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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第3巻 悪魔の門
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第1章 童話と違う日常(2)

 真守まもりは夢を見ていた。


 そこは標山しめやまの森で、真守まもりは草原で一人たたずんでいる。制服姿で、何も持っていない。どうして森の中にいるのかも分からず、ただ立っているだけだ。とにかく歩き出そうとした時、前方から二人の人影が見えた。


真守まもり。そこにいたのか」

真守まもり。こっちにおいで」


 真守まもりの両親だ。二人は笑顔でこちらに向かってくる。真守まもりも何の違和感も覚えずに両親の元へと駆けていく。


「父さん。母さん」


 そして真守まもりは両親のすぐそばまで来た。真守まもりも笑顔で両親に話しかける。


「父さん母さん。聞いて。みよ君とまた会えたの。魔術師になっていてびっくりした。それで友達ができたわ。みよ君の妹のエレンちゃん。最初はなついてくれなかったけど今では仲良くなれたよ。ソニアさんっていう人もとても可愛らしくて良い人で、もっと仲良くしたいわ。龍水りゅうすい家とも最近関係が良くなったし、特に鈴花すずかちゃんとは恋バナを話せるようになったくらいよ。今はね、みよ君の助けるために外国に来ているの。魔術師の国よ。不便なことも多いけどとても楽しいわ」


 真守まもりはとにかく話した。流れるように言葉が出ていった。真守まもりが嬉しそうに話すのを両親は微笑ほほえみながら聞いていた。


「そうか。それはよかった」


 父がそう呟く。真守まもりが笑顔をうなずこうとしたその時、父の表情が変わった。笑顔のままだが、目が笑っていなかった。


「それで、紅城べにしろ神奈かんなは殺したのかい?」


 そこで夢の中の真守まもりは気づいた。両親は既に死んでいて、神奈かんなが両親を殺したのだ。そのことに気づいた瞬間、両親の顔が腐りはじめた。


 今度は顔が腐り始めた母が言う。


「私達のかたきは殺してくれたの?」


 真守まもりは後退しながらも両親の顔から視線を逸らすことができなかった。


「あの時は、みんなを守るために仕方なかったの……。今度会ったら必ず殺すから……」


 ますます腐り落ちていく両親の顔を前にして、真守まもりは涙を流す。なんとか言葉を振り絞ったが、やがて顎が震えて何を言えなくなった。


「それはいつになるんだ?」

「いつになったら復讐してくれるの?」


 両親の顔から眼球が零れ落ち、頭蓋骨が見えるようになってきた。その頭蓋骨も溶けて、脳みそが見えるようになってくる。


「いや……。待って……」


 ついに真守まもりは尻餅をついた。そこから立ち上がることはできない。涙を流し続け、ろくに後ろへ動けなくなっても、両親の顔から眼をそむけることはできなかった。両親も真守まもりの位置に合わせて顔を下げる。というより、身体が崩れ落ちて、頭が落ちた形になった。


「お前だけ幸せな思いをして、僕達の復讐は果たしてくれないのか?」

真守まもり……。どうして紅城べにしろ神奈かんなを殺してくれないの? どうして私達の復讐をしてくれないの?」


 両親の顔だったものが真守まもりの顔に触れそうなほど接近した時、真守まもりは目を覚ました。


「いやぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!」


 覚醒と同時に身体を起こして絶叫する。


 そして真守まもりはシーツの投げ飛ばし、ベッドから飛び降りた。四つん這いになって部屋の隅へ駆け込む。それから壁に背をし、両手で頭を抱えてうずくまってしまった。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 それは謝罪というよりかは呪詛だった。ごめんなさいという言葉を口にする度に自分自身の罪を心に刻みつけているようだ。


真守まもり! どうしたの?」


 エレンの声がしたのを真守まもりは耳にしたが、脳が認識していなかった。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

真守まもり! しっかりしなさい。私よ。エレンよ」


 真守まもりの身体が揺さぶられる。しかし真守まもりは謝ることを止めない。


 しばらくすると扉が強く叩かれた。


「どうした真守まもり?」

「お兄様。入って来て。真守まもりの様子が変なの」


 ミヨクも入ってきた。足音もする。それでもやはり、真守まもりはその声をただの音として耳にするだけで、自分が呼ばれていることに気づかない。


「ごめんなさいごめんなさい……」

真守まもり。おい真守まもり。しっかりしろ。真守まもり!」


 そこでようやく真守まもりはミヨクの言葉の意味を理解することができた。頭から手を離して、ミヨクとエレンの顔を見る。二人共とても心配そうに真守まもりを見ていた。涙を流し、よだれが垂れたままだ。髪の毛もぼさぼさだろう。こんな姿を、特にミヨクには見られなくなかった。こんな醜い姿を見せたら嫌われてしまう。そんな真守まもりの恐れとは裏腹に、ミヨクの表情からは嫌悪感がうかがえなかった。


「あの……。みよ君……。これは……」

「落ち着いたか……。何か飲み物持ってくる。何がいい?」

「なら、冷たいミルクをお願いします……」


 真守まもりがそう答えると、ミヨクは安心したかのように微笑ほほえんだ。


「分かった。エレン。それまで真守まもりを頼む」

「ええ、分かったわ」


 ミヨクが部屋を出ていく。するとすぐにエレンが真守まもりの手を握る。


真守まもり。ベッドに座りましょう。さあ、立って」

「はい……」


 真守まもりはエレンに助けられながらも、立ち上がり、ベッドまで移動した。そしてゆっくりと腰を下ろす。


「ごめんなさい……」


 今度の謝罪はしっかりとした謝罪だった。真守まもりがそう言うと、エレンは取り出してきたタオルで真守まもりの目元と口を拭き始めた。涙とよだれが拭き取られるまで真守まもりは抵抗しなかった。


「謝るならせめて顔を拭いてからにしなさい。そんなかわいそうな顔のまま謝られたら、怒るに怒れないわ」


 全く怒る気がなさそうな、涼しそうな表情でエレンが言う。そこで扉がノックされた。エレンが真守まもり一瞥いちべつし、真守まもりが首を縦に振ってから、エレンが応じる。


「お兄様。入って来ていいわ」


 エレンがそう言うとミヨクが部屋に入った。マグカップをトレーに乗せて運び、真守まもりの前まで来る。


「どうだ。落ち着いたか?」

「はい」


 真守まもりはマグカップを受け取る。「いただきます」と言い、牛乳を一気に飲み干した。唇の端からこぼれた水滴を手で拭ってからマグカップをトレーに置く。普段の真守まもりでは考えられないような行儀の悪さだが、そうでもしないと夢で見た光景が、五年前に起きた悪夢が鮮明に蘇りそうで嫌だった。


「みよ君もごめんなさい。ご迷惑をおかけしました」


 そう謝りながらも、真守まもりはミヨクの顔を見ることができなかった。それでもミヨクはしゃがむのは見えた。視線を合わせようとしているようだ。


「一体どうしたのか教えてくれないか?」

「たまに、夢に見るんです」


 おそらくミヨクは、無理に聞こうとはしていないだろう。真守まもりは彼の口調の優しさから感じ取ることができた。それでも、真守まもり本人も驚くほど迷いなく言葉が出た。


「両親が死ぬ夢です。父さんと母さんが会いに来てくれて、最初は楽しいことを話して、父さんも母さんも褒めてくれるのですけど、突然、復讐を望むのです。紅城べにしろ神奈かんなを殺せと。どうしてまだ殺してないんだと。そして段々と、二人の顔が崩れていく。けど、二人の怨念が大きくなっていく。そういう夢です」


 それは、自分が復讐心に縛られ続けている証だと真守まもりは思っている。いや、そう思い込みたいのだ。そうでないと、想像したくもないことを勝手に想像してしまいそうになるからだ。ただ、今はミヨク達に聞いてもらうことにした。


「この夢を見ると、両親は私が復讐を遂げることを強く望んでいると考えるようになります。私が神奈かんなを殺さない限り、私に平和な日常を、幸せな未来を得る資格はないと。そう考えざるを得なくなるのです」

「そんなことっ……」

「エレン」


 エレンが真守まもりの言葉を否定しようとしたが、ミヨクがそれを制した。彼の悲痛そうな表情から察するに、エレンを止めはしたもののミヨクも彼女と同じ気持ちなのだということが真守まもりには分かった。


 真守まもりも分かっている。復讐することはもしかしたら望んでいるかもしれない。戦闘霊媒として神奈を討つことも望んでいるかもしれない。しかし復讐のために真守まもりの幸せを全て捨てることまでは、あの優しい両親が望むはずがない。


 頭では分かっているのだが、真守まもりにはどうしてもその邪念を拭い去ることができない。


「しばらく見なかったので、もう大丈夫だと思っていたのですが、この間、神奈かんなに遭遇したのでぶり返してしまったのでしょう」


 なんにせよ、いつまたこの夢を見て、発狂してしまうかどうか分からない。ならばするべきことは一つだと真守まもりは考える。


「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。こんな醜態を晒した以上、みよ君達の家にお邪魔するわけにはいきません。自分で部屋を借ります。お金ならなんとかなりますから……」

真守まもり


 そこでミヨクが真守まもりの腕を掴んだ。しっかりと真守まもりの瞳を見つめながら言う。


「この家にいてくれていい。そんなことで家から出ていく必要はねぇよ」


 ミヨクの厚意は嬉しいが、それでも真守まもりは甘えるわけにはいかないと思う。


「でも……」

真守まもり


 ミヨクはもう一度真守(まもり)の名前を呼ぶ。真守まもりがミヨクの厚意を拒もうとしているのを察したのか、鋭い眼差しで真守まもりを見つめている。


真守まもり。確かに俺達は、お前がいるような過酷な世界を知らない。お前の気持ちに完璧には寄り添えないかもしれない。けど、俺もエレンも、お前の力になりたいと思ってるよ」


 ミヨクがそう言うのに合わせて、エレンは首を縦に振った。


「だからここにいてくれ。お前にはいてほしいんだ」


 真守まもりがいないとミヨクのエーテル欠乏症が進行するので、真守まもりはこの地にいる。しかし今ミヨクは、自分の身体のこととは関係なしに、真守まもりにはいてほしいと言っているのだと、真守まもりは察した。


 折角涙を拭いたのに、再び泣きそうになる。真守まもりはベッドから降り、正座をした。そして深々と頭を下げる。


「ありがとうございます」


 二人には感謝してもしきれない。これで足りるかは分からないが、せめてもの誠意を示すために、真守まもりは床に平伏した。


 真守まもりの土下座を見て焦ったのか、ミヨクとエレンからは困惑気味な声が上がる。


「待て待て。分かった……。分かった……な。だから、土下座なんてするなって」

「そうよ……。ね……。気持ちだけ受け取っておくわ」


 二人に言われたら仕方ないと、真守まもりは頭を上げた。それを見て、ミヨクもエレンも安心したような素振りを見せる。


 それからミヨクがこんなことを言い出した。


「まあ、さっき言った通り、真守まもりの力にはなりたい。ただ、早速こんなことを言うのは情けないと思うけど、俺達じゃあ、真守まもりの悩みにちゃんと応えられないかもしれない」


 それは仕方ないと真守まもりは思う。両親を殺された経験を持つ人間は、魔術師の中でも少ないだろう。ミヨクは夜刀神やとのかみに父親を殺され、その事件が原因で母親を亡くしたが、真守まもりとは事情が異なるし、復讐心も持っていないようだ。


「仕方ないですよ。私みたいな人殺しとは違いますもの……」

「だからそう卑屈になるなって」


 ミヨクの言うことに関しては素直に受け止めて反省する。ミヨク達が真守まもりの境遇を理解してくれようとしているのに、それを無碍むげにするところだった。とはいえ遠慮せずにミヨク達を頼ることも気が引ける。


真守まもりが両親のかたきに復讐したいと思っていることに対する俺達の気持ちは、火輪山ひわざんで話した通りだ。あれからは何も変わってねぇ。でも、それで全て納得したわけではないだろ。もしモヤモヤした気持ちがあるなら、一回ヘンシェル教会に行って、クレメンス先生に相談するといい。あの人なら俺達よりも親身になってくれるはずだ」


 ヘンシェル教会は魔術に関する犯罪を阻止する組織だ。真守まもりのように悪人に愛する人を殺された人が所属していても不思議ではない。それにクレメンスがただの正義感の強い人ではないことは真守も薄々勘付いていた。


「詳しいことは俺から話すべきことじゃないけど、クレメンス先生も真守まもりと似たような経験をした人だ。だから、あの人に話してみると、俺達とは違う見方ができるだろうし、多分俺達に話しにくいことも話せると思うよ」


 そこまで言って、ミヨクは申し訳なさそうにうつむいた。


「人任せにするのは情けないと思うかもしれねぇけど……」

「いいえ」


 ミヨクが言い終える前に、真守まもりは否定した。なんとか笑顔を作って、ミヨクとエレンを安心させ、同時に感謝の気持ちを伝えようとする。


「ありがとうございます。とても助かります。早速今日行ってみます」


 過去の呪縛を少しでも軽くするために、そしてミヨクやエレンとの距離を少しでも縮めるために、真守まもりはヘンシェル教会に行くことを決めた。

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