなら、何を言われたのかは知らないが現場を見ていないミヨクがとやかく言えることではない。それにソニアならば他人が理不尽に貶されていることを決して許さないだろう。その点はミヨクも安心できる。
「そうか……。ならいいけど。困ったら俺にも言ってくれよ」
「はい。ありがとうございます」
それでも真守は不安そうな表情を浮かべたままだ。
「まあでも、先程は厄介だと言いましたが、あんな小物は正直どうでもいいです。それよりも心配なのは、ケビン・ウィーバリーについて来た、リチャード・グレンという人ですね」
真守の発言はミヨクには意外だった。
「あの人は一応、まともなLOCの人だろ。教会でも特に変な人じゃなかったし。それとも遺跡では態度がでかいのか?」
「いえ、あの人は大人しいですよ。むしろ調子に乗っているケビンを上手に宥めたりしてくれます。ただ、問題はそういうことではなく……」
真守は躊躇うような素振りを見せたが、すぐに言葉を続けた。
「あの人、何かを企んでいます」
ミヨクは考えてもみなかったことだ。ヘンシェル教会の理念とは反する、異世界生物の召喚を目的としているとはいえ、LOCは魔術連盟直轄の機関だ。ヘンシェル教会と敵対するようなことをするとは思えない。
「何かって……。何か怪しいところでもあるのか?」
「分かりません」
真守はあっさりと言った。それを聞いてミヨクは転びそうになったが、どうやら冗談という雰囲気でもないらしい。真守が真剣味を帯びた表情を浮かべたままだ。
「けど、ソニアさんが……いえ、ヘンシェル教会の皆さんが警戒しています」
ヘンシェル教会が警戒しているということはミヨクも気になった。それはつまり、リチャード・グレンはこの世界に何かの危害を加えようとしているとヘンシェル教会は考えているということだ。しかしそれだと納得できないことがある。
「でも、ソニアさんはグレンっていう人の同行をあっさりと許したぜ。ケビンを紹介した人ってだけだし、断ることもできただろう」
「だから、ヘンシェル教会がその人を狙っているのでしょう。何かは分かりませんが、グレンさんは何かを企んでいるかもしれない。もしかしたらヘンシェル教会を利用しているのかもしれない。でも、ソニアさん達はそれに気づいている。気づいていて、敢えて利用される振りをしている。そうとも考えられます」
「待て待て待て」
ミヨクは慌てて立ち止まり、真守の歩みを止めた。真守の言わんとしていることは分かった。しかし真守は魔術師ではないので、事の重大さに気づいていないだろう。
「それはもう『悪魔の門』を狙っているということだぞ。しかもソニアさんという、異世界にかなり近い『悪魔の門』を。それって相当やばいことだぞ」
「確かに異世界生物の召喚は恐ろしいことですね」
「いや、そうじゃない」
真守の言うことももっともだか、それよりも憂慮するべきことがある。
「魔術連盟の中にテロリストがいるってことだ」
ミヨクがそう言うと、真守も気づいたようだ。魔術連盟という、悪人が絶対にいけはいけないようなところに悪人が潜んでいる。魔術連盟の信頼を揺らがせかねない問題だ。もし、魔術連盟がテロリストに支配されてしまうと、危険思想を持った魔術師が増え、地上との戦争になる。そんな最悪のシナリオも想定される。
「それは……確かに危険ですね」
「まあでも、今のところは怪しいってだけだろ。ソニアさんからそういう話は聞いていないんだよな?」
「ええ、聞いてないですね。でも警戒はしておきます」
それからミヨクも真守もリチャードの話をしなくなった。怪しいとはいえ、証拠はなにもない。これ以上議論しても無意味だと判断した。
ただ、今の話でミヨクは疑問の一つを解消することができた。ソニアがケビン・ウィーバリーとの縁談を未だに断らないことだ。ヘンシェル教会での二人のやり取りを見て、どうしてソニアはケビンに悪態をつくだけで、ケビンを追い出さなかったのか不思議で仕方なかった。ケビンは血統重視の魔術師で、ソニアがかなり嫌いそうな人間だ。ケビンを殴らないことがおかしいとさえ思えた。
ソニア達ヘンシェル教会がソニアとケビンの縁談を逆に利用して、リチャード・グレンを見張っている。そう考えると辻褄が合う。
しばらくすると、ミヨクと真守は目的の場所に辿り着いた。ミヨクのクラスメイト達が何人かいるが、誰も墓の前にはいない。今の内に墓参りをすることにした。
ミヨクは真守と並んでアイラとルイスの墓に立つ。ミヨクは右手を胸に、真守は両手を合わせて、それぞれの方法で冥福を祈った。
アイラとルイスの墓から離れた後、真守がこんなことを言ってきた。
「アイラさんとルイスさんは、幸せだったのでしょうか?」
ミヨクは驚いた。今まで『白い魔女』の童話をそんな風に考えたことはなかった。あれは、魔女にされてしまった悲劇のヒロインの話か、魔術師の教訓としか捉えていなかった。
ミヨクが答える間もなく、真守が続ける。
「確かに、アイラさんは吸血鬼にされて、悪い魔術師に利用されて、普通の女の子として生きられなかった。それでも、ルイスさんという恋人と出会って、二人でいる時は幸せだったのかな。せめて、そうであってほしいです」
ミヨクは心の底から感心した。真守は魔術師ではないので、魔術師の偏った思想がないからかもしれない。それでも、アイラやルイスに対してそんな感情を持つことが、ミヨクにはとても素敵なことに思えた。
「真守は本当に優しい女の子だな」
ミヨクは満面の笑みを浮かべながら称えるが、真守は暗い顔をしてこう返す。
「そんなことないですよ。みよ君も私の……」
真守は言いかけて止めた。ミヨクには何となく分かる。まだ自分が復讐者であることを責めているだろう。それでも途中で踏みとどまったということは、自虐してほしくないというミヨクやエレンの想いが届いたのだろう。もしかしたらエレンが何か言ったのかもしれない。
「いえ、何もありません……」
「うん。真守は優しいよ」
ミヨクがもう一度言うと、今度こそ真守は照れ臭そうに笑った。
「ありがとうございます」
いつか真守が復讐を忘れられる日が来ることをミヨクは切に願う。それが真守にとっての幸せになるはずだ。アイラとルイスではないが、真守も残酷な運命に立ち向かい、必死になって生きているはずだ。ミヨクとしても、真守は報われてほしい。
ミヨクは話題を元に戻す。
「アイラとルイスはきっと幸せだったよ。俺もそう思う」
気休めかもしれないが、ミヨクはそれでも言った。真守を安心させたいということもあったが、ミヨク自身もそう思いたかった。『白い魔女』として同じ『白い魔女』の幸福を願いたかった。
「そうですね」
そして真守は柔らかな微笑みを浮かべて、ミヨクを見つめながらこう言う。
「みよ君にも、幸せが訪れますよ」
真守も、ミヨクが『白い魔女』であることを考慮してくれているのだろう。ミヨクにとっての『白い魔女』は、エドガーを倒して終わったわけではない。むしろ始まったばかりだ。魔術連盟から隠し通せるかは分からない。エーテル欠乏症のことも全然解決していない。ミヨクに降りかかる問題は山積みだ。
そんなミヨクにも、アイラ・メイスフィールドにとってのルイス・キーラーのような存在が必要なのかもしれない。
「そんな人いるとしたらどんな人だろうな」
ミヨクは考えてみる。『白い魔女』の味方でいて、ミヨクの伴侶となってくれるような女性。一人だけ思い浮かんだが、すぐに首を横に振ってその思考を止めた。
「誰を想像したのですか?」
真守が興味深そうにミヨクを見つめている。しかし、あまりにも馬鹿げた答えだったのでミヨクは誤魔化すことにした。
「いやぁ……。俺にはそんな人……」
「ソニアさんだったりしますか?」
真守の質問に、ミヨクは意表を突かれた。ミヨクが誰も想像していないと言おうとしていたのにそれを無視したのも意外だったが、真守が真っ先にその名前を出すとは思っていなかった。
「それは最高の皮肉だな」
実は正解だった。ミヨクはなぜかソニアを想像していた。この間、メリッサとソニアについて話していたことがいけなかった。どうやらメリッサはミヨクとソニアを引っ付けようとしている節がある。メリッサだけでなく、ミヨクとソニアの関係を疑う人も数人心当たりがある。だからソニアを想像してしまった。決してソニアが好きだということではない。
「またそうやってソニアさんのことを悪く言うのですね」
真守は不満そうに言っていたが、それは真守の勘違いだ。今回は本当に、ミヨクに悪口を言う気はなかった。
「ちげぇよ。ソニアさんはセシル・ヘンシェルの子孫だろ。その人に俺みたいなのを救ってもらうのは皮肉だって言ってるんだ」
かつて、『白い魔女』であるアイラ・メイスフィールドはセシル・ヘンシェルを敵に回した。彼女の夫を殺害した。そのセシルの子孫であるソニア・ヘンシェルが先祖の敵であった『白い魔女』を救うのは皮肉だと言ったのだ。
真守はミヨクの言葉の意図を理解したようだが、それでも少し不満そうだ。
「別にそんなこと、今の時代の私達が気にすることではないと思いますが……」
「違いねぇな……」
その後、ミヨクと真守は博物館の方へ行き、見学を楽しんだ。




