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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第3巻 悪魔の門
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第1章 童話と違う日常(4)

 真守まもりは夜遅くゼーラー家に帰って来た。平日の夕方は、ミヨクとエレンの師匠である灰川はいかわ琴音ことねの研究所で働いている。今日は琴音ことねの仕事を手伝っていたら、思いのほか遅くなってしまったのだ。途中、様子を見に来たエリザベスに、帰りが遅くなることを伝えさせた。その後に再びエリザベスが来て、ミヨクが迎えに来ようとしていることを伝えに来てくれたが、琴音ことねが家まで送ってくれることになった。


 夜の十二時を過ぎようとしている。灯りは消えているし、物音もしない。フォルトナー姉妹も誰も姿を見せない。真守まもりは自室に入ろうとしたが、そこで、ミヨクの部屋の扉が少し開いているのに気づいた。


「みよ君。起きているのですか?」


 なんとなく、ミヨクが起きているように感じて、真守まもりは扉の向こうに声をかけてみた。しかし返事はない。もしかしたらミヨクは帰って来ていないのかもしれないと思い、真守まもりは部屋をのぞいてみることにした。


「失礼します……」


 真守まもりはゆっくりと扉を開ける。その先には、やはりベッドで横になっているミヨクの姿があった。行儀良く眠っているようだ。


「なんだ……」


 ミヨクの睡眠を確認したところで、真守まもりは今度こそ自室に入ろうとしたが、ミヨクの寝顔が目に映った。暗いのでよく見えなかったので、もっとはっきりと見てみたいと思い、ミヨクの部屋に入る。異性が眠っているところに無断で入るなんて、なんだか夜這いみたいだと思ったが、ただ寝顔を見てみるだけだと真守まもりは自分に言い聞かせる。


 そして、ミヨクが眠るベッドのすぐそばまで辿り着いた。真守まもりはしゃがんで、ミヨクの寝顔を近くで眺めてみる。いつもの勝気な雰囲気は今のミヨクからは感じられない。


「かわいい……」


 真守まもりはミヨクの寝顔を見てうっとりとしている。とても大人しい寝息を立てているミヨクが愛おしく思えてきた。そして、ただミヨクの笑顔を見たいこととは別の欲求が芽生えてきた。


 しかし真守まもりは踏み止まる。寝ている人に口づけしようだなど言語道断だ。似たようなことで辛酸をめたことがあるのに恥ずかしい。真守まもりは首を横に振り邪念を振り払おうとする。その間に部屋へ近づく気配を感じた。


「誰ですか?」


 真守まもりが声を掛けた瞬間、扉か開かれる。


「誰ですか? じゃないわよ」


 来訪者の正体はエレンだった。エレンの後ろからフォルトナー四姉妹も顔を出している。泥棒などではなかったが、別の意味の危機が訪れたことを察する。エレンがとても怒っているように見えるのは真守まもりの気のせいではないだろう。


真守まもり

「はい」

「こっちに来なさい」

「はい……」


 真守まもりは大人しくエレンについていく。居間に来ると、真守まもりとエレンはテーブルを挟むように座った。エレンがまず口を開く。


「次やったら、追い出すわよ」

「はい。反省しています……」


 就寝中の兄の部屋に侵入されたら当然怒るだろう。怒る時はいつも声を張り上げるエレンが、今はとても静かだ。真守まもりはそのことにより一層の恐怖を感じる。


 エレンが苛立たしそうにこんなことを訊いてきた。


「それで、真守まもりはお兄様のことが好きなんでしょ?」


 真守まもりうつむいて黙り込む。エレンにはばれているだろうということは真守まもりには分かっていた。やはり恋心を抱いてからの真守まもりの態度は不自然だったのだろう。れた顔をミヨクにだけ隠していたのは、特にあからさまだったに違いない。


 とはいえ、ミヨクが好きであることを堂々と宣言する雰囲気でもないと感じ、真守まもりは黙っていた。そこでエレンはこう言う。


「まさか、好きでもない男の寝室に忍び込んで、いやらしいことをしようとしたんじゃないでしょうね」

「ごめんなさい……。好きです……」


 もう認めるしかない状況だった。真守まもりが白状した途端、エレンは溜息をついた。


「まあ、あんなことがあれば仕方ないわよね。あなたには、お兄様が王子様に見えているのでしょう。幼馴染っていうこともあるし、好きになるのは当然よね。分かるわよ、その気持ちは。私だって、お兄様じゃなければ恋人になりたいもの」


 エレンが頷きながら言うのを、真守まもりは上目遣いで見ていた。それは、真守まもりがミヨクを好きでいることを許して、応援してくれるということだろうかと淡い希望を抱いたが、それはすぐに崩れ落ちた。


「でも……、難しいわね……」


 エレンの一言で、真守まもりは立ち上がった。そして、テーブルから身を乗り出し、大声で問いかける。


「それは、どうしてです……あたっ……」


 真守まもりが言い切る前に、エレンは真守まもりの頭を小突く。


「うるさい。今何時だと思っているの。お兄様が今起きちゃうのは、あなたにとっても困るでしょ」


 真守まもりは頭を押さえながら座り直す。そして考える。エレンは何を難しいと言っているのか。真っ先に思い浮かぶのは、やはり真守まもり自身の問題だ。


「私が……人殺しだから……でしょうか?」


 真守まもりとミヨクには人間として決定的な違いがある。人殺しかそうでないか、だ。真守まもりはまだ十七歳だが、これまで殺人の経験がある。しかも一人や二人ではない。数十人も殺している。そのどれもが戦闘霊媒で、平和を脅かすような悪党だったが、それでも人間を殺したことには変わりないのだ。


 実際に真守まもりが人を殺しているところを、ミヨクとエレンも目撃している。特にその時のエレンは怯えてしまい、しばらくの間真守(まもり)のことを拒絶した。今では仲直りしたが、エレンは真守まもりの本性を忘れたわけではないだろう。


「違うわ。そういうことじゃないの」


 エレンは焦ったように片手を振って否定する。それから行儀良く両手を膝に置いてから話を続ける。


「あの時のことは、悪かったと思っているわ。真守まもりには真守の世界があるし、真守まもりが討つのは、本当に悪い奴だけだってことは分かっている。だからといって全く怖くないと言ってしまえば嘘になるけど、真守まもりのことを理解しようとしているつもりよ。私もお兄様も……。だから、そういうことじゃないの」


 エレンがそう言ってくれることは真守まもりにとって嬉しかったが、それならば何が問題なのかと真守まもりは考えた。そして、もう一つ決定的な問題が思い浮かんだ。


「では、私が霊媒……エレンちゃんのいうミディアムだからでしょうか?」


 ミヨクは魔術師で、真守まもりは霊媒だ。違う能力を持つ者同士だから結ばれないのかと真守まもりは思ったが、エレンはあっさりと首を横に振った。


「いいえ。今は魔術師とミディアムが結ばれることは少なくないわ。確かに今でも差別意識が強くてミディアムとの結婚を嫌う魔術師もいるけど、一昔前に比べたら、そういう差別意識はかなり少なくなっているらしいわ」


 エレンは一度瞼を閉じてから、真剣な眼差しを真守に向けた。


「そういうことじゃないの。難しいとは言ったけど、理由はそんな込み入ったものじゃなくて、とても単純なものなの」


 真守まもりはさらに分からなくなったが、次にエレンが口にした言葉を聞いて、どうして今までそんなに単純なことが思い浮かばなかったのだろうと自分で自分を呪った。


「お兄様ね……。好きな人がいるの」


 ミヨクには好きな人がいる。聞いてから三秒間は、とても信じられないような出来事だと思ったが、その後真守(まもり)は妙に納得することができた。


「そうですよね。そもそも彼女がいないのが不思議なくらいですもの……。そうですよね……」


 ミヨクのような素敵な男の子なら、真守まもりよりも素敵な女性を好きになるのは当然かもしれない。そう思うと、真守まもりには知りたくて仕方ないことができた。


「みよ君の好きな人って、どういう人なのですか?」


 真守まもりの恋敵となる人物だ。知らないわけにはいかない。敵を知り、対策を立てればまだ勝機はあるはずだ。真守まもりは真剣な眼差しでエレンを見つめる。


 対するエレンは溜息をつきながらも、あっさりと話は始めた。


「稀代の三席という言葉なら、以前に聞いているわね」

「はい。ってまさか、ソニアさんですか?」


 やはり、ソニアのことを悪く言っているのはミヨクの照れ隠しだったのかと、真守まもりは考えを巡らせる。ソニアの方もミヨクのことを認めているし、恋心があってもおかしくない感じだ。ただ、お互い素直になれないでいるようなので、対策はいくらでも立てられる。しかしその考えは違うようで、エレンはまた溜息をついた。


「そんなわけないでしょ。落ち着きなさいよ。というかソニアさんなら、こんな前置きしないわよ。ソニア・ヘンシェル、エドガー・テルフォード、あなたの知っている稀代の三席はこの二人だけでしょ」

「確かに……言われてみれば……」


 以前から真守まもりも気にはなっていた。しかし真守まもりとしては今まで知る必要がなかったので訊かなかった。


「お兄様の好きな人というのは、もう一人の稀代の三席、エレメンタルマスターのメリッサ・スプリングフィールドという人よ」


 メリッサという名前なら真守まもりも聞いた覚えがある。確かエドガーと遭遇した時に出てきた名前だ。稀代の三席ということはソニアと同い年、つまりミヨクにとっては年上だ。


「みよ君って年上好きなんですか?」

「おそらくそうね」

「その方は巨乳ですか?」

「ええ。ソニアさんより大きいと思うわ」


 真守まもりは頭を抱えて俯いてしまった。ソニアの胸も相当大きいと思うが、それよりも大きいとなると、もはや太刀打ちできそうにない。それでも真守まもりにはもう一つ、さらに落ち込む結果になりかねない質問がある。


「それで、みよ君とそのメリッサっていう人は、恋仲になりそうなのですか?」


 もし答えが肯定ならば、ミヨクに恋をして一か月も経たない内に、絶望の淵に立たされることになる。しかし真守まもりにとって幸か不幸か、エレンの答えはとても曖昧なものだった。


「お兄様とメリッサさんは両想いだと私は思うのだけど……。いろいろあったから、絶対にメリッサさんもお兄様のことを意識しているはずだし……。でもお兄様は、メリッサさんに振られたって言うの。その割には、二人が会ったら仲良く話すのよね」

「そうですか……」


 真守まもりは考察する。ミヨクが振られたということは本当だろう。そんな嘘をつく理由が思いつかない。ならば、今はミヨクが片想いをしているだけだ。これからいくらでも逆転できるはずだ。


「なら、私がみよ君の恋人になってみせますので、エレンちゃん……」

「言っておくけど、あなたの肩は持たないわよ」


 エレンならば自分の味方になってくれると真守まもりは思っていただけど、エレンの拒否は意外だった。しかし考えてみれば、理由はすぐに思いついた。


「やはり、私が人殺しだから……」

「だからそういうことじゃないわよ。いい加減そのことで自虐するのはやめてちょうだい。私やお兄様の言うことが信じられないのかしら?」

「ごめんなさい……」


 さすがにミヨクやエレンに失礼だと真守まもりは反省した。真守まもりの事情を理解しようとしているのに、それをないがしろにする発言だ。


「なら、どうしてですか?」

「私もメリッサさんのことを良い人だと思っているからよ。お兄様がメリッサさんを選ぶと言うのなら、私はそれで構わないわ。ああいうお姉様もいたら嬉しいし」


 それはそうだ。真守まもりに拘る必要はないというだけの話だ。ミヨクが誰の恋人になるのかは、あくまでミヨクの問題であり、その女性が優れた人ならばエレンとしては文句がないだろう。


 真守まもりうつむいていると、エレンが彼女の額を指で突いてきた。見てみると、エレンは優しそうな微笑ほほえみを浮かべている。


「でもそれはあなたにも言えることよ。真守まもりがお姉様になるのも、私としては楽しみよ」


 その言葉を聞くと、真守まもりも少し元気が沸いた。まだ可能性はゼロではない。むしろ真守まもりの頑張り次第では、真守まもりの願い通りの結果になるかもしれない。そう思うと、不思議と笑みまでこぼれてくる。


「はい。頑張ります」


 今夜は、悪夢を見る心配はなさそうだと思いながら、真守まもりは寝室へ入っていった。

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