表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホワイトウィッチトライアル  作者: 初芽 楽
第1巻 白い魔女
6/142

第2章 魔術師と霊媒(1)

 ミヨク・ゼーラーは魔術師である。ゼーラー家に引き取られた後、イギリスの北部に位置する魔術国家メイスラに住み、魔術師として育てられた。


 ミヨクの父親、ヘルベルト・ゼーラーは魔術師だった。日本人ではない。どういうわけか、イギリスの方から標山しめやま家に婿むこ入りしてきたということになっている。とはいえ正式には籍を入れておらず、仕事だと言って彼の母国にいることがほとんどだった。ミヨクが産まれた後もそれは変わらなかった。仕事の話は本当かもしれないが、ヘルベルトがイギリスの方でも女を作って子供を儲けていたことをミヨクが知ったのは、彼がゼーラー家に引き取られた後だった。


 ヘルベルトのもう一人の妻がフローラ・ゼーラー、エレンの母親である。メイスラに住み始めてからフローラに育てられたが、三年前にフローラが病気で他界し、今では灰川はいかわ琴音ことねというヘルベルトの弟子だった女性の世話になっている。


 そしてミヨクは十年振りに標山しめやまの森に帰って来て、幼馴染の真守まもりと再会したということだ。久遠くおん家の近くに来たところで、ミヨクは真守まもりに声を掛けた。


真守まもり、家に入る前に寄りたいところがあるんだ」

「いいですけど、家の近くには手掛かりになるような……」


 そう言っている途中で、真守まもりはミヨクの意図に気づいたようだ。神妙な面持ちでミヨクにうなずきかける。


「そうだ。母さんの墓だ」


 ミヨクの母、標山しめやま澄香すみか久遠くおん家の近くで眠っている。ミヨクはすぐにでも彼女の墓に行きたかったのだが、真守まもり達に見つかる危険があるためできなかった。それでも何とか隙を見て忍び込もうとミヨクは思っていたのだが、真守まもりと会った今では堂々と墓参りができる。


「エレン。お前も来てくれるか」

「もちろんよ。お兄様のお母様に挨拶したいわ」


 エレンが澄香すみかのことを悪く思っていないことには安心したが、ミヨクにはもう一つ心に引っ掛かっていることがある。


「それもそうなんだけど、お前には案内しないといけない」


 ミヨクは言い淀む。本当は教えたくないくらいなのだが、エレンの気持ちはしっかりと汲み取ってあげたい。エレンは自分から口にはしないが、行きたいと願っているに違いないのだ。


「隣に、お前の父親の墓もある……」


 ミヨクを引き取りに来た時、フローラはヘルベルトの遺骨を回収しようとしなかった。メイスラには彼の墓は存在しない。だからヘルベルトに冥福を祈るとしたら、この場所しかない。


「分かったわ。ありがとう……」


 ミヨクとしては真守にも頼むことがある。


真守まもり。悪いけど、墓参りの間だけはエレンと二人きりにしてくれ。心配しなくても逃げたりはしないから」

「ええ。分かりました。ここで待っていますので、ゆっくりとお参りください」


 そしてミヨクとエレンは墓へと向かう。その間、ミヨクは考えていた。


 ミヨクはヘルベルトのことが嫌いだ。憎んでいると言ってもいい。ろくに父親らしいこともせず、魔術師の父親としても中途半端だった。それに、十年前の事故を起こした張本人である可能性もある。できればあの墓も破壊したいくらいだ。しかしだからと言って、エレンを父親と対面させないのはあんまりだろう。ミヨクと違って、エレンはヘルベルトのことを好いている。本当はずっと来たかったに違いない。


 ミヨク達は墓の前に辿り着く。簡素で小さい墓石が二基並んでいる。真守まもりが定期的に手入れをしているのだろうか、二人の墓は綺麗にされて、花も添えられている。まずミヨクが澄香すみかに声を掛けた。


「母さん。紹介するよ。俺の妹のエレンだ。母さんからしたら憎い女の娘かもしれねぇけど、エレンはすごく良い妹だ。俺にはもったいないくらいだよ。だからこいつのことも優しく見守ってくれ」


 ミヨクはもう何も言うことがないとでも主張するようにきびすを返した。エレンがすかさず問いかける。


「お兄様。お父様には何も言わないの……?」

「俺からそいつに言うことは何もねぇよ」


 ヘルベルトの墓を見ていると苛々《いらいら》してくる。そんな奴がいるとエレンもゆっくり話ができないだろうと思い、ミヨクは墓から遠ざかろうとする。背後から、エレンの優しい声が聞こえてきた。


「お父様。やっと会えたね。久しぶり……。私はとても元気よ。お兄様と一緒に、魔術に励んでいるわ。たくさん話したいことがあるけど、やらなければいけないことがあるから。手短にするね。私のお兄様はね……」


 そこでミヨクは立ち止まってしまった。エレンは話し続ける。


「意地っ張りで、無茶ばっかりするし、人のことをすぐ心配させる困ったさんなの。それに気に入らない人は年上でも生意気言うし、気が強くてちょっと荒っぽいから友達も少ないの。私とだってたまに喧嘩しちゃうわ。でもね、傷ついた人は放っておけない、とても優しい人。私はお兄様のことがとても大好きよ。こんなこと言うと、お母様に怒られるでしょうけど、私をお兄様に会わせてくれてありがとう」


 そして、しばらくこそこそと物音がした後、再びエレンの声がした。


澄香すみかさん。そういうわけだから、お兄様は私がしっかりと面倒をみるわ。だから安心して、ゆっくり休んで、私達を見守っていて」


 それで言いたいことが終わったようで、エレンはミヨクの横まで駆け寄った。ミヨクは横目でエレンを見て、少し照れ臭そうに言う。


「うるせぇよ。面倒をみてるのは俺の方だろ……」

「あらっ、そうだったかしら?」


 エレンは楽しそうに言う。ミヨクは墓を後にしようとしたが、前に進めなかった。このままでは自分の方が大人気おとなげなくなってしまう。きびすを返して、早歩きでヘルベルトの墓まで戻る。そして早口で告げた。


「お前の代わりに、お前の娘は守ってやる。だから安心してそこで眠ってろ」


 言い終えるとすぐに振り返って、エレンの横まで駆け寄る。その間、エレンは微笑みながらミヨクの戻りをじっと待っていた。


「お兄様ったら……やっぱり意地っ張りね……」

「うるせぇ……」


 ミヨクはヘルベルトのことが嫌いだ。それはただ毛嫌いしているだけというわけではない。ミヨクにはヘルベルトを不審に思う理由がいくつかある。

 真守まもりのところへ戻る途中、ミヨクが問いかける。


「エレン。やっぱり妙だと思わないか?」

「何の話よ」


 来日する前にもエレンに説明したことだ。ミヨクは改めて問題を指摘する。


「ヘルベルトが標山しめやま家で、俺を魔術師として育てていたことだ」


 まだミヨク達が標山しめやま家にいる時は、毎年夏になるとヘルベルトが標山しめやま家にしばらく滞在した。ミヨクが三歳になるまでは、ヘルベルトは父親として彼の面倒を見る程度だったが、ミヨクが四歳になった時から、彼に魔術を教え始めた。


「魔術師なのだから、それ自体は当然のことでしょ」


 エレンの言う通りだ。魔術師の世界ではたいてい四歳くらいから魔術の教育を始める。地上の世界で魔術を教え、子供が成長したら魔術国家に移住させる家も現代では珍しくない。しかしエレンも違和感に気づいたようだ。


「――と、ここに来るまではそう思っていたわね」


 ヘルベルトは魔術の研究に標山しめやま家を利用していた。そう評価せざるをえないような現実をミヨクもエレンも見てしまった。


夜刀神やとのかみだったわね。あれに魔術的な意味があるとしか思えないわね」

「ああ……。俺もただの信仰だと思ってた」


 霊体を物質化する能力。魔術師の間でも常識であり、そもそもエレンが日常的に行使している。しかし夜刀神やとのかみのような怪物めいた霊体が実体化することなど、魔術師であるミヨクでも初めて見たし、そんな話を聞いたことはない。

 そこでエレンが不思議そうに首を傾げる。


「お兄様は標山しめやま家のミディアムだったのでしょう。夜刀神やとのかみについて詳しく教えられなかったの?」

「全然。そもそも俺は霊視ができるだけで、憑依も物質化も当時からできなかったぜ。あの家ではただの落ちこぼれだったから教えられなかったんだろうよ」


 ミヨクは魔術師と霊媒の子供だ。しかし魔術師の血の方が濃かったようだ。霊媒としての能力はけっして高くない。幼い頃でも、標山しめやま家の中では自分の立場が悪かったことを分かっていた。


「それでも魂の定着が弱い時期なら、ミディアムの修行くらいはしていたのでしょう」

「ああ、修行はしてたよ。ほこらの洞窟も何回も行かされた」


 七つまでは神のうち。


 日本にある言い伝えだ。数えで七歳になるまでは、人は神の子として扱われる。つまり、小さな子供はあの世に近い存在とされている。昔は乳幼児の死亡率が高かったからできた言葉でもあるが、霊媒の間では別の解釈がされている。


 幼い子供は霊魂が不安定で、自身の肉体と霊魂の繋がりが弱い。霊媒の家系の間ではその生命観が強く、幼い間に霊媒として霊体とのつながりを強くするための修業が行われるのだ。


真守まもりみたいなことができるかどうかはともかく、俺でも霊媒として霊体と繋がることくらいはできたかもな」


 そこでミヨクはあることを思い出す。

 ヘルベルトはほこらの洞窟にミヨクを連れて行き、そこで魔術の修行をさせていた。魔術の修行に適した場所ということはミヨクも理解しているが、不可解な点はあった。


 ヘルベルトは標山しめやま家での地位はとても低かった。標山しめやま家にとっては婿むこ養子なのだから当然だ。だから彼が標山しめやま家の許可なくほこらの洞窟に出入りすることはできなかった。魔術の修行は標山しめやま家に黙って行われた。


 魔術の修行ならば他の場所でもできたはずだ。それなのに標山しめやま家に罰せられるリスクを抱えてまで、ほこらの洞窟で魔術の修行をすることはヘルベルトにとって意味があったに違いない。


 あとほこらの洞窟で魔術の修行をしている時、ミヨクはヘルベルトに特殊な魔術を教えられた。その魔術は行使すると意識を失うようなもので、ヘルベルトには修行以外に使うなと言われていた。メイスラに来てからは学ばなかったような魔術だ。


 ふと、ミヨクは眩暈めまいのようなものを感じた。身体がふらついたが、倒れそうになる程ではない。


「……っと」

「お兄様?」


 エレンが心配そうに声を掛けてきた頃には、ミヨクは姿勢よく立っていた。


「ごめん。考え事をしてた。早く行こう」

「え……ええ」


 エレンは不安そうにしているが、実際にミヨクの体調は元に戻っていた。意識もはっきりしている。ただし、ミヨクとしては気掛かりなことがある。


 先程の意識の揺らぎは、ほこらの洞窟で魔術の修行をしていた時に経験した感覚に似ていたような気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ