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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第3巻 悪魔の門
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第3章 過去と違う関係(3)

 アイラ・メイスフィールとルイス・キーラーが最後に訪れたと言われているエヴォーダー遺跡、真守まもりはひょんなことからその遺跡に行くことになった。


 まず真守まもりの前に、ミヨクがエヴォーダーに行くことが決まった。ミヨクが学園の校外学習として訪れることになった。真守まもりとしてはミヨクと一緒に行きたかったのだが、学校行事ということならば真守まもりも納得するしかなかった。一泊二日なので、エーテル欠乏症にも影響はほとんどないだろうし、無理についていく必要はないと思われていた。


 しかし真守まもりに幸運が訪れる。琴音ことねが調査のためにエヴォーダーに行き、そのために助手を一人連れて行くと言い出したのだ。もちろん真守まもりは志願して、琴音ことねがあっさりと了承した。しかも調査日程には、ミヨクが遺跡に訪れる日も含まれていた。


 琴音ことねはただの偶然だと言っていた。それでも、時間に余裕があればミヨクと一緒に遺跡巡りをしてきてもいいと言ってくれた。この幸運と厚意は、真守まもりには感謝してもし尽くすことができないほどに大きく感じた。


 それはともかく、真守まもりは記念館で話したとおり、ミヨクと一緒にヘンシェル教会に来た。セシル・ヘンシェルが残したとされる手記を見せてもらうためだ。


 平日に時間が取れず、日曜礼拝の時に来ることになった。その後に話だけ聞きに行くのは失礼だと思ったので、日曜礼拝にも参加することにした。二人がヘンシェル教会に入ると、一人の牧師が出迎えてくれた。真守まもりは知らない人だったが、ミヨクは知り合いのようで、丁寧に挨拶をしていた。


「マクミランさん。こんにちは」

「こんにちは。ミヨク君。そこのお嬢さんがマモリさんだな」


 身長は百八十センチメートルを優に超えていて、短い茶髪の男性だ。


「はい。久遠くおん真守まもりと言います」

「俺はラルフ・マクミランだ。さあ、入ってくれ」


 ラルフに案内されて、二人は教会に入った。日曜礼拝ということなので、中には子供とその保護者と思われる子供がたくさんいた。まだ集会は始まっていないらしく、ところどころで子供が遊び、保護者が話し合っている。


 そこで、一人の女の子が真守まもりの方へ駆け寄って来た。幼稚園児くらいの女の子だ。よく見ると向かう先は真守まもりではなくラルフの方だ。


「パパー」


 どうやらラルフの娘のようだ。女の子はラルフの脚に抱き着く。ラルフは脚から娘を離すと、そのまま抱き上げた。


「娘だ。名前はナンシー。そういえばミヨク君も初めて会うな。さあナンシー。ミヨクお兄さんとマモリお姉さんだ。挨拶して」

「ミヨクお兄さん。マモリお姉さん。こんにちは」

「こんにちは」「こんにちは」


 真守まもりはミヨクと一緒に笑顔で挨拶を返す。それからしばらくラルフやナンシーと話していると、ソニアが聖堂に姿を現した。周りの子供や保護者に挨拶をしながら、こちらの方に歩み寄ってきた。


真守まもり。ミヨク。よく来たわね」

「こんにちは」「こんにちは」


 真守まもりとミヨクは笑顔を消して淡々と挨拶をした。ミヨクにはソニアに愛嬌あいきょうを振りまく理由がないからだろうが、真守まもりは子供達に優しく声をかけるソニアの姿に見惚みとれていて、つい笑顔が消えていた。


 横でナンシーが満面の笑みで声をかける。


「ソニアさまー。こんにちは」

「ええ。こんにちは」


 ソニアの笑顔は、真守まもりが今まで見たこともないような、慈愛に溢れたものだった。女神が目の前にいると錯覚する程だった。ソニアは素直で優しい人だと、真守まもりは以前から思っていたとはいえ、実際にここまで感動を覚えるような笑顔を彼女の顔で見られるとは思ってもみなかった。


「うわっ……。そんな笑顔できるのか……」


 ミヨクが素直過ぎる反応を示していたので、さすがに真守まもりは彼のことを小突きたくなった。案の定、ソニアが不満そうな眼差しをミヨクに向ける。


「何よ……。これでもシスターよ」


 二人の視線の間で火花が散りそうな予感がする。真守まもりはとりあえずミヨクをなだめようとしたが、その前にラルフがソニアをなだめる。


「ソニア様。子供達の前ですよ。痴話喧嘩はやめてください」

「そんなんじゃ……」


 ソニアは最初こそ大声を張り上げようとしていたが、段々と弱くなって、結局言い切ることはできていなかった。周りにはソニアをしたう子供達がいるのだ。こんなところで怒るわけにはいかないだろう。


 真守まもりもミヨクに小声で釘を刺しておく。


「みよ君。くれぐれもいつものように口喧嘩してはダメですよ」

「分かってるよ」


 そこで、奥の方から女性がこちらに近づいてきた。身長は真守まもりより少し低いくらいで、黒髪のロングヘアーをした二十代後半くらいの女性だ。


「そうですよ。ソニア様。今は日曜礼拝ですから。戦う時ではありませんよ」


 そう言うとソニアはうつむいて、恥ずかしそうに「ごめんなさい」と謝った。それからラルフが女性を見遣りながらこう言う。


「妻のハンナだ」

「こんにちは。ミヨク君。あなたの噂は聞いているわ。とても勇敢な男の子なんだってね……。夫も見習ってほしいわ。身体が大きいだけで、肝心なところで臆病なところがあるから」

「手厳しいな。ハンナ」


 ラルフは苦笑いを浮かべる。そこに追い討ちをかけるようにナンシーが言う。


「パパ、いっつもママに怒られてるからね」

「ナンシーまで……」


 しかしソニアは首を横に振って、朗らかな笑顔でこう言う。


「旦那さんはとても優秀な人ですよ。よく働いてくれています。あと、ミヨクは無茶というか、ただ……」


 ソニアが、馬鹿と言おうとしたことくらい真守まもりには分かっていた。おそらくミヨクも分かっているだろう。怪訝けげんそうな視線を送っていたが、さすがに何も言わなかった。ソニアはわざとらしくせきを立ててから言い直す。


「まあ、根性があることだけは認めます。それだけです」


 真守まもりはその様子を見て、思わずくすりと笑ってしまった。


「それにしてもソニアさん、ここだと印象が違いますね。優しくて穏やかなお姉さんって感じです。今までみよ君のことじゃなくても、厳しいイメージありましたから」

「あなたも案外はっきり言うわね……。まあ、いいけど……」


 標山しめやまの森でエドガー捕縛の任務についていた時以外、真守まもりはソニアとはほとんど接していない。真守まもりがメイスラに来た時に何度か会ったが、その時もあくまでヘンシェル家の人間としての対応だった。教会のシスターとしての顔を見るのは初めてかもしれない。


 そこでラルフがこんなことを言う。


「訓練や任務の時はお厳しいよ。人々を救うためだから、甘く優しくとはいかないからな。けど、本来のソニア様はとても慈悲深く、現代の聖母と言っても過言ではないようなお方だ」

「聖母……?」


 魔術師の世界にも聖母という概念があるのだろうかと真守まもりは思ったが、ミヨクが横から小声で教えてくれた。


「ここで言う聖母は、セシル・ヘンシェルのことな。ちなみに、他の教派だとそもそも聖母に当たる人物がいないことが多いから」


 真守まもりが納得しているかたわらで、ハンナが不服そうにラルフをにらんでいる。


「ちょっと……ソニア様は確かに立派なかただけど、妻の目の前で言うことじゃないでしょ」


 ハンナの言う通りである。真守まもりもハンナの真似をしてラルフを睨んでみる。ナンシーはまだよく分かっていないようで首をかしげていた。


「ごめんよ。俺が愛しているのはハンナとナンシーだけだ」


 ラルフが降参するかのようにそう言うと、真守まもりを含めて近くにいる全員が声を上げて笑った。ナンシーも周りの雰囲気につられて可愛い声で笑っていた。


 それからマミクミラン一家は子供や保護者の集まりの方へ行き、真守まもりとソニアとミヨクが残る形になった。真守まもりがソニアに訊く。


「あそこには、ヘンシェル教会の人のお子さんが多いのですか?」


 真守まもりの質問に対して、ソニアは首を横に振る。


「少ないわ。家族みんなヘンシェル教会に関わるところは、私が把握している限りでは三つね。あなたもクレメンスの事情を聞いたのでしょう。肉親や恋人、奥さんや子供を亡くしてここに入る人は多いわ。それと、家族ができたらここを辞めていく人もね。もちろん、残っていてほしいと思ったけど、それぞれの人生だもの。止められないわ」


 ソニアは悲しそうに話す。少し考えれば簡単なことだと真守まもりは心の中で反省する。結婚や出産を経て、戦闘霊媒を引退して裏方に回る人は少なくない。なにせ命の危険が多く付きまとう仕事だ。殺し合いになることもある。自分が死んでしまえば家族を守ることができなくなる。真守まもりにその気持ちは十分に分かる。復讐を果たしてしまえば、きっと自分は戦闘霊媒を辞めてしまうだろうとも思う。


「そうですね。家族は大切ですもの……。時に、世界よりも」


 真守まもりがそう言うと、ソニアは寂しそうに言う。


「メイスラに来たことだし、一度あなたをヘンシェル教会にスカウトしたかったところだけど、その様子だと来てくれそうにはないわね」


 対する真守まもりはおかしそうに笑う。


「ご冗談を。私はそんな殊勝な人間ではありませんよ」


 そしてミヨクを見つめながら言う。


「みよ君の方が向いているのではないでしょうか?」


 真守まもりは本気で言ったのだが、他の二人はそう受け取らなかったようで、二人共同じような渋面を浮かべながら、同じような口調で言う。


「それこそ冗談ね。誰がこんな生意気な奴を教会に入れますか」

「そうだよ。こっちからお断りだ」


 二人の様子を見て、やはり真守まもりは笑いをこらえられなかった。ソニアはミヨクのことを認めているはずだ。真守まもりには分かっている。二人共、互いのことになると素直になれないだけだ。それにどちらかというと、ミヨクにはメリッサよりもソニアの方がお似合いだと真守まもりは思っている。


「はいはい。分かりましたよ」


 もう諦めているのか、二人はそれから不平を言うことはなかった。ソニアは別のことを話し始める。


「私はこの先、相手を見つけて、結婚して、子供を産んでも、ずっとヘンシェル教会として戦うわ」


 ソニアは真守まもりとは違う。真守まもりは少し厄介な事情を抱えてしまったものの、戦闘霊媒を絶対に止められないということはないだろう。少なくとも久遠家の人間として縛られているわけではない。しかしソニアは違う。


「ヘンシェル家の人間ですものね」

「違うわ」


 ソニアが即答したことに真守まもりは驚かなかった。多分ソニアならそう答えるとは思っていた。正義感の強いソニアなら、建前でも自分の運命を家の所為にしない。しかし予想は良い意味で裏切られた。


「みんなの笑顔を守りたいからよ」


 真守まもりは思い出す。ソニアはそういう人間だ。魔術や異世界の存在によって傷つく人達を全て救う。彼女が望んでいるのはそれだけだ。その精神の尊さを触れて、危うく真守まもりもヘンシェル教に入信するところだった。


「そうですね」


 そこでソニアはこんなことを口にする。


「でも、その相手が問題なのよね。私は家柄なんかで選ばないわ。そりゃ、ある程度強くいてくれないと困るわよ。けど、もっと大事なのは、根性があること、どんな困難な道でも、一緒に立ち向かってくれること。魔術の才能なんて二の次ね」


 ここでミヨクを推薦すいせんしたら、ソニアとミヨクにしつこいと言われるだろうと思いつつ、真守まもりは黙っていた。真守まもりとしては、ミヨクをソニアに取られてしまったら困る。ヘンシェル教会に入るのは構わないが、ソニアと結婚するのは話が別だ。


「ソニアさんのお眼鏡に敵う人は少なそうですね」

「私はそんなつもりはないのだけど……」


 ソニアのような優秀な人間は、自分と同等くらい優秀な男性を求めても当然だし、ヘンシェル教会を存続させるために必要なのだろう。ただ、魔術師としてソニアと肩を並べられる男性が少ないことは、真守まもりでも察しがつく。


 横でミヨクが難しそうな表情を浮かべながらソニアを見ている。その視線にソニアも気づいたようだ。


「なによ。何か文句があるの?」

「別にありませんよ」


 最近のミヨクはソニアのことを心配しているように、真守まもりには見える。やはりメリッサがミヨクに持ち掛けた相談はソニアに関することだったのだろう。


 そこで一人の牧師がソニアに話しかけてきた。真守まもりも時計を見てみる。それで気づいた。話をすることに夢中になっていたので忘れていたが、これから日曜礼拝が始まるのだ。ソニアが祭壇の方へ向かっていく。


「そろそろ時間ね。日曜礼拝を始めましょう」


 それから真守まもりとミヨクは子供達と仲良く日曜礼拝を楽しんだ。

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