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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第3巻 悪魔の門
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第3章 過去と違う関係(4)

 日曜礼拝が終わり、ソニアは真守まもりとミヨクを応接間に案内した。約束通り、セシル・ヘンシェルの資料を見せるためだ。真守まもりとミヨクが並んでソファーに座り、テーブルを挟んで向かい合う形でソニアとクレメンスが座る。


 ソニアは一冊の本をテーブルに置いた。


「セシル・ヘンシェル様が残された研究日誌よ。もちろん六百年前に書かれた原本ではなく、閲覧用に置いている副本で、持ち出すことはできないけど、ここに来た時に読むのはいいわ」

「ありがとうございます」


 真守まもりはお礼を言うと、本に手を掛けようとしていた。しかしソニアがそれを制する。


「まあ、落ち着きなさい。後でゆっくり読んでいいから。まずは私の話を聞きなさい」

「分かりました」


 真守まもりは手を引っ込めて、行儀よく座り直した。それを見てソニアが話し始める。


「セシル様は魔術連盟の一員として、吸血鬼の研究をしていたの。アイラが亡くなってからも、ご自身が亡くなられるまで熱心に続けられたそうよ。その結果、吸血鬼に関して、ある可能性が浮かび上がってきたわ」


 これは六百年前の問題ではない。現在も魔術師を悩ませ、または喜ばせるだろう。


「吸血鬼を召喚する魔術がなくなっていないことよ」


 むしろ六百年前よりも現在の方が重要視される問題だ。


「最初に吸血鬼の血液を喚起した魔術師は、アイラが殺したそうよ。その魔術の資料もアイラが全て処分した。彼女がそう話していたという記録しか残っていないから、魔術連盟としては信憑性が低いと言わざるをえないけど、間違ってはないと思うわ。少なくとも公には、吸血鬼を喚起した魔術師の血族はついえたとされている」

「なら、どうして吸血鬼の魔術がなくならないのですか?」


 真守まもりの疑問はもっともだ。今の話だと吸血鬼の魔術が存在する可能性は限りなくゼロになるように聞こえる。しかし事態はそう単純ではない。


「それは、『悪魔の門(デモンズ・ゲート)』よ。真守は『悪魔の門(デモンズ・ゲート)』って言葉は知っているかしら?」

「はい。エレンちゃんから教えてもらいました」


 どういう経緯でエレンから聞くことになったのか少し気になるところではあったが、ソニアは敢えて訊かずに話を続けた。


「吸血鬼の血液の性質を理解した『悪魔の門(デモンズ・ゲート)』なら、その血液を喚起することができるわ。適正属性である必要はない。どれだけ時間が掛かっても、どれだけ少量でも、喚起できさえすればいい」


 魔術師は自身の適正属性以外である属性の魔術も行使することができる。五大元素以外の属性ならば難易度は跳ね上がるが、その魔術師の才能や努力次第で習得することは十分に可能だ。


「六百年前に比べて、魔術の研究はかなり進んでいるわ。当時は『悪魔の門(デモンズ・ゲート)』なんて天才、稀少過ぎて、滅多にお目にかかれるようなものじゃなかったでしょうけど、今ではメイスラの中でもそれなりにいる。私もその『悪魔の門(デモンズ・ゲート)』よ」


 自分の血を恨むわけではないが、『悪魔の門(デモンズ・ゲート)』であることは余計だとソニアは自虐したくなる。そもそも異世界からの脅威から人々を守る立場であるヘンシェル家が異世界からの脅威を生むのは最高の皮肉だ。


「世の中が私のような秩序を守る魔術師ばかりだったら心配はないけど、あなた達もよく知るエドガー・テルフォードも『悪魔の門(デモンズ・ゲート)』ね。しかもあいつは、私のような魔界とのパスを持っているだけの魔術師と違って、疑似的な生物を喚起することが既にできている。異世界生物の召喚に一番近いのはあいつかもしれないわね」


 そんなことを話している時、牧師の一人がノックをして入って来た。メリルという少年の教会員だ。ひどく慌てた様子でソニアに話しかけてくる。


「ソニア様。失礼します。ウィーバリー様が、今すぐお話がしたいと伺っております」


 ソニアは思わず、あからさまに溜息をついてしまった。


「約束もしてない癖に……。今は以前からちゃんと約束していた友人を迎えているところよ。悪いけど、お引き取り願って」

「それがもうすぐそこまで……」


 メリルが困った声を上げている後ろで、若い男の大声が聞こえてきた。


「いつまで待たせるんだ。僕はウィーバリー家だぞ」


 そして現れたのは、ケビン・ウィーバリーという男だ。彼と懇意にしているリチャード・グレンもついてきている。ソニアは立ち上がってケビンに立ち向かう。


「聞こえているわよ。私は友人とお話をしているの。もう少しで終わるから、何かあるならその後で聞くわ」


 ソニアは何とか笑顔を作るが、自信はない。対するケビンは呆れたように微笑ほほえんでいるので、今のところは上手くいっているようだ。


「おいおい冗談だろ。ウィーバリー家の僕が来ているんだぞ。むしろ日曜礼拝の後に来た僕の心遣いに感謝してほしいよ」


 ケビン・ウィーバリー。ウィーバリー家の次男。現在、ソニアはこの男と縁談があり、結婚相手として是非を判断していることになっている。ケビンの方はその気だが、ソニアは全く興味がない。むしろケビンのことを拒絶している。


 ソニアがもう一度ケビンを追い返そうとしたが、その前にケビンはソファーに座っている人物の存在に気づいて、急にいきどおりだした。


「君は知っているぞ。『空白の特等席(ホワイト・メザニン)』がどうしてここにいるんだ。ここは君のような汚らしい貧民が来るところじゃないぞ」

「なんですって……」


 ミヨクの前に真守まもりが腹を立てたようで、真守まもりは立ち上がってケビンに向かっていこうとしていた。ソニアは彼女を片手で制しながら、ケビンをしっかりと見据える。


「ここは教会よ。家柄の違いなんて関係ないわ。それが分からないようだったら、ヘンシェル家に迎え入れることはできないわね」


 ケビンという男は根本から勘違いしている。一昔前ならともかく、現代の魔術師社会には貴族階級は存在しない。にもかかわらず、家が大金持ちで、魔術の才能が周りと比べて優れているというだけで、ケビン・ウィーバリーは自分が貴族だと思っているふしがある。


「そうか。ここが駄目なら外で話そう。最高級の店を紹介するよ。君もそろそろいい大人なのだから、庶民の味なんか忘れて、一流の味を覚えた方がいい」

「もう一度言うわ。私は今、友人とお話ししているの。何かあるならその後で聞くわ。しばらく外で待っていてくれないかしら」


 ソニアはもう表情を取り繕えなくなってきた。ケビンと話せば話すほど苛々が積み重なっていくのが自分でも分かる。本当は今すぐにでも怒鳴り散らして、ケビンを教会から追い出したいのだがそういうわけにもいかない。


「本気で言っているのか? 僕はウィーバリー家だぞ」

「だから関係ないわよ」


 ついにソニアは少しだが声を荒げてしまった。そこで明らかに空気が変わる。元から不穏な空気ではあったが、今のソニアの声で緊張感が一気に高まった。


 そこへ状況が理解していないような間抜けな声が割り込んできた。


「まあまあ、二人共落ち着いて。私達はただ君に伝えることがあって来たんだ。すぐ済む話だ。伝え終わったら、君のお友達にも悪いし、すぐ出ていくよ」


 リチャードがなだめるように言う。失礼なのはケビン達の方なのだが、ソニアの都合も考えているという姿勢も見せている。これ以上憤いきどおっては、ソニアが大人げなく見えるし、ソニアとしても無駄な面倒事と増やしたくない。


「ならさっさと話してください」


 ソニアが促すと、ケビンが話し始めた。


「聞いたよ。エヴォーダーの調査に行くんだって。教えてくれるのはいいけど、どうして誘ってくれないかな。僕達もそれに同行するよ」


 予想通りの展開だ。むしろこの展開は、ソニアが作り出そうとしていたシナリオだ。ケビンはついて来ようとすると思っていた。そしてそれだけではない。


「僕達ということは?」

「ああ、グレンも同行するそうだ。将来LOCに入る魔術師の妻の働きぶりを見ておきたいらしいからね」


 ソニアはまずケビンの妄想について否定しておく。


「ちょっとお見合いしただけでしょ。調子に乗らないで」

「そうなるさ。僕を選ばない理由がない」


 ケビンの言葉に、ソニアは吐き気を覚えた。それが一番自然で容易だったとはいえ、お見合いという形を取ったことが間違いだったかもしれない。


「はいはい。そんなことより、グレンさんも来るのですね。分かりました。見学でしたらご自由に。ただし、活動中はヘンシェル教会の方針に従ってくださいね」

「それはもちろん。ご心配なく」


 ケビンが遺跡調査に同行するのは、ただソニアの婚約者気取りでいたいだけだろう。だからソニアは気に留めていない。問題はもう一人の方だ。


 ここでケビンが誇らしげに言う。


「それでこそ未来の妻だ。話が分かる」

「要件はそれだけ? なら、もう帰って」

「釣れないな……。まあ、そのうち君は僕のものになる」


 そう言い残して、ケビンはリチャードを連れて去って行った。彼らが部屋を出て行ってから、足音が聞こえなくなるまでソニアを含め部屋にいる全員が黙っていた。もう二人が教会から出たと思われたその時、真守まもりが口を開いた。


「何なんですかあの……」

「あのクソガキ! 次こんな真似したらあの面ぶん殴ってやるっ!」


 真守まもりわめこうとしていたが、ソニアは彼女よりも大きな声で叫んだ。今まで溜まっていた鬱憤うっぷんを一気に吐き出した。先程に限ったことではない。何度ケビンを殴ろうとしたことか――。彼が背中を向けている時に殴ろうとして、クレメンスに止められたこともあった。


「あの……ソニアさん……」


 真守まもりの声でソニアは我に返った。そして自分がどれだけ酷い顔をしているのかを察した。鏡を見なくても分かる。鼻息は荒く、目は血走っていることだろう。ケビンの無礼に憤っていたはずの真守まもりが、怯えた表情でソニアを見上げている。


「ごめんなさい……。今のことは忘れて……」


 ソニアが周りを見回してみると、ミヨクも目を丸くしてソニアを見つめていた。


「何よ……。言いたいことがあるなら言いなさいよ」

「いや、さすがに今のは向こうの方が悪いと思いますし……」


 ミヨクがまたゴリラだのなんだのと言って自分をからかうものだとソニアは思っていたが、今回ばかりは全面的にソニアの味方であるようだ。


 そこで真守まもりがこんなことを訊いてきた。


「さっきの人、大きな権力を持っているぞ、みたいな態度でしたけど、そうなのですか?」


 魔術師ではない真守まもりにそのような印象を持たれてしまったことは、ソニアとしては心外だが、ケビンの態度を見てしまった以上、仕方のないことかもしれない。


「一応、格式が高い魔術師の家系よ。でもあそこまで露骨に権力を振りかざそうとするのは、名門でもそうはいないわ」


 今の時代、家の権力にしがみつく魔術師はただの馬鹿だ。ソニアはそう思っているし、周りも言わないだけでそう思っている人は多いはずだ。血統で魔術師の全てが決まるという前時代的な価値観から抜けることができない哀れな人間だ。


 それからソニアにとってあまり触れてほしくない話題を真守まもりが触れてきた。


「それで……未来の妻というのは……?」

「ああ、それね。一応あいつと縁談があるの。ミヨクはどうせ、メリッサから聞いているのでしょう」


 ウィーバリー家がLOCの上役であるリチャード・グレンを通して、ソニアに縁談を持ち掛けてきたのだ。ケビン・ウィーバリーがソニアのことを気に入ったらしい。現在ドイツにある魔術師の国に住んでいるソニアの両親が了承して、お見合いも行った。


「間違ってもあんな馬鹿を選ぶことはないわ。あと、向こうに弱みを握られているとか、権力的に優位に立たれているとかはないから。心配する必要もないわよ」

「なら、すぐに断ればいいじゃないですか」


 真守まもりの言う通りだ。できることならばすぐに縁談を破棄したい。特段の事情がなければ初対面の時に即刻破棄していただろう。


「いろいろあるのよ。いろいろ……」


 このお見合いは、ヘンシェル家の悲願成就が懸かっている。異世界からの脅威を排除して、魔術師の世界にも無術者むじゅつしゃの世界にも平穏をもたらすという悲願だ。

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