第6章 二人の繋がり(6)
真守は神奈との戦闘を続ける。神奈は刃がなくなったただの棒切れを持っていたが、真守へと突進し始めてからすぐにその棒切れを真守へと投げつけた。真守はその棒を避けることなく、タイミングよく蹴り飛ばして防いだ。これで二人共、手には何も武器を持っていない状態になった。
「おらぁ!」
神奈が真守の眼前まで接近して、拳を振り上げて殴りかかる。真守は先ほど棒を防いだことでまだ片足が上がった体勢であった。しかし真守は神奈の攻撃を読んでいた。棒の投擲は避けられるか防がれるかすることが目的であり、本命の攻撃を当てるための囮だということくらい分かっていた。
「甘い」
真守は上げた片足をそのまま神奈に伸ばした。真守の脚が神奈の腹に突き刺さった。
「分かってるよそんなことは」
神奈は真守に蹴られながらも真守の脚を掴んでいた。迎撃されることを前提に攻撃していたようだ。そのまま真守を引っ張り転ばせようとしている。
「触るなゴミ虫!」
真守はそう言いながら、わざと転び、土を掴んだ。そして、神奈が真守の脚から手を離す前に、掴んだ土を神奈の眼へ投げつける。神奈は手で防御する暇もなく、土を顔面に浴びた。
「ちくしょう……クソガキが……」
神奈は真守から手を離して目の周りについた土を払う。真守はすぐに立ち上がり、低い姿勢で神奈に突進する。見事に命中して、二人共は倒れ込んだ。そして真守はすかさず馬乗りになろうとする。
「調子に乗るなぁ」
神奈が両脚で真守の胸を蹴る。真守は両腕でしっかりと防御したが、後方へ押し出されてしまった。逆に馬乗りにされかねないと思い、立ち上がって神奈と一旦距離を取る。神奈も立ち上がって真守に立ち向かう。
「おい……。自慢の蛇はどうしたのよ……。まさかもう出せないってわけじゃないでしょう」
「貴様こそ……そろそろもったいぶらずにその気持ち悪い虫を出して決めにきたらどうなの? まさかとは思うけど、びびってるの?」
そこで真守は挑発した。まさか乗ってくるとは思えないが、少しでも焦らせようという意図だ。しかし真守の予想以上に効果があったのか、神奈は眉間に皺を寄せて激高した。
「うるせぇ! そんなに死にたきゃやってやるよぉ!」
神奈が右手を前に出すと、三匹の子蜘蛛が現れた。
「夜刀神!」
真守も黒蛇を三匹出してこれを迎撃する。呆気なく黒蛇が子蜘蛛を叩き落とし、さらに神奈へ襲い掛かろうとした。
「終わりよ。神奈」
そう言ってから真守は気づいた。自分は黒蛇を三匹だけ実体化させたはずだ。しかし自分の視界には四匹の黒蛇がいる。霊能力において実体化させる霊体の数を勘違いすることはあり得ない。どういうことか真守が気づいた時には既に遅かった。
「しまっ……」
四匹の内の一匹が神奈ではなく真守の方に向かっている。真守は急いで後退するが、黒蛇は追いついて真守の右脚に巻き付いた。
その黒蛇の正体は、真守にはすぐに察しがついた。この黒蛇も夜刀神の一部だ。しかし真守が掌握しているものではない。健人が話していた。火輪山にいたとされる夜刀神と関係があるのかもしれない。
「ちっ……。消えろっ!」
黒蛇に脚を噛まれる直前で、真守は自分と神奈の黒蛇を繋いだ。夜刀神の独占権を持つ真守ならば、火輪山の小さな黒蛇くらいは簡単に掌握できる。夜刀神はより多い勢力の方に従うからだ。
黒蛇は確かに何とか対処できた。足を取られていた数秒間を神奈が見逃すはずがなかった。神奈は既に真守に殴りかかっていた。
「おらっ!」
神奈が真守の左頬を目掛けて拳を振るう。真守は腕を上げて防御の姿勢を取ろうとしたが間に合わず、直撃を受けてしまった。
「うっ……」
「まだまだぁ」
さらに神奈は追撃する。左、右、左というように交互に拳を繰り出して、三発とも真守の顔面に直撃した。その次の神奈の攻撃に対しては、真守は何とか腕を振り上げて顔面を守ろうとしたが、神奈は拳を振るわず脚で真守の腹を蹴った。
真守が尻餅をつくと、神奈は容赦なく真守の顔を踏みつけた。ついに真守は仰向けに倒れてしまう。
「独占権を持ってるはずなのにと思っただろ鬼蛇様よぉ! 甘ぇんだよ! 鬼になったところでアンタはまだ世界を理解してねぇだろクソガキがよぉおお!」
さらに神奈は真守の顔を踏みつける。気絶しそうになりながらも、真守は必死に手を伸ばして神奈の脚を持った。夜刀神のことは一先ず後だ。まずはこの状況を打開しなければと真守は手に力を込める。
「ああああぁぁぁぁぁぁっ!」
「いい加減楽になれよ。それとももっと顔をぐちゃぐちゃにされてぇのか? こんなブスな面、あの男の子が見たらどう思うだろうねぇ」
真守はなんとか神奈の脚を持ち上げる。殺意は十分過ぎるほどに高まっているのに体力があまり残っていない。もう神奈相手に切り札を温存する余裕はない。真守は囁いた。
「かみま……」
そこで森の奥から物音がした。真守も神奈も気づき、その方向を見遣る。やがて三人の姿が見えた。ミヨクとエレンとクレメンスだ。
「真守から足を離せ。それから両手を後ろに組んで跪け」
ミヨクが右手を神奈に向けている。神奈もその動作の意味が分からないわけがないだろう。拳銃を突き付けているのと同じだ。神奈が下手な動きをすれば、エーテル魔術を放つということだ。
「標山……明空……」
神奈はそう呟いただけでミヨクの言う通りに動かない。するとミヨクは照準を定め直すように右腕を振り、そして険しい表情で怒鳴った。
「その汚ねぇ足をどけろって言ってんだよクソアマ!」
神奈は不快そうな表情を浮かべながらも、真守を踏んでいた足を少し上げた。それに合わせて真守も神奈の足を掴む力を緩める。それから神奈は本当に真守から足を離して、真守から三歩下がった。しかしその後のミヨクの指示には従わない。
「どうした? 両手を後ろに組んで跪け。お前の仲間は全員捕縛した。俺達は全員無事だ。お前にもう勝ち目はねぇぞ。大人しく投降しろ」
今度は、ミヨクは落ち着いて言った。すると神奈はゆっくりと両手を後ろに回して、腰を下ろして膝立ちになった。そして妙な笑みを浮かべながら話し始める。
「結局役立たず共だったか……。まあいいわ。折角だからあのガキはくれてやるわ。標山のアンタには興味深い霊媒でしょうね。なんせアンタと同類だから」
「ああ分かった。そろそろ黙れよ」
ミヨクがそう言うと、神奈は笑みを消した。
「真守。こっちに来い」
ミヨクは右手で神奈を牽制しながらも、左手で真守を手招きする。真守は立ち上がろうとするが、その前にあることに気づいて大声を上げた。
「みよ君。後ろ!」
真守が言う前にミヨクも気づいたようで、振り返って右手を上に向ける。子蜘蛛が三匹、木から落ちてきたのだ。
「Zwei」
ミヨクは即座にエーテルの壁を張り、子蜘蛛の攻撃を防ぐ。その隙に、神奈はポケットから何かを取り出して、それを地面に叩きつけた。すると瞬く間に白い煙が立ち上った。発煙弾を投げたようだ。
「真守、伏せろ! Acht, Acht, Acht」
真守は煙幕の中にいたが、ミヨクの言われた通りにうつ伏せになってじっとしていた。エーテルの弾幕が真守の上を通っていくのが分かった。弾幕が終わったのを察すると真守は匍匐前進をしながらも煙幕の外に出た。
「真守。大丈夫か?」
「はい。なんとか……」
ミヨクは近寄って来て真守にと手を差し伸べる。エレンも心配そうに真守を見つめている。真守は迷わずにミヨクの手を取り、ミヨクの力を借りながら立ち上がった。
「神奈は?」
真守がそう訊くと、ミヨクは煙幕の先を見る。その頃には煙幕も散って、目の前の風景が見えるようになっていた。そこに神奈の姿はない。
「逃げたな……。一応エリザベスに確認させてるけど、本当にここから立ち去ったみたいだな」
そしてミヨクは真剣な眼差しで真守を見つめながら訊く。
「さっき言ったことは本当だ。空麻達は無事だ。健人さんと鈴花さんは怪我したらしいけど大事はないらしい。トンネルに向かってるところをマチルダが確認した。俺達もトンネルに行くぞ。あいつはもう追わない。それでいいな?」
ミヨクは賛成しか認めないという態度だ。真守達は全員が生き残ることを最優先に行動している。敵の方から逃げるのならば追う理由がない。
「はい」
神奈を見逃すことは確かに嫌だ。両親の仇を今すぐ殺したいという気持ちは変わらない。復讐はいつか必ず遂げる。しかし真守は、今のミヨクの言葉に逆らおうとは微塵も思わなかった。ただ、みんなが無事でいることに満足した。
「行きましょう」
真守は神奈が去っていった方向とは逆の方向を歩き出した。一度よろめいてしまったので、エレンが肩を貸した。
「みなさん……。助かりました。ありがとうございます」
メアリにトンネルまで逃げるように伝えさせたはずなのに、どうしてここに来たのかとは、真守は口が裂けても言えない。三人に助けられなければ危なかった。
真守の言葉にミヨクが応えた。
「いいってことよ。霊媒達の戦いだっていっても、やっぱり真守一人に背負わせるわけにはいかねぇからな。子蜘蛛倒してから急いで来たぜ」
ミヨクは微笑みながら言っていたが、真守の顔を見ると表情を曇らせてこう言った。
「それにしても酷い顔だな。踏まれてただろ。あの野郎……許せねぇ」
そこで真守は思い至った。真守は神奈に顔面を殴られた上に踏まれたのだ。唇を切っている。左の瞼は腫れていているのであまり開いていない。頬も汚れているだろう。青あざもいくつかあるに違いない。とても人に見せられるような顔面ではないだろう。真守は自分で見ていないから実感がなかったが、人に見られている、よりにもよって好きな人に見られている今では意識せざるをえない。
「いやっ……」
真守は急いでエレンの肩から手を離し、それからミヨクの視界から逃れるためにエレンの背後に隠れた。
「真守、待っていて」
エレンはそう言うと、ミヨクの方へ歩み寄り、それから高くジャンプしながらミヨクの頭を平手ではたいた。
「お兄様、馬鹿じゃないの? 言うに事欠いて女の子に酷い顔って何よ。恥を知りなさいっ!」
そしてエレンは真守の傍に戻り、再び真守の盾になるようにミヨクと真守の間に入る。
「すみませんでした。真守、もう言わないから顔を見せてくれ」
ミヨクは反省しているようで、エレンの後ろに隠れている真守でも、ミヨクが俯いている様子が窺えた。真守はミヨクに対して怒ってはいないが、それと今の顔を見せることは全く別の問題である。
「ダメです。それだけはダメです」
「ということよ。お兄様はさっさと前を進んで」
結局、ミヨクは諦めて前を歩いて行った。次にクレメンスが歩き、最後にエレンを盾にしながら真守が歩く。
歩いている途中、ミヨクが真守に話しかけてきた。
「なあ真守……。訊いてもいいか?」
「それはいいですよ」
顔さえ見られなければ質問されることは問題ない。真守が許可すると、ミヨクが話し始めた。
「今日はあの神奈とかいう奴を逃がしてしまったけど、やっぱり復讐するという気持ちは変わらないよな?」
「ええ。神奈は必ず殺します。その意志は変わりません」
真守は即答した。今回戦ったことでその意志がさらに強くなった。神奈は殺すべき敵であり、討つべき親の仇である。
「けど、これから魔術師の国についてきてくれることになると、その復讐はしばらく果たせなくなるぞ。何日とか、何か月とかいうレベルじゃないかもしれねぇ。何年も先の話になると思う。それでもいいのか?」
標山の森以外の土地であったとしても、真守と一緒にいることでミヨクの中にある蛇のエーテルが安定してミヨクの魂と肉体を繋ぎとめることができる。それを火輪山で分かった今、真守はミヨクと一緒に魔術師の国に行くことになる。真守が近くにいること以外にミヨクのエーテル欠乏症を治す手段が見つからなければ、本当に何年も魔術師の国に居続けて、神奈の復讐がずっと先送りになることも考えられる。
そのことをしっかり理解したうえで、真守は答えた。
「いいですよ」
きっと天国にいる両親も許してくれるだろう。真守は嬉しそうに、エレンの後ろに隠れながらも、胸を張っているような気持ちで言った。
「復讐よりも大切なことができましたから」
ミヨク達と一緒にいたい。真守は心からそう思う。




