エピローグ
神奈達との激闘を繰り広げた一週間後、真守は旅立ちの日を迎えた。
真守は久遠家の前で、見送りの人達に向かって出発の挨拶をしている。見送りに来たのは、真守の祖父である巌と、空麻と健人と鈴花だ。
「みなさん。お見送りありがとうございます。長い留学になるかもしれませんが、精一杯学んできます」
そして真守は深々とお辞儀をした。
高校の二学期から真守は留学することになる。手続きはミヨクがここに療養しに訪れることが分かってから進めていた。一応、魔術師とは関係のない表の世界にある学校に留学しているということになっているそうなので、高校三年生の三月を無事迎えれば、高校卒業を認定してもらえるらしい。大学受験の準備はまったくできないが、そもそも大学にこだわりがないので真守は深く考えていない。
そこで巌がこんなことを言う。
「ああ……。戦闘霊媒だから普通に進学できるかどうか心配していたところだが、まさか魔術師の国に留学するとはな……。日本のことは気にしなくていい。頑張りなさい」
「はい」
真守は顔を上げて元気よく返事をした。まだ傷が癒えきっていないその顔には、左瞼と左頬にガーゼが貼られている。
それから巌はミヨクとエレンの方へ向く。
「ミヨクとエレンも、至らぬところが多い孫だが、真守をよろしく頼む」
「おう!」「ええ」
ミヨクは返事をすると真守の方を向いた。すると真守は恥ずかしそうにエレンの後ろに隠れる。怪我が癒えてきたとはいえ、まだ大きなガーゼを貼っているのだ。ミヨク以外の人間に見られていてもなんとも思わないが、好きな人に傷ついた顔面を見てほしくない。自室のベットで療養している時も、ミヨクが見舞いに来た時だけお面を被っていた。
「いやっ……」
「真守……。酷い顔って言ったの悪かったから、隠れないでくれよ」
ミヨクが謝るが、それでも真守はミヨクに顔を見せない。すると真守の盾になっていたエレンが真守から離れた。
「真守、いい加減諦めなさい。もう出発するのよ」
エレンがそう言うので、真守は観念した。一度ミヨクに顔を見せて、やはり恥ずかしいのか顔を逸らした後、もう一度ミヨクに顔を向けた。するとミヨクは笑顔でこんなことを言う。
「大丈夫だって。元のかわいい顔に戻ってるから」
その言葉を聞いて、真守はようやく恥じらいを捨てることができた。ミヨクにかわいいと言ってもらえるなら、真守としてはもう何も問題はない。
「ありがとうございます」
ミヨクにそんなことを言われてしまうと、今度は照れ臭くなってしまった。先程とは別の理由でミヨクの顔が見られない。しかし真守はエレンの後ろに隠れるのは止めた。
それから真守は健人達の方を向いた。三人とも笑顔で真守を見つめている。
「真守。こっちのことは任せとけ。だからお前は安心して行ってこい」
火輪山では神奈の手下と鎧武者の霊媒を捕らえることはできたが、結局神奈は逃がしてしまった。ヘンシェル教会の人達が後に調べたところ、真守達が把握していたところ以外に火輪山から脱出する抜け道があったらしい。神奈はそこを使って逃げたようだ。
手下の方は龍水家が所属している戦闘霊媒の組織で留置されている。神奈のような極悪人に与していた者たちだ、尋問の末、厳罰が下ることになるだろう。鎧武者の霊媒の少年は神奈に利用されていただけであった可能性を考慮して、龍水家で面倒を看ることになったようだ。
「ええ。あの少年のことも気になりますが、お言葉に甘えて、健人さん達にお任せします」
「はい。私も頑張ります」
鈴花も張り切ったように言う。しかし真守としては、鈴花に頑張ってほしいところは他にある。真守は鈴花の方に歩み寄った。そして鈴花に囁きかける。
「鈴花ちゃんはもっと空麻さんとのことを頑張ってくださいね。私が帰った時にいっぱい聞かせてもらいますから」
火輪山との一件で、鈴花は空麻と恋人関係になったとのことだ。鈴花の兄である健人は少し複雑な気持ちであるようだが、相手が空麻であるということと、空麻が鈴花を救ったことを理由に快く受け入れたようだ。
「もう……真守さん……」
恥ずかしがる鈴花を横目に、次に真守は空麻に話しかけた。
空麻は火輪山の一件を機に、本格的に霊媒の修行をするようだ。戦闘霊媒になることは鈴花が依然大反対しているので、儀式霊媒の修行を始めるらしい。標山としての自分をもっと知りたくなったとのことだが、できるだけ鈴花を力になりたいと空麻が思っていることを真守は確信している。
「空麻さん。儀式霊媒とはいえ霊媒の世界は辛いこともたくさんあるかもしれませんが、鈴花ちゃんのためにも頑張ってくださいね」
真守がそう言うと、空麻は照れ臭そうに俯いた。しかしすぐに顔を上げて、真面目な顔つきになって答えた。
「はい。久遠先輩。大変お世話になりました。ありがとうございます」
「こちらこそ。ありがとうございます」
そして真守はミヨクの方へ戻っていった。真守は真守で魔術師の世界という未知の領域に身を投げる。それ相応の覚悟が必要だ。これからミヨクと一緒にいられるのは嬉しいが浮かれてばかりもいられない。
「では、みなさんお元気で」
真守は元気よく手を振り、見送りの人達に別れを告げた。
歩き出してしばらくしてから、ミヨクが真守に話しかける。
「そうだ。真守。これ、お前に返すわ」
そう言いながらミヨクはバックからあるものを取り出した。それは確かに真守のもので、今までミヨクに預かってもらっていたものだ。しかしそれを忘れていたわけではない。ただ、受け取っても扱いに困るものであった。今受け取っても少し困るくらいだ。
「ほら……ヘアバンド。もう戦いじゃないから着けてもいいだろ」
真守が火輪山で空麻達を助けに行く時に外した白いカチューシャだ。戦うことで汚したくなかったのだ。今ならそのカチューシャを汚す心配はないが、怪我が治っていない今の顔で着けるのは少し気が引けた。しかしミヨクが自分の顔のことを醜いと思っていないのならば何も怖くないと思い、真守はそのカチューシャを受け取った。
「ありがとうございます」
真守はカチューシャをすぐに着けた。そして顔をミヨクに見せる。するとミヨクが微笑みながらこう言う。
「似合ってるよ」
神奈に両親を殺されたあの日から、真守には戦闘霊媒としての生き方しかないと思っていた。復讐の道しか残されていないと思っていた。しかし今は違う。ミヨクやエレンがいる。戦闘霊媒ではない真守を必要としてくれている人がいる。戦闘霊媒とは関係のない世界へ飛び出す。
いつかは戦いとは無縁の、一人の女性としての自分を認められるためにも、真守は新しい世界へと一歩踏み出した。




