第3章 過去と違う関係(2)
ソニアは真守の問いかけに感心した。魔術師ではない者がすぐにはその発想に辿り着かない。やはり異世界や異能に対する造詣が深いようだ。ソニアよりも若いのに、霊能力者の世界ではかなりの実力者というのも得心がいく。
「未だに発見されていないわ。消滅説は結構有力だけど、私達はそう思えないわね」
『白い魔女』を知らなければ、アイラが死亡したことはすなわち彼女の中にあった吸血鬼が消滅したと考えるのが普通だろう。しかしソニア達は、アイラは自分の中にある吸血鬼の血液を『白い魔女』の魔術で体内から排出し、その方法で死亡したことを知っている。
「一応、血液がアイラから分離したという説もあることはあるわ。人間としてのアイラがなんらかの方法で死亡して、肉体が消えて吸血鬼の血液だけが残ったという感じよ。あんまり人気のない説だけどね」
少なくとも表向きは、魔術連盟が吸血鬼の血液を保管しているという事実はない。それに、ソニアは本当に保管していないと思っている。そもそも吸血鬼の血液などという兵器を所持しているのならば、その事実は公表され、地上への進出が本気で検討されるだろう。今の時代では考えにくいが、六百年前ならあり得なくはない話だ。
「そうね。ならば可能性としては、吸血鬼の血液が自律して動き、今でもエヴォーダーの中をさまよっているとも考えられるわ」
「そうですね。とにかく私は、吸血鬼の血液が消滅した可能性はかなり低いと思います」
真守が自信ありげに言い切る。確かに『白い魔女』の魔術を知っているので、アイラの死と吸血鬼の血液の消滅が結びつかないと考えるだろうが、真守の言い振りは他に根拠を持っている者のそれだとソニアは感じた。
「どうしてそう思うの?」
ソニアが訊くと、真守は初等部の子供が解くような問題について説明するかのように答えた。
「だって、もし吸血鬼の血液が消滅していたら、吸血鬼の研究がもっと進んでいたはずじゃないですか」
ソニアは最初、聞き間違えたかと思った。試しに聞き直してみる。
「えっと……、消滅していたら研究が進むのかしら?」
「ええ、だってそうじゃないですか?」
逆なのではないかとソニアは思う。そもそも研究対象が消滅してしまったら、研究することができないではないのか。しかしソニアが分からないのが不思議なのか、真守は首を横に傾げながらミヨクに訊く。
「そうですよね。みよ君」
ミヨクも真守の言葉の意味が分からないようで首を傾げていた。その様子に痺れを切らしたのか、真守が話を始める。
「だって、吸血鬼本体が消滅して死亡したら、霊魂を呼び出せるじゃないですか」
「あっ」「あっ」
真守の意見を聞いて、ソニアはミヨクと一緒に声を上げた。その発想は魔術師であるソニアにはなかった。確かに吸血鬼の血液も生物だ。この世界と同じように、異世界にも霊魂があるのならば、吸血鬼の血液にも霊魂があるはずだ。
「盲点だったわね……。ミディアムの間では考えられているかもしれないけど……」
「まあでも、その様子だと、吸血鬼の霊魂は見つかっていないようですね。それに、神霊のように意思疎通ができるとは限りませんし、必ずしも霊魂を呼びよせられるとも限りませんからね」
真守の言う通りだ。吸血鬼の霊魂を召喚したという研究を、ソニアは知らない。表向きでは公表されていない。もちろん、『白い魔女』のことがあるので、魔術連盟を百パーセント信用できるわけではないが、疑っても仕方のないことだ。
ソニアが話題を元に戻す。
「なら、吸血鬼はやはりどこかに行ってしまったか」
「それとも、誰かが所持しているか」
真守はそう言ったが、ソニアはあっさりと否定する。
「それはないわよ。六百年もの間、所持されていて何にも使われなかったなんてことは、魔術師の世界ではありえないわ」
「そうなのですか? 誰かがこっそり研究しているなんてことありそうですが……」
真守はミディアムなので、そう考えるのは無理もないとソニアは思う。しかしソニアの言う通り、基本的に魔術師は顕示欲が高い生き物だ。
ここはミヨクが真守に説明する。
「魔術師というものは研究の成果を隠したりはしないぞ。魔術連盟の上の方なら知らないけど、連盟とは関係ない魔術師なんて、新しい魔術が生まれればすぐに発表する。それに、地上を狙っている魔術師なんて今でも多いと思うぞ。吸血鬼の血液のような、地上侵略の鍵になるような研究だったら、すぐに発表されるだろうな。ましてや、過激派のテロリストの手に渡ったら、地上は昔から魔術師が支配しているなんてこともあり得たかもしれねぇ」
ソニアとしては吸血鬼の血液が発見されることがないように願うばかりだ。もしそれで、第二の吸血鬼の魔女が現れてしまうようなことがあれば、六百年前よりも悲惨な争いに発展しかねないことは想像に難くない。
「そうですか。まあ、戦闘霊媒も霊能力のない人間の社会を侵略しようとしています。本質的な部分は魔術師と変わらないかもしれませんね」
真守の発言は平和を望む魔術師に対する侮辱と捉えられかねないが、ソニアには否定することができなかった。それだけ魔術師の歴史は、地上を侵略することの是非を問う内紛に彩られた。一歩間違えれば、今の時代、魔術師は無術者を奴隷にしながら、地上で活動していたかもしれない。
「でも今の世界は、魔術師と無術者の世界はきっちりと分けられていて、両者間の戦争は起こっていない。それは私の先祖、セシル・ヘンシェル様や、夫のウォーレン様、当時の魔術連盟の人達、そして……」
ヘンシェル家の人間として、次の発言は許されないかもしれないとソニアは理解している。しかしソニア個人としては、そうであってほしいという気持ちもあるし、そう伝えていきたいとさえ思える。
「アイラ・メイスフィールドとルイス・キーラーが止めたのかもしれないわね」
アイラは過激派の魔術師の陰謀によるとはいえ、吸血鬼となり魔術師の世界を混乱に陥れた。彼女自身にも、魔術連盟の保護を受けるという選択肢があったにもかかわらず、それを拒絶して、地上の魔女狩りや地下の闘争を加速させてしまった罪がある。アイラに加担したルイスもそうだ。
しかし二人が二人のやり方で、世界を吸血鬼の魔の手から救おうとしていたのも事実だ。だから、ソニアは一方的に二人を責めることもしたくない。
そこで真守はくすりと笑った。
「やっぱり、ソニアさんは優しい人ですね」
どうして笑うのかと言おうとしたが、ソニアは思い出す。標山の森にある真守の家で、二人で『白い魔女』について語り合った。アイラやルイスを非難するようなことを言ったが、同時に彼女達も助けるべき被害者だったという考えも話した。その時は確か、素敵な人だと真守に褒められた。それを思い出すと、ソニアの口から笑顔がこぼれた。
「そうね。これでも一応シスターだから」
そしてソニアと真守はもう一度笑った。横でミヨクが不思議そうに二人を見ていたが、それでもソニアは構わずに笑った。
少し笑った後で、再びソニアも真守も真剣な表情に戻る。真守がこんなことを訊いてきた。
「ところで、ルイスさんは本当にそのエヴォーダーで亡くなったのでしょうか?」
『吸血鬼の魔女』には吸血鬼の血液の場所と同じくらい謎とされていることがある。それはルイスの安否だ。
「その時死亡したという説が有力ね。それは記念館でも言っていたでしょう。けど、正確なことは判明していないわ」
アイラ・メイスフィールドは、魔術連盟の人間によって死亡したところを確認されている。彼女の死体は発見されて、エヴォーダーの近くに埋葬されている。しかしルイスの死体は発見されていないし、アイラの死後に彼を目撃したという情報もない。今でも謎のままになっている。
「でも、アイラと一緒に眠ったのでしょうね。彼もその時の戦いで相当な重傷を負ったという記録もあることだし……。彼も死亡したと、魔術連盟は結論づけたわ。お墓も、アイラの隣に作られているわよ」
「やはり、吸血鬼を討伐する時に、亡くなられたということですよね。吸血鬼が外に出てしまいそうだったとか……」
真守の言う通りだ。当時、過激派の魔術師が夜中、吸血鬼を野に放とうとしていた。当時の技術力を考えれば、吸血鬼に対抗できるような武装を無術者は備えていなかったと考えられている。魔術連盟やアイラ達が阻止しなければ、地上の歴史に残る大虐殺が起こっていたに違いない。
「そうね。壮絶な死闘だったそうよ。魔術連盟にも何人もの犠牲者がでた。その中にはアイラとルイスに殺された者もいたけど……」
そこで真守は難しそうな表情を浮かべた。アイラとルイスのことを非難されたので文句を言いたいのだろうが、二人が魔術連盟の人間を殺めたことはやはり責められることだと認めているようだ。とはいえ真守の感情を煽るだけで言う必要もなかったことだとソニアは反省した。
「もう一度言うけど、この世界が吸血鬼に支配されずにいるのは、アイラとルイスのお陰でもあることは理解しているわ。とにかく、吸血鬼がこの世界からいなくなって、二人の旅路は終わり。これが『吸血鬼の魔女』の結末よ」
しかしソニアは納得していない。吸血鬼は六百年前に殲滅されたとされている。それを疑うつもりはないが、吸血鬼に関する問題が終わったとは思えない。
現に、今日アイラ・メイスフィールド記念館に訪れたのは、遺跡について不穏な情報が流れたからだ。遺跡の近くで一体の焼死体が発見された。その焼死体が普通のものではないらしい。吸血鬼の伝説がある場所で、不審な焼死体。ソニアはヘンシェル教会として、遺跡の調査に行くことになった。
真守もまだ物足りないのか、もっと話してほしそうにソニアを見つめている。
「真守は、『吸血鬼の魔女』についてもっと知りたいのかしら?」
「はい。できるだけ多くのことを知りたいです」
それを聞いて、ソニアは笑顔を浮かべた。『吸血鬼の魔女』は六百年前の伝説だ。大抵の魔術師は童話として学ぶが、伝説について興味を持つ若者は少なくなっているらしい。実際に、『吸血鬼の魔女』に深い関わりを持つヘンシェル教会でさえ、日曜礼拝の時に、『吸血鬼の魔女』のことを詳しく訊いてくる子供はほとんどいない。だから真守が『吸血鬼の魔女』に興味を持ってくれることに、ソニアは喜びを感じだ。
「なら、今度ヘンシェル教会にいらっしゃい。セシル様が残した資料があれば、魔術連盟側だから、真守には不満に思うこともあるでしょうけど、役に立たないことはないと思うわ」
「はい。是非うかがいます」
そう言うと、真守はミヨクの方を向く。
「ねえ、みよ君。行きましょう」
「えっ……。俺も……」
ミヨクは不満そうに声を上げた。対する真守は上目遣いでミヨクを見る。
「ダメですか?」
「いや、いいけど……」
ミヨクは横目でソニアを見た。ソニアとミヨクは偶に利害が一致して協力関係になることがあったが、基本的には仲違いをしている。ミヨクの方からソニアの所へただ遊びに来ることは今までなかったし、これからもないだろうと思っていた。
ソニアはミヨクのことを友達とも思っていないが、今では会っても不愉快に思わないくらいの存在にはなっている。
「あなたも来なさいよ。少しくらいならもてなすわよ」
「なら決まりですね」
真守が嬉しそうに両手を合わせる。それを見てミヨクも微笑んだ。
「分かったよ。じゃあ、ソニアさん。ちょっとお邪魔します」
「ええ、待っているわ」
偶にはこういうのも悪くないかと思うソニアであった。




