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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第1巻 白い魔女
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第2章 魔術師と霊媒(2)

  真守まもりはミヨクとエレンを久遠くおん家に招き入れた。久遠くおん家の現当主、久遠くおんいわおも十年振りに突然現れたミヨクとその妹のエレンを歓迎した。


 ゆっくりと食事をしたいところだが、まずは話し合いの場を設けることになった。和室にて、大きくて四角の座卓を四人で囲む。ミヨクとエレンが並んで座り、向かい側に真守まもりいわおが座る。真守まもりがミヨクの正面に位置している。


 まず真守はミヨクに悲しい報告をしなければならなかった。


「父の孝蔵こうぞうと、母の真尋まひろは五年前に交通事故で他界しました」


 それを聞くと、ミヨクはとても残念そうにうつむいたが、「そうか」と言っただけで、二人の死については詮索せんさくしてこなかった。少しだけお互いの現況を話した後に、本題に入る。


「さて、俺達は十年前に標山しめやま家で起こった事故について調べに来た」


 ミヨクは事故の当事者だ。現場にいた。しかし当時の記憶がないらしい。そもそも記憶が残っている生存者の間でも真相は判明していない。とはいえ明確に断定できることもある。


「そのことですが、まず言っておかなければならないことがあります。あの事故は夜刀神やとのかみの暴走によって起こされました」


 霊体は独力で現世に干渉することはない。必ず霊媒という仲介者が必要となる。そして霊体を実体化させる能力を持つ霊媒――物理霊媒がいることで、霊体は霊媒と繋がり、物理的な現象としてこの世に顕現けんげんすることができる。

 それが霊媒の常識だ。


標山しめやま家の誰かが、先程の私のように、無意識に夜刀神やとのかみを実体化させてしまい、あの惨事を引き起こしてしまったということです」


 霊体の実体化は、物理霊媒が意図して引き起こすものとは限らない。霊体が物理霊媒の能力を利用して、霊体の意志で物理現象を発生させることもある。幽霊が音を鳴らしたり物を動かしたりすると言われるのは、そういう自覚のない物理霊媒が霊体の近くにいるためだ。


 しかし、真守まもりとしては標山しめやま家の霊媒が夜刀神やとのかみの介入を許してしまったとは考えにくい。


「私は、夜刀神やとのかみに対して何の権利も得ていません。ですが、標山しめやま家はそうではなかったはずです。標山しめやまの森を統治するものとして、夜刀神やとのかみの独占権を持っていました」

「その権利を持っているとどうなるんだ」


 どうやら魔術師の世界では霊媒の事情が違うようだ。神霊が存在しないのならば当然かと真守は考える。


「その神霊は、権利を持った霊媒としか繋がれなくなります。それに、神霊を完全に制御できるようになります」


 日本には特別な霊媒の家系がいくつか存在している。それぞれが神霊を支配下に置いていて、神霊を利用して霊媒の世界で暗躍する。標山しめやま家もその一つだった。


「じゃあその権利を、標山しめやま家が実は持っていなかったとか……」

「それはありえんな」


 ここでいわおが会話に混じる。今では立派な霊媒に成長した真守まもりだが、十年前では七歳だ。ここは当時の事情をよく知るいわおに話してもらった方がいいだろう。


「ワシが保証する。当時の標山しめやま家は夜刀神やとのかみを完全に掌握しょうあくしていた。ただ、その制御に穴があったことは考えられるな」


 真守まもりも同じ考えだ。というより標山しめやま家の事情をかんがみるとそうとしか考えられない。いわおが説明を続ける。


標山しめやま家では当時の当主が息子に夜刀神やとのかみの権利を継承しようとしていた。その継承の儀で事故は起きた。明空みよくもそこにいたから、そういう儀式をしていたことくらいは知っているだろ」

「まあ……なんとなくは」


 霊能力の弱いミヨクには夜刀神やとのかみの詳細は教えられていなかったみたいだが、それでも継承という言葉くらいは聞いていただろう。


「継承の儀の際、夜刀神やとのかみは一旦、霊媒の制御から離れる。標山しめやま家は他者に権利を移す方法を持っていたが、それよりもより強く神霊と繋がる力を持っている者がいれば、夜刀神やとのかみはそっちに引っ張られる可能性もある」


 そこでミヨクには頭に引っ掛かったことがあるようだ。


「でも、今の話だと夜刀神やとのかみの継承先は空麻くうまだろ? 確かあいつって、神童とか言われて持ち上げられていたぞ」


 ミヨクの言う通りである。当時の標山しめやま家には標山しめやま空麻くうまという当主の息子がいた。ミヨクや真守まもりよりも二歳年下でありながら、非常に優れた憑依能力を持っており、夜刀神やとのかみの依り代として最適の霊媒だったと真守まもりも聞いたことがある。


「そうだな。彼以上に繋がりやすかった人間も考えにくいな」


 十年前の事故についてミヨクには話しておかなければならないことがある。ミヨクの気を悪くする恐れはあるが、真守まもりは思い切って明かすことにする。


「みよ君。これは非常に言いにくいことですが……、標山しめやま家の中で疑われていることがあります」

「母さんが夜刀神やとのかみと繋がって、あの事故を引き起こしたって言われても驚かないぜ」


 真守まもりが言う前に、ミヨクが答えを言い当てた。真守まもりいわお一瞥いちべつしたが彼は首を横に振る。澄香すみかや真守の両親が話したとも思えない。標山しめやま家の誰かからそう聞いたのかもしれない。ともかくミヨクが察しているのならば、今更隠す必要もない。


「そうです。生存者の話だと、夜刀神やとのかみ澄香すみかさんがいた位置から顕現けんげんしたとのことです」


 霊体が実体化する場合、必ずしも霊体は霊媒の傍にいなければいけないということはない。物理的に近いに越したことはないが、意識的であれ無意識的であれ、霊媒は自分と離れた場所にいる霊体を実体化させることが可能だ。


 しかし状況が状況だ。夜刀神やとのかみの実体化は澄香すみかが引き起こしたと疑われても無理はない。証拠はなかったので澄香すみか標山しめやま家から罰せられることはなかったが、標山しめやま家が標山しめやまの森を去った際に澄香すみかとミヨクを捨てたのはそのためだ。


「母さんはそのことについて何か言っていたのか?」


 ミヨクの質問にはいわおが応じた。


「いや、何も。何せあの状態だったからな……」


 いわおの話によると、一度事故の話をしたことがあり、その時に澄香すみかはひどく錯乱したそうだ。激しく暴れて、ただ蛇神が暴走したことだけを何度も言うだけで、他のことは何も話さなかった。


「そうか。これは俺の希望的観測も入ってるけど、やっぱり母さんは違うと思う。幸か不幸か、母さんはあまり優れた霊媒じゃなかったみたいだし、儀式に割り込んで夜刀神やとのかみに繋がる程の力はないはずだ」

「そうですね。みよ君の言う通りです」


 真守まもりも同意見だ。標山しめやま家も馬鹿ではない。継承の儀の際に、誤って継承者以外の霊媒と夜刀神やとのかみが繋がらないように対策していたに違いない。

 そこでエレンがゆっくりと手を挙げて質問する。


「その場には、他に子供はいなかったのかしら? 赤子がいれば話は変わってくると思うけど」

「いや、標山しめやま空麻くうまよりも幼い子供は現場にはいなかったはずだ」


 いわおの答えに、エレンも難しい顔をする。真守も似たような気持ちだ。


 霊媒の能力に深く精通した真守まもりでも、十年前の事故については皆目見当もつかない。本来起こるはずのない事故が起きてしまった。仮説を思いついたところで、真守の中にある霊媒の常識がそれを否定する。


 しかし他のことわりがあるのならば話は別ではないか――。魔術という未知の力が、真守まもりも見つけられないような抜け穴を作ったのかもしれない。

 それを探るためにも、真守まもりは無理を承知でミヨクに訊く。


「みよ君。改めて訊きますが、やっぱり事故の時のことを覚えていないのですよね?」


 ミヨクは意識を失ったためにその事故の全貌を知らないらしいが、それでも何か知っていることがあるかどうかは確認しておく必要がある。対するミヨクは浮かない顔をして答えた。


「ああ……悪いけど、俺は全然覚えてないんだ。昔に話したとおり、俺はその時気を失っていた。気がついたらすべてが終わってた」


 嘘はついていないと真守まもりは思う。しかし不審な点があった。事故後のミヨクには外傷がなかった。事故の時、ミヨクは澄香すみかのすぐ傍にいたから、夜刀神やとのかみに直接的な危害を加えられなかったのだろう。だから外的要因で気絶したとは考えにくい。


 あと考えられるとしたら、目の前の出来事が刺激的過ぎてトラウマになってしまい記憶が混乱したということだ。しかし何人も死亡したにもかかわらず、事故後のミヨクはとても大人しく、トラウマに悩まされる様子は全くなかった。


「そうですか。とにかく、怪しいと考えらるのは――」

「ヘルベルトだな」


 海外から婿むこ入りしてきた謎の人物、彼が夜刀神やとのかみの暴走に深く関わっているとしか考えられない。真守まもりはミヨクに訊く。


「みよ君はヘルベルトさんの研究について調べに来たのですよね。数日前からこの地に来ていたそうですが、何か有力な手がかりは掴んだのですか?」

「いや、まだ何も。奴が研究所として使っていた隠し部屋があるはずだから、それを探してるところだ」


 標山しめやま家の跡地は久遠くおん家が管理しているが、隅々まで調査したわけではない。例えば地下に部屋が眠っていたとしてもおかしくはない。それに標山しめやまの森の不可解な場所ならば真守まもりにも心当たりがある。


「分かりました。では、明日から……」


 真守まもりは言いかけて止めた。夜刀神やとのかみ真守まもりを介して実体化し、ミヨクを襲ったばかりだ。夜刀神やとのかみと繋がりやすい真守まもりが一緒にいるのは、ミヨク達からしたら危険だろう。案の定、エレンが鬼の形相ぎょうそう真守まもりを睨みつけている。


「絶対に大丈夫だと言っても、信じてくれませんよね?」


 先程はまさか夜刀神やとのかみが積極的に顕現けんげんしてくるとは思っていなかったが今は違う。夜刀神やとのかみが干渉をしてくる隙を与えるつもりはないし、それだけの霊媒の資質を真守は持っている。しかしそんなことはエレンの知ったことではないだろう。


「当たり前でしょ」

「エレン。落ち着けよ。真守まもりが絶対大丈夫って言ってるんだ。大丈夫だよ」


 ミヨクがなだめると、エレンは呆れたように溜息をついた後、再び鋭い眼差しを真守に向ける。


「お兄様に免じて、とりあえずは信用してあげるわ」

「ええ、任せてください」


 真守まもりは満面の笑みを浮かべ、片手で自分の胸を叩いてみせたが、エレンはつまらなさそうに視線を逸らすだけだった。仲良しまでの道は遠く険しそうだ。ミヨクは不安そうにその様子を眺めつつも、次の話題を切り出した。


「ヘルベルトについて調査に協力してもらうなら、真守まもりには魔術について詳しく説明しておかないといけないな」


 結局、真守まもりは言い出せなかった。ミヨクに霊視以外の霊媒能力がないのは確かなのだろう。可能性としてはかなり低い。それでも真守まもりが思い浮かべてしまう。


 夜刀神やとのかみの暴走の時、ミヨクに怪我がなかった。澄香すみかかばったからというのもあるだろうが、もう一つの仮説が成り立つ。その時間にミヨクは意識を失っていたのだ。


 ミヨクが夜刀神やとのかみに憑依されたと考えると、全ての辻褄つじつまが合ってしまうことを――。

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