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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第3巻 悪魔の門
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第2章 思惑と違う恋路(2)

 ミヨクはメリッサに連れられて、小さな喫茶店に入った。そこの個室で、向かい合って座る。二人きりで食事をしたことは何回かあるが、メイスラでエドガーと戦い、メリッサが重傷を負ったあの事件の後では初めてだ。


「急に連れてきてごめんね。どうしてもミヨク君に相談したいことがあるの」

「いえいえ。気にしなくていいですよ。それで、相談って一体何ですか?」


 メリッサが再び危険な目に遭っているのであれば、ミヨクとしては力になりたい。とはいえ今のメリッサからは、困惑した気持ちは伝わるものの、危機感までは感じ取ることはできない。まだ心の余裕はありそうだ。


「そうね。それは食べてからゆっくり話しましょう。ここは私がおごるわ。遠慮しないで、好きなのを選んで」

「そんな奢りだなんて……」


 ミヨクは遠慮しようとするが、メリッサは笑顔を浮かべながら首を横に振る。


「いいのいいの。私が無理矢理連れてきたのだから。それくらいさせて」


 それでもミヨクは負い目を感じていた。年上とはいえ、女性に食事をおごってもらうのは少し気が引ける。ミヨクが黙っていると、メリッサは両手を合わせてミヨクに微笑ほほえみかけてきた。


「おねがい」


 そこまで言われてしまうと、ミヨクも言い返せなくなってしまった。


「分かりました。ありがとうございます」


 それから二人は普通に食事をした。パスタで有名な店らしく、ミヨクはミートソーススパゲティを、メリッサはカルボナーラを頼んだ。メリッサはもう少し料理を注文していいと言っていたが、ミヨクはさすがに遠慮した。


 二人ともそれぞれのパスタを食べ終えて、食後のコーヒーを飲み始めた頃にメリッサが本題に入った。食事の時は嬉しそうに微笑ほほえんでいたが、今は神妙な面持ちでミヨクを見つめている。


「じゃあそろそろ話すね。ソニアにね……縁談が来たらしいの。相手はウィーバリー家の次男、ケビン・ウィーバリーよ」

「そうですか。それはよか……」


 ミヨクは言いかけて止めた。メリッサに対して、縁談に関することで不用意な発言はするべきではない。以前、家が決めた婚約でメリッサは酷い目に遭った。最終的に死にかけたくらいだ。彼女が友達のお見合いのことで神経質になるのも分かる。


「すみません……。軽率でした」

「いいえ。まあ、縁談とだけ聞いたら良い話なのだけど、相手が問題なのよね。ウィーバリー家って、ミヨク君も知っているでしょう?」


 ケビン・ウィーバリー。ミヨクは彼と面識はないが、彼の弟なら知っている。クラスメイトだ。


「俺が知っているのは、アレン・ウィーバリーって奴だけです。あいつは、プライドが高くて、血統重視の、古い魔術師の典型みたいな奴ですね。あいつの家自体はよく知らないんですけど、同じようなものなんですか?」

「そうね。似たようなものよ。ケビン・ウィーバリーもそう。ソニアが一番嫌いそうなタイプね」


 ミヨクもそう思う。ソニアは、ソニア自身はヘンシェル家という名門の生まれで、どちらかというと魔術師の血統に恵まれているのだが、家柄や血統で魔術師の才能を判断せず、本人の実力や価値観を重視する。家と血で全てを決める人間は嫌っているはずだ。


「じゃあ、ソニアさんなら即刻断るような気がしますけど。ヘンシェル家の方が、立場が弱いわけでもないでしょうに」


 ソニアはかなり気が強い。気に入らないことは、はっきりと気に入らないと言う。ミヨクはそう思っているのだが、家の問題となると少し事情が違うのだろうか。


「最初はソニアも断ろうとしたみたいだけど、その……紹介してきた人が厄介で……LOCの人らしいの。ケビンもLOCに内定をもらっているという話だし……」


 LOCとは、The Laboratory of Off-world Creatureの略であり、異世界生物の研究所を意味する。魔術連盟直轄の機関であり、合法的に異世界生物の研究ができる。そんな機関に所属しようとする人間がソニアを狙っているということが何を意味するのかをミヨクはすぐに察した。


「まさか、『悪魔の門(デモンズ・ゲート)』を狙ってるんじゃ……」

「私もそう思うわ」


 メリッサの相談を聞いた当初は、メリッサの杞憂だとミヨクは思っていた。しかしLOCが絡んでいるとなると、メリッサが心配するのはとても納得がいく。もしかしたら、結婚という手段でソニアが利用されているかもしれない。メリッサと同じような目に遭うかもしれない。


「言っておいてなんですけど、まだそうと決まったわけじゃ……」


 ミヨクがそう言うと、メリッサは眉間にしわを寄せて大声を上げた。


「でもソニアが傷ついてからじゃ遅いのよっ!」


 ミヨクは自分の呑気さを恥じた。メリッサの気持ちをまったく考えていなかった。彼女はソニアのことを心配でミヨクに相談しているのだ。それを邪険にするようなことを言ってしまった。


 メリッサの方も反省しているようで、ミヨクに対して申し訳なさそうに頭を下げる。


「ごめんなさい……。ミヨク君に当たっても仕方ないわよね……」

「いえ。こちらこそすみませんでした」


 気まずい雰囲気が流れたが、とにかくはっきりさせないといけないことがあるので、ミヨクは思い切ってメリッサに訊いてみた。


「メリッサさんはソニアさんの縁談を邪魔したいのですか?」


 ミヨクが訊くと、メリッサは小さく、それでいてはっきりと見えるように強く頷いた。


「そうよ。万が一、ソニアがケビン・ウィーバリーと結婚でもしたら、ソニアが不幸になるだけよ」


 初めから分かり切っていたことだ。そんなことを考えていなければ、わざわざミヨクに相談を持ち掛けたりはしない。それでもミヨクはメリッサの無茶な行動を易々《やすやす》と許そうとは思えない。


「もう考え過ぎなんて言いません。けどLOCは連盟直轄の健全な組織だし、ケビンという人を疑うには何か証拠がないといけないと思うんです。それで何もないなら放っておけばいいじゃないですか。まだ結婚するって決まったわけでもないですし……」


 ミヨクがそう指摘すると、メリッサは自信なさそうにうつむいた。


「そうね。証拠なんてないわ……。それなのに私が先走ったら、ソニアの迷惑になるだけよね……」


 メリッサが冷静になってくれたようで、ミヨクは安心した。


 とはいえ、ミヨクとしてもLOCのことは気になる。ソニアはヘンシェル教会の人間であり、異世界等の存在がこの世界に及ぼす危険を排除しようとする立場にある。危険がないように制御しているとはいえ、異世界生物を召喚することを究極の目的と考えているLOCとは根本的に理念が合わないはずだ。ウィーバリー家もそれが分からないわけがないだろう。何か裏があると思うメリッサの気持ちも分かる。


 ミヨクが考えていると、メリッサがこんなことを言い出した。


「ねえ、ミヨク君はやっぱりソニアのことが嫌いなの?」


 なんとも今の状況で答えにくい質問がきてしまったとミヨクは思う。十分前くらいは楽しい昼食のはずだったのだが、いつの間にか喫茶店が取調室に変わったとすら感じる。


「嫌いっていうか……なんていうか……」


 ミヨクが言いにくそうに言葉を選んでいると、メリッサがしっかりとミヨクを見つめながら言う。


「悪口は言ってほしくないけど、嫌いなら正直に嫌いって言ってくれたらいいよ」


 そこまで言われたら、ミヨクとしても正直な気持ちで答えざるを得ない。


「確かに気に食わないところはたくさんあります。詳しく言うと悪口になるので言いませんが……。嫌いといえば嫌いです」


 気が強すぎるところとか、偉そうなところとか、可愛くないところとか、容赦なく黒い炎で殴ってくるところとか、気に入らないところは数え切れない。今まで彼女とのいざこざを考えれば好意が芽生えるわけがないとミヨクは思う。


「それでも、あの人のすごさは分かっているつもりです」


 ミヨクはソニアの実力を認めている。魔術師としての実力だけではない。まだ二十歳にもなっていないのに、ヘンシェル教会の一部を率いて、人々を救っている。ミヨクには、あと一年経っても、いや大人になってもできそうにない。


「俺は何度かソニアさんと戦ったことはありますけど、負けっぱなしです。悔しいけど、あの人は強い。ただ才能があるだけじゃなくて、かなり努力しているんだと思います。実戦経験も少なくないでしょうし」


 メリッサは真剣な顔でミヨクを見つめて、黙って聞いている。ミヨクはその様子をちらりと見てから話を続けた。


「でも、だからってソニアさんに負けっぱなしはすげぇ嫌なんです。なんだかよく分からないんですけど、あの人に勝ちたい」


 言いたいことは言い尽くしたと思い、ミヨクはおそるおそるメリッサの顔をうかがう。ミヨクの予想に反してメリッサはいつの間にか微笑ほほえんでいた。そしてこんなことを言う。


「ミヨク君はソニアのことを尊敬しているのね」


 ミヨクの思考能力は数秒間停止した。メリッサが使った言葉の意味が思い出せなくなったのだ。一度思い出したのだが、それが正しい意味だったか迷い、違うのではないかと考え直した。しかしもう一度考えて、尊敬という言葉の意味をしっかりと思い出した。


「いやいやいやいや。今の話で、どうして俺がソニアさんを尊敬してることになるんですか?」

「だって、ソニアを超えたいんでしょ。ソニアのこと、すごいって言っていたし。それは尊敬しているってことじゃないかしら?」


 メリッサが言うことだから一理あるのではないかとミヨクは流されかけたが、すぐにその考えを頭で否定する。


「そんなことないですよ。尊敬とは違います」


 ミヨクが答えると、メリッサはさらに嬉しそうに微笑ほほえんだ。


「ソニアもそうだけど、ミヨク君も変に素直じゃないところがあるわね」


 ミヨクは思い出す。真守まもりにも似たようなことを言われたことがある。本当はソニアのことが好きなのではないかと。そんなことがあるわけがない。そんな結論に至る人が二人もいることは、ミヨクにとって驚愕の事実だった。


「俺は率直な思いを言っていますよ」

「そうね。ごめんなさい」


 ミヨクは言い返すが、メリッサは楽しそうに笑うだけである。絶対にミヨクの言うことを信じていない。


 楽しく笑っていたかと思うと、メリッサは急に気が沈んだような弱い笑みを浮かべるようになった。


「とにかく、今のところは、私の相談には乗ってくれないということね」


 本題に戻る。ソニアに縁談が来ていて、その相手がソニアを利用しようとしているとメリッサは考えている。だから縁談を妨害するのをミヨクにも協力してほしいということだ。しかしその相手が明確に悪者だと断定できない以上、ミヨクとしてはメリッサに協力するつもりはない。


「はい。ごめんなさい」

「こんなこと言うと怒るかもしれないけど、私のことは助けてくれたのに?」


 確かにミヨクはかつてメリッサを助けようとした。それも命懸けだった。しかしそれには理由があった。メリッサは明らかに窮地に立たされていたし、ミヨクはメリッサのことが好きだった。そして他に決定的な理由がある。


「あの時はメリッサさんが、自分が助かるために俺を利用してくれたからです。俺に助けてくれと言ったからです。だから助けました」


 それはメリッサが望んだことだったからだ。しかしソニアは助けてもらうことを望んでいない。それが過去と現在の決定的な違いだ。


「そっか……」


 メリッサは悲しそうに俯く。まだ微笑ほほえみは保っているが、今日見た中で最も辛そうな表情のようにミヨクには見えた。


「なら、ソニアがミヨク君に助けてって言ったら、ミヨク君は助けるの?」

「はい」


 即答してから、自分が即答したことにミヨクは驚いた。自分は案外、ソニアのことを嫌っていないのかもしれない。よく考えてみれば、ソニアに助けられたことは何回もあるし、その借りをろくに返していない。彼女の助けになる機会があれば、喜んで助けになろうとさえ思える。


「そっか」


 メリッサはしっかりと顔を上げていた。未だ悲しみを帯びた微笑ほほえみを浮かべているが、先程よりは少し元気になったようにミヨクは感じる。


「分かったわ。その言葉だけで十分よ。ありがとう」


 メリッサの頼みを断るのは心が痛んだが、やはりこれはソニア自身の問題だとミヨクは自分に言い聞かせて、冷めたコーヒーを一気に飲み干した。

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