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ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第3巻 悪魔の門
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第1章 童話と違う日常(1)

 魔術師の国、メイスラ。イギリスのとあるところの地下に広がる、地上の世界では公にされていない、魔術師によって構成される国家だ。真守まもりはこのメイスラの地に足を踏み入れた。


 ミヨクはエーテル欠乏症という難病を患っており、その症状を抑えるために真守まもりはいる。真守まもり夜刀神やとのかみの独占権を得たことで、ミヨクの身体と魂に夜刀神やとのかみのエーテルを仲介させることを試みた。しかしミヨクと真守まもりが離れて暮らせば、その効果が薄まってしまう。そのため真守まもりはミヨクの近くで生活することにしたのだ。真守まもりの思惑通り、今ではミヨクが意識を失うこともまったくない。


「みよ君。エレンちゃん。食事の用意ができました」

「ああ、分かった」「ええ」


 真守まもりは今、ミヨクとエレン、つまりゼーラー家と一緒に住んでいる。家事は当番制で、三人が順番に持ち回っている。メイスラで暮らし始めて数日間は、真守まもりは家事をこなすことに苦労した。今まで暮らしていた地上の世界から、生活環境が一変してしまったのだ。


 魔術師の国では、機械をほとんど使わない。掃除に掃除機は使わない。洗濯に洗濯機は使わない。キッチンに電磁調理器などあるわけがない。今まで家事をこなしてきた真守でも、機械に頼ってきたため、機械を使えない状況に困惑した。それでもミヨクとエレンの助力もあって、段々と魔術師の国の生活にも慣れていった。


 真守まもりはエレンに声を掛ける。


「エレンちゃん。今日も、火の方、ありがとうございます」

「どういたしまして」


 魔術師の国での家事において真守まもりが最も苦慮したことは、火を起こすことだ。掃除はほうきとちり取りを使えばいいし、洗濯は手洗いをすればいい。機械に頼らなくてもできる。しかし火起こしは真守まもりの力だけでは難しい。


 魔術師の国では、基本的に魔術で火を起こす。火を含む五大元素の魔術は、それが適正属性であるか否かに関わらず、ほとんどの魔術師が行使することができ、生活のために用いられる。ただ適正属性でなければ、魔術を行使するのに時間が掛かり、戦闘では使い物にならないというだけの話だ。


 もちろん真守まもりは道具を使わないと火を起こせないが、そのために道具を揃えるより、火に関しては従来通りミヨクとエレンが担当する方がいいという結論に至った。


 そして三人は夕飯を食べる。真守まもりが作った料理は、肉じゃがだ。意外にも、醤油もみりんも近くの店で売られていたので簡単に作ることができた。


 食事中、ミヨクが真守まもりにこんなことを訊いてきた。


真守まもり。学校の方はもう慣れたか?」


 真守まもりはミヨクの療養を手助けするためにメイスラに来ている。とはいえ表向きは留学生だ。ミディアムが通う学校で、留学生としての待遇を受けている。


「はい。やっぱり日本と外国で霊能力の考え方が違って、学ぶことが多いです」


 ミヨクと再会した時に霊能力の話をしたことを真守まもりは思い出す。あの時は、振動数やエーテルといった言葉が分からなかった。しかし今では、違った観点から霊能力を勉強し直すことで、さらに理解が増したように感じる。


「クラスメイトとは上手くやってるか?」

「はい。みんな良い人達ですよ」


 突然現れた留学生なので、きっとうとまれるだろうと真守まもりは思っていた。しかし真守まもりの予想と反して、クラスメイトは親切で、真守まもりにいろいろ教えてくれる。まだ英語が不慣れな真守まもりに対しても、優しくゆっくりと話してくれる。


「ミディアムが地上の日本ではあんまりよく思われてないのは知ってるけど、魔術師の国のミディアムは良い人が多いぜ。魔術師と違って、家柄とか素質とか小さいこといちいち気にしてないからな。心が広い人ばかりだ」

「私達の学校とは大違いね。うらやましいわ」


 ミヨクとエレンはそれぞれの学年で最優秀のクラスに所属している。しかし最優秀のクラスは通常、家柄が良くなくては入ることができないらしい。二人共実力があって最優秀クラスに所属しているにもかかわらず、没落している家の人間にはふさわしくないとうとまれることも多いそうだ。


「そういえば今日、異世界生物学の授業で吸血鬼の話が出たんですよ。おとぎ話みたいでとても面白かったです」


 魔術師の世界で異世界と言うと、この世界とはまったく異なる生態系や法則で成り立っている世界のことを指す。俗に言う悪魔や吸血鬼が存在しているような世界で、魔界と呼ばれることもある。


 ミディアムの学校では、魔術に関することを学ぶことは少ないが、異世界に関することを学ぶことは多い。魔術師は魔術の研鑽を重点に置いているが、ミディアムは霊能力の研鑽けんさんよりも、別の世界と繋がることを重点に置いているようだ。


「いや……真守まもりがそれ言う?」

「それはそうでしょう。全然違う世界ですよ」


 確かに夜刀神やとのかみという霊体を掌握している真守まもりがおとぎ話と表現するのはおかしな話かもしれないが、真守まもりからすれば、異世界に存在している生命体は空想の産物に近い。霊媒がいなければ現世に干渉することができない霊体はいくらでも見てきたが、異世界の生物はまだ見たことがない。


「まあ、俺も異世界生物は見たことねぇけど、吸血鬼は今でも存在している可能性は十分にあるって話だからな」

「吸血鬼って……確か、元は液体だったのでしたよね?」


 真守まもりの質問に対して、ミヨクが頷く。並行世界や異世界とのわずかな重なりを利用して、物資をこの世界に照応するのが魔術であるということは、真守まもりは以前から聞いているし、メイスラに来てからもある程度学んだ。重なりが小さいので大きな物質を一度に移すことができず、無数にある世界から少しずつ物質を集める。だから原則的には、他の世界の生物をこの世界に呼び寄せることはできない。


「そうだ。だからこの世界に召喚されて、アイラ・メイスフィールドという吸血鬼が生まれた」


 吸血鬼は液状の生命体の集合体であったため、魔術でもこの世界に呼び寄せることができた。そして吸血鬼は他の生物に寄生して、不老不死の人間を作り上げた。


「そして、この世界に照応する可能性がある異世界生物だ」


 真守まもりは言われて気づいた。ミヨクが言ったことではない。それは授業でも習ったことで、真守まもりもよく覚えている。真守まもりが気づいたのは、異世界生物学をおとぎ話のようだと言ったのは大きなあやまちだったということだ。


「でも、そんな魔術を使える人が現代にいるのですか?」

「異世界の生物を照応する魔術師は知らなくても、異世界の物質を照応する魔術師なら真守まもりも知ってるだろ」


 真守まもりはすぐに思い出した。黒い炎。この世界に存在するはずのない。物質は燃やさないが、精神を焼く魔界の炎。


「ソニアさん……」


 真守まもりが呟くとミヨクは首を縦に振った。


 ソニア・ヘンシェル。稀代の三席の一人。ヘンシェル教会をたばねるヘンシェル家の魔術師。普通の魔術師では到達しえない、この世界とは性質がまったく異なる世界の物質を照応する魔術を行使する。


「彼女なら、吸血鬼も呼べるということですか?」

「まあ……可能性はあるな。魔界の物質を喚起するだけの能力はあるんだから。といっても、ソニアさんはそんなことしようとは思わねぇだろ。真守まもりも習っただろうけど、異世界生物の研究は魔術連盟直轄の機関でしか認められないから、ソニアさんはやりたくてもできない。やったら終身刑だろうからな」


 それは真守まもりも知っている。異世界生物の召喚を試みることは禁止されている。魔術連盟が管理していないところで異世界生物が召喚されたら、アイラ・メイスフィールドのような悲劇が繰り返されてしまうからだ。しかし魔術師としては研究を全くしないわけにもいかないので、魔術連盟は異世界生物の研究をするための機関を設立した。その機関に入ることを希望している魔術師やミディアムはとても多いそうだ。


「まあ、そもそもソニアさんはあまり興味なさそうですけどね」

「言えてるな」


 真守まもりとミヨクがそう言いながら笑みを零すが、そこへエレンが話に入ってきた。


「でも、ソニアさんを利用したいと思う奴はいるでしょうね。機関の人間でなくても、そうでなくても」


 エレンが言うことは、真守まもりにもなんとなく分かる。ソニア程の能力を持つ者は魔術師の中でも珍しいのだろう。戦闘霊媒の世界でも、強大な神霊を掌握できる程の実力者は少ない。そしてそういう実力者を取り入れようとする勢力は少なくない。


「まあ、でもあんなきょうぼ……」


 ミヨクが言いかけて、真守まもりを少しだけ見遣った。


「強い人を利用しようなんて、無謀すぎると思うけどな」


 ミヨクが凶暴と言いかけたことを真守まもりは察していた。普段から真守まもりがソニアに対する悪口を良く思っていないことをミヨクは思い出したようだ。


「まあでも、ソニアさんだけなら付け入る隙はありそうですけど」


 真守まもりからすると、ソニアは確かにかなり高い戦闘力を持っているが、いろいろと甘いところがある。強すぎる正義感があだになって、悪人にそこを利用される姿は想像にかたくない。


「そうか……。でもクレメンス先生がいるから大丈夫だろ」


 ミヨクの言葉に真守まもりは納得した。クレメンスならば、経験の浅そうなソニアを上手く支えるだろう。


「そうですね。異世界の生物とも交流ができればいいのですけどね」


 これは真守まもりの純粋な気持ちだ。霊媒として霊体と共に生きている。その延長で、異世界の生物とも仲良くできないかと考える。


 しかし真守まもりの言葉に対するミヨクとエレンの反応は良くない。エレンが苦々しい表情を浮かべながら言う。


真守まもり……。魔術師にとって異世界の生物は、地上を攻めるための手段よ。吸血鬼の、白い魔女の物語をよく知るあなたなら分っているでしょう。あまりそんなことを言わない方がいいわ」

「ごめんなさい……」


 真守まもりは反省した。アイラ・メイスフィールドは地上の世界を攻めるために吸血鬼にされたことを知っていたはずだ。それなのに呑気なことを考えていたものだ。


「まあまあ、そんな謝ることでもねぇよ。真守の言うことも一理あるからさ」


 ミヨクが苦笑いをしながらも真守を宥める。


「そうですか……」

「ただ吸血鬼に関しては、それは難しい話だろうな」


 この世界に召喚された吸血鬼は、それ自体は液状の生命体である。厳密に言えば、アイラ・メイスフィールドは吸血鬼に寄生された人間だ。吸血鬼と意思疎通できる手段ができない以上、やはりエレンの言う通り、異世界生物は戦いの道具に過ぎないのだろうと真守まもりは考えた。


 真守まもり達は吸血鬼の話を止め、その後は普段の生活の話など、楽しい話をしながら夕食を終えた。

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