第3章 過去と違う関係(1)
真守はミヨクと一緒にアイラ・メイスフィールド記念館を訪れた。再会してから初めての二人きりのデートだ。十年前はよく二人で標山の森で遊んでいたが、今ではもう二人で遊ぶことの意味合いが違う。ミヨクは十年前と同じ気持ちでいるかもしれないが、真守は違う。
これはチャンスだ。ミヨクは今のところメリッサのことが好きならしいとはいえ、このデートでポイントを稼ぐことができれば、ミヨクの気が真守に傾くかもしれない。肩入れしないと言っていたエレンも真守が出る時に「頑張って来なさい」と言ってくれた。
午前中は記念館の中でアイラ・メイスフィールドに関する伝説を見て回った。やはり以前にミヨクが言っていたように、アイラに対して否定的な意見も結構ある。魔術師の世界もそうでない世界も混乱に陥れたのだから、真守もその意見は仕方ないと割り切っている。
しかしアイラは魔術師の柵に囚われた悲劇のヒロインで、彼女が幸せになっていればよかったのにという声もたくさんあるらしい。記念館もそういう想いで作られ、アイラのような悲劇が繰り返されないことを願っているようだ。
真守はミヨクのことを思い浮かべる。アイラとは違う魔術系統とはいえ、ミヨクもアイラと同じ『白い魔女』だ。ミヨクが『白い魔女』であることは、今はまだ公にされておらず、真守を含め一部の人間の秘密になっているが、広く知られてしまえば、ミヨクもアイラと同じような危機にさらされてしまうかもしれない。
記念館に来て、何としてもミヨクを守り通さなければと真守は決意を新たにした。
正午になり、真守達は広場にやって来た。適当に空いているところを見つけて、レジャーシートをひく。そこで昼食をとることにした。昼食は真守が作ったサンドイッチだ。
ミヨクがサンドイッチを食べる。真守は固唾を飲んでその様子を見守っていた。食べていくにつれて、ミヨクの顔がほころんでいく。
「おいしいな、これ」
ようやく真守は安心できた。火輪山に行った時も作っていたし、もちろん味見もしている。しかしいざ二人きりのデートとなると、ミヨクの口に合わなかったらどうしようと不安で仕方なかったのだ。普段の料理当番の時よりも緊張した。
「ありがとうございます。喜んでいただけてうれしいです」
「お礼を言うのはこっちだって。真守も見てないで食えよ」
「そうですね。お言葉に甘えて」
真守もサンドイッチを手に取った。そして二人でサンドイッチをおいしく食べている時、見知った顔が見えた。記念館の方からやって来た彼女は真守達の姿を見て、意外そうな表情を浮かべた。
「あらっ……真守、それにミヨク。奇遇ね」
「ソニアさんですか。こんにちは」
ミヨクは普通に挨拶した。ミヨクと真守が立とうとしたところで、ソニアが「そのままでいいわよ」と言ったので、二人とも座ったままソニアを見上げる。
真守はちょっと嫌そうに顔を顰める。
「こんにちは。もしかして、みよ君に用があるのですか?」
真守がそう訊くと、ソニアも少し眉を顰める。
「そんなわけないでしょう。あなた達がここに来ているなんて知らなかったわよ。というか、あなた達ってそういう関係だったの?」
「そういう関係って……?」
ミヨクが訊くと、ソニアが視線を逸らした。真守の眼からは彼女の頬が少し赤くなっているように見える。ソニアが何を言いたいのか察しがつかないのか、ミヨクは首を傾げているが、真守にはすぐに分かった。
しかし真守は敢えて言わずに、ソニアが口にするのを待つ。
「その……あなた達が……恋人同士ってことよ……」
ソニアが恥ずかしそうに言うと、ミヨクが顔を赤らめる。そして焦ったように早口で言いだした。
「いやいや、違いますよ。真守は確かに大事な友人ですけど、そういう関係ではないです」
真守としては、はっきりと否定されてしまったことが悲しい。否定されること自体は仕方ないが、もう少し真守に気があるように言ってほしかった。しかしそこは、まだ真守の努力が足りていないということで納得するしかない。
ミヨクの言葉を聞くと、ソニアは安心したように真守には見えた。
「そうなの……。まあ、それならいいけど……」
何だか含みのある言い方だ。やはりソニアはミヨクのことが好きなのだろう、と真守は考えてみる。ミヨクとよく喧嘩しているが、二人の間には妙な信頼関係が感じられる。真守にとって恋敵になり得る存在だ。
真守はソニアに訊いてみた。
「では、どうしてここに?」
「ちょっと仕事で、今後お世話になるから、ここの館長に挨拶をしにきたのよ」
仕事については詳しく聞くことはできないだろうが、アイラ・メイスフィールド記念館の館長が関係しているということは、異世界生物に関わることなのだろうかと真守は考えてみる。
そこでミヨクが心配そうにソニアを見つめていることに、真守は気づいた。ソニアもそれに気づいたようで、面倒くさそうな素振りを見せつつミヨクに訊く。
「何よミヨク・ゼーラー? 私、何か変なことを言ったかしら?」
ソニアはいつも通りどこか挑発的な態度を取っているが、ミヨクはそれに腹を立てていないようで、むしろソニアを気遣うように話す。
「アイラ・メイスフィールド記念館に関係することって、まさか吸血鬼なんじゃ……」
ミヨクが何を心配しているのかは、真守には分からない。それでも、吸血鬼という単語を聞いて、真守も他人事ではないような気がしてきた。ミヨクは言わなかったが、『白い魔女』のことも頭に入れていたに違いない。
そんな二人の心配は裏腹に、ソニアはつまらなさそうに応じる。
「そうだけど……。大丈夫よ。あなたに迷惑が掛かるようなことではないわ」
ソニアの様子を見るに、本当に心配する必要はなさそうだ。しかしミヨクの心配は別のところにあったようだ。
「そうじゃなくて、『悪魔の門』に関わることじゃ……」
それを聞くと、ソニアの顔色が変わった。少し不機嫌そうに、それでもいつものようなミヨクに喧嘩を売る態度ではなく、あくまでミヨクの間違いを正すため説教しようとする姿勢だった。
「私はね、ヘンシェル教会の人間なのよ。『悪魔の門』に関わる仕事なんて山程あるわ。それに、私自身が『悪魔の門』になりえることなんて、ヘンシェルの血を引く者として当然自覚しているわよ。あなた、私をなめて……」
ソニアは言いかけて、何かに気づいたように言葉を止めた。そして片手で額を抑えながらこんなことを言う。
「ったく、メリッサから何言われたか知らないけど、あなた達が心配するようなことじゃないわよ」
今の会話で、以前にメリッサがミヨクに相談したことがソニアに関することだということが真守には分かった。ソニアのことをあまりよく思っていないミヨクまでもが心配するような事態がソニアの身に起こっているのだろう。それでもソニアが何に悩まされているかまでは想像できないし、そもそもソニアに悩んでいる様子は見られない。
その様子を見て、ミヨクも興味をなくしたようで、ソニアから目を逸らした。
「そうですか。別に、俺は心配してませんが……」
「あっ、そう……。なら、もしメリッサに会ったら伝えておいて。ソニアのことは心配要らないって。私が言うより、第三者のあなたが言った方があの子も納得するでしょ」
「分かりました」
それにしても、今日のミヨクはソニアに対しても素直である。ソニアと争おうとする雰囲気がまったくない。大人になったと言えば聞こえはいいが、やはりミヨクは何かを危惧しているという予感が真守には拭えなかった。
今度はソニアが質問をする。
「ところで、あなた達は普通に記念館の見学に来たの?」
「はい。みよ君が誘ってくれて。それで来たんです」
それを聞くと、ソニアは感心したような声を上げる。
「へぇ。ミヨクにもそんな気遣いができるなんて意外だわ」
「みよ君。とても気遣いのできる人ですよ」
ミヨクが何か言い返す前に、真守が言っておいた。この言葉には嘘はない。魔術師の国の新しい生活に困っていた真守を、ミヨクは手厚く助けてくれた。生活面においては、真守が何に困っているかをあらかじめ知っていたかのようだった。
ソニアは腑に落ちていないようだが、とりあえず真守は話を戻すことにした。
「私、アイラさんとルイスさんのことが知りたくて、それでここに来ました」
ミヨクとデートしたいという下心もあるが、『白い魔女』について知りたいという想いもとても強い。二人の道のりをよく知り、二人の幸せも痛みも体験したい。
真守の想いを聞いて、ソニアが少し嬉しそうに微笑んだ。そしてレジャーシートの空いているところを指して言う。
「ここいいかしら?」
「ええ、いいですよ」
真守が許可すると、ソニアは腰を下ろした。そして話を始める。
「そう……。アイラとルイスのことを知りに来たのね。なら、ここもいろいろ勉強になるけど、エヴォーダーにも行ってみてはどうかしら。記念館でエヴォーダーについても見てきたんでしょう」
「はい」
記念館で見た資料の中で、最も真守の印象に残ったのが、アイラとルイスが命を落とした場所だと言われているエヴォーダーと呼ばれている遺跡だ。アイラ達が生きていた時から遺跡だったらしい。かつて人々が住んでいたが、異世界からの侵入者によって滅ぼされたと言い伝えられている。
虚空間の中ではあるが、地上、つまりメイスラの外にある。とはいえ、メイスラから遠く離れているわけではなく、むしろメイスラから地上に出る門から十キロメートル程度しか離れていない。
当時、魔術連盟から逃げていたアイラ達が魔術連盟の総本山であるメイスラの近くに来たことには大きな理由があった。
「私もここに来て初めて知りました。アイラさんとルイスさんはこの世界で生まれてしまった吸血鬼を討ち滅ぼそうとしていたのですね」
アイラ程の戦闘能力と生命力を有した吸血鬼はアイラだけだった。しかし過激派によって生み出された吸血鬼はアイラだけではない。太陽光を浴びると燃えてしてしまい、理性のほとんどが欠如したという欠点はあるものの、高い身体能力と優れた回復能力を持った吸血鬼が何体も作られていた。それらを野に放ってしまうと世界は大混乱に陥ることは間違いなかった。下手をすれば、当時の科学力では吸血鬼の軍団を抑えることはできなかったかもしれない。
エヴォーダーには遺跡の奥にある洞窟に、吸血鬼が作られた研究所が隠されていたそうだ。アイラとルイスはそれを壊滅させようとしていた。
記念館でこのことを知った時、どうして今までそのことを教えてくれなかったと真守はミヨクに訊いた。童話としての『吸血鬼の魔女』には、アイラとルイスが吸血鬼を殲滅しようとしていたことは描かれていなかったからだそうだ。
「そうよ。もちろん、魔術連盟も吸血鬼を殲滅しようとしていた。しかしアイラのことは保護しようとしていたわ。私の先祖、セシル様もそうね。それでもアイラが魔術連盟を拒絶したのは、アイラが死ぬために保護を望まなかったからとも考えられる」
「それと、魔術連盟のことを信用できなかったか……」
真守は思いついたことを言ってみた。魔術連盟側のソニアは少しくらい不平を言うだろうと真守は思ったが、意外にもソニアはあっさりと頷いた。
「その可能性も高いわね。魔術連盟と言っても、全員が世界の秩序を望んでいるとは限らなかった。過激派の魔術師と同じような思想を持った奴はいたでしょうね。アイラを捕らえて、吸血鬼を増産しようと企んでいた奴もいたかもしれないわ」
真守にもよく分かる。異世界生物としてのアイラの血液は、魔術師にとって世界を揺るがせかねない貴重な兵器であるはずだ。上手く利用することができれば地上の世界を滅ぼすことが可能かもしれない。そんなものを欲しがらない人間がいないわけがない。
「結局、アイラはエヴォーダーで死んだわ。方法はあなた達なら分かるわね」
アイラは『白い魔女』によって、自身の血液を全て照応して、自分の身体から切り離した。吸血鬼の本体と別れた肉体は人間としての生命を維持することができず、アイラは死亡した。そのことは『白い魔女』の特性を知った真守達だから知ることができた事実である。
そこで、真守にある疑問が生じた。
「なら、アイラさんの血液は外に出たはずです。その血液は、一体どこに?」




