第2章 思惑と違う恋路(3)
ミヨクがメリッサに連れられて行った後、真守はとても苛立っていた。足で地面を叩きつけるように歩く。エレンもついているとはいえ、ミヨクと一緒に買い物に行こうとしていたのに、ミヨクを横取りされてしまったとしか思えない。
「一体何なんですか、あの女は! みよ君もみよ君です。のこのこついて行って。やっぱりああいうスタイル抜群な女に目がないんですね」
「確かに、お兄様はああいう巨乳な女の人が好きだし、真守が腹を立てるのも分かるけど、そのくらいにしておきなさい。言っておくけど、メリッサさんのことを悪く言うのは許さないわよ」
エレンに言われて気づいた。真守にとってのメリッサの第一印象は悪かった。男を誘惑して騙しそうな容姿をしていた。話し方や仕草も穏やかな感じだったが、どこか女の武器をふんだんに使っているようにも感じた。真守が苦手とするタイプの女性だ。とはいえ悪人とは言い切れないし、ミヨクやエレンが親しむ人間の悪口を言うべきではないだろう。
真守は足を止めた。真っ直ぐと立ってはいるが、視線を下に向け、肩を落としている。
「ごめんなさい。ちょっと、イライラしていました……」
「ちょっとどころじゃなかったように見えたけど、まあ、分かったならいいわ」
エレンは溜息を吐いてから話を続ける。
「さっきお兄様も言っていたけど、あの人が稀代の三席の一人、エレメンタルマスター、メリッサ・スプリングフィールドよ」
稀代の三席。ソニア・ヘンシェルやエドガー・テルフォードと並ぶ実力者。真守もその意味を理解していないわけがない。ソニア・ヘンシェルの戦う姿を見たことがあるし、エドガー・テルフォードと戦ったことがある。あの二人が強いことをよく知っている。しかしメリッサがあの二人と同等の実力を持っていると考えるには、真守には腑に落ちないことがある。
「エレメンタルマスターと言いますけど、具体的にどういうものなのですか?」
真守は魔術のことをよく知らない。そんな真守でも、ソニアの黒い炎やエドガーの細胞魔術は一目で見てもすごい魔術だと分かる。しかしエレメンタルマスターと一口に言われてもよく分からないのだ。
「五大元素は分かるでしょ。メリッサさんはその五大元素を全て使えるの」
火、水、空気、地、エーテル。五大元素は魔術の基本中の基本の属性である。その全てを使えるということはすごいと真守は一瞬思ったが、それでもやはり腑に落ちない。
「あれ……。でも、みよ君もエレンちゃんも火や水は使えますよね。五大元素を全て使えるってそんなにすごいことなのですか?」
「言い方が悪かったわ。メリッサさんは、五大元素全てが適正属性なの」
そう言われてようやく真守は理解した。つまり、五大元素全ての属性で、実戦で有効になるレベルの早さと質量の魔術を行使することができるということだ。そんなことはミヨクやエレンにはできないはずだ。確かにそれは優秀な能力だと納得できる。
「しかもどの属性に関しても、かなりの高水準の魔術を行使するわ。エーテル魔術にしても、お兄様に負けず劣らずというところね。他の属性も同じくらいだと思った方がいい。本人は、ただ五つの属性が上手に使えるだけだから、稀代の三席なんて自分には身に余るっていうけど、彼女も飛び抜けた天才よ」
真守はあえて言わないが、今の話を聞いている限りでは、メリッサの能力はソニアやエドガーと比べると劣っているように感じる。とはいえ実際にメリッサの魔術を見たことがないので何とも言えない。
真守がまた腑に落ちないような表情を浮かべていたのを察したのか、エレンがこんなことを言う。
「なんだか微妙な顔ね。あなたはピンと来ないかもしれないけど、適正属性が五つもあるというのは普通あり得ないことなのよ。しかもあの若さで。適正属性は普通一つよ。人間の脳か、それとも精神か、どっちが原因かはまだ判明していないけど、一つくらいしか、その性質を瞬時に再現し得るだけのイメージを保つことができないのよ。大抵は遺伝で決まるわ。長年の研鑽の末、適正属性を複数にする魔術師もいるようだけど、下手をすれば何十年も掛かるし、元の適正属性より劣ったものにしかならないから、あまり推奨されないわね」
その話は真守にもなんとなく分かった。霊媒の世界でも同じようなことが言える。霊体を自分に憑依させる心理霊媒能力と霊体を物質化する物理霊媒能力を両立することができる霊媒は存在する。しかし普通はどちらかを極めようとする。おそらく魔術で適正属性を二つにするよりは難易度は低いだろうが、それでも二つの能力を持つことに明確な利点がない限りは、あまり高くない二つの能力を持つより、高い一つの能力を持つ方が霊媒としては理に適っている。
「なら、どうしてエレメンタルマスターになったのでしょうか? それも遺伝的なものなのでしょうか?」
「まあ、遺伝的なものが大きいでしょうね。代々、メイスフィールド家は複数の適正属性を持つ家系だから。といっても、メリッサさんみたいに五大元素全てというのは珍しいらしいわ」
そこでエレンはくすりと笑いながら真守を見つめる。
「ずいぶん気になるのね?」
「気になるに決まっているじゃないですか!」
真守はつい大声を出してしまった。からかわれていることは分かったが、それでもエレンはそれ程悪いことを言っていない。怒鳴ってしまう方が大人げない。
「そんなに怒らなくていいじゃない」
「ごめんなさい……」
やはり真守は冷静ではいられない。ミヨクが好いていると言われている女性のことが気になって仕方ない。できるだけ情報を集めて、その女性に対抗できる力を身に着け、どうすればミヨクの気を真守の方へと惹きつけられるのかを把握したい。
「まあ、メリッサさんは複数の適正属性を持っているだけじゃなくて、もっとすごい能力があるの。同時に複数の属性の魔術を喚起することができるそうよ。この場合は、できて二つの属性らしいけど、それでも規格外ね」
それは今更解説する程のことなのだろうかと真守は疑問に思う。二つ以上の適正属性を持つのだから当然なのではないかというのは真守が魔術の素人だから思うことなのだろうか。
「それもやはりすごいのですか?」
真守が訊くと、エレンは真剣味を帯びた表情で答える。
「真守もそろそろ魔術師の価値観というものをもっと学んだ方がいいわ。そうしたら、メリッサさんができることがどれだけ異常かが分かるわよ」
真守は魔術師の価値観について考えてみる。しかし今の真守では、エレンが何を言おうとしているのか、メリッサの魔術の何がすごいのかが分からない。
エレンが話を続ける。
「二つの属性の魔術を同時行使するということは、諸説あるけど、並行世界の重なりを二つ同時に発生させている可能性があるの。本人も実際にどうなっているか分からないようだけど。とにかく、普通の魔術師とは違って、並行世界との繋がりを広げたり、異世界との繋がりを作ったりすることができる魔術師。そういう魔術師は『悪魔の門』って言われたりするわ」
また物騒な話になったと真守は思った。自分も夜刀神の独占権を持ち、神霊を具現化する能力を持っているので強くは言えないが、それでも異世界から悪魔を呼ぶ可能性があると言われると少し恐怖を感じてしまう。
「まあ、メリッサさんに関しては大袈裟に聞こえるかもしれないけど、ソニアさんに関しては真守もよく分かるわね。実際に魔界の炎を呼び出しているんだから。あの人は正真正銘『悪魔の門』よ」
なるほどと真守は思ったが、そもそもの本題を忘れるところだった。魔術の勉強ができたのは良いことだが、真守が知りたいのは学問的なことではない。確かに最初はエレメンタルマスターという言葉が気になって訊いたが、予想以上に話が長くなってしまった。
「ところで、みよ君とメリッサさんってどういう関係なのですか? みよ君は振られたって言っていたらしいですけど、先程の様子を見ると、脈がなさそうには見えなかったのですが……。過去に何があったのですか?」
真守は特に確信もなく、何気なく訊いたのだが、その質問を聞いたエレンが明らかに苦い顔をした。
「それは、私からは言えないわ。お兄様のことを想っているのだったら、あまり詮索しないであげて」
ミヨクとメリッサの関係を知りたかったが、軽々しく踏み込んではいけない内容だと真守は察せざるを得なかった。
それから真守はよく思い出してみる。エドガーと対峙した時、メリッサが生きているかどうかをエドガーがミヨクに訊いていた。ミヨクとメリッサはエドガーと戦闘を行い、メリッサがエドガーに深手を負わされたと考えられる。つまり話して気分の良いような過去ではなかっただろう。
「ごめんなさい。もう訊きません」
「ええ……。その方が助かるわ」
真守は改めて考える。ミヨクはメリッサと一緒に、過酷な戦いを切り抜けてきたのだろう。それよりも前から二人は仲が良かったのかもしれないが、それでも現状を見る限りでは、その戦いは二人の絆を深めたようにも見える。とても関係が破綻するようなことが起きたとは思えない。もしかしたら、二人が恋人関係になる可能性の方が高いのかもしれないとさえ思える。
「それでも……なんだか腹が立ってくるのですけど……」
ミヨクと共に命懸けの戦闘を生き延びたのは真守も同じだ。エドガーとの戦い、神奈や鎧武者との戦い、それらの戦いを経て真守はミヨクに恋心を抱くようになった。ミヨクも真守のことを異性として意識していてもおかしくないはずだ。
「私とメリッサさんの何が違うの……」
しかしミヨクが真守のことを異性として見ている兆候は、真守の目からはまったく見られない。相変わらず、仲の良い幼馴染としか思われていないに違いない。それとメリッサから相談を受けたとはいえ、ミヨクは真守よりもメリッサを優先した。その現実が真守にとってはとても腹立たしいのだ。
エレンがあっさりと言う。
「そう思い詰めない方がいいわよ。お兄様は、お人好しなところがあるから、悩みがあると聞いて飛んで行っちゃっただけよ。それ以上の意味は多分ないわ」
「それは……そうでしょうけど……」
エレンの言うことも分かる。ミヨクは単に困っている人がいたら放っておけないのだ。ミヨクのそういう性格を真守は理解しているはずだ。それなのに、どうしてもミヨクを奪われたと解釈してしまう。真守は分かっている。これはただの嫉妬だ。
やきもきした気持ちを抱きながら、真守は買い物をした。




