第6章 二人の繋がり(5)
空麻は状況を確認する。神奈の手下が五人、真守の情報が間違いでなければ、火輪山にいる神奈の手下が全て現れた。全員が武装しており、万全の状態のようだ。
対する空麻達は満身創痍だ。健人は気絶しており、鈴花は霊能力がまだできるというものの、満足に歩くことができない。空麻はアーミラリステッキを持っているが戦力にならない。
手下の一人が嘲笑いながら言う。
「鎧武者を倒してくれてありがとよ。あれがいたんじゃ、俺達が巻き込まれかねないからな。ちょうどよく共倒れになってくれたってわけか」
つまりこの手下達は鎧武者が怖くて隠れていたらしい。小さな子供が戦っているのにもかかわらず、安全なところに隠れて美味しいところだけ持っていくような卑怯な連中ということだ。
「朱狼」
鈴花が呼ぶと、朱狼が姿を現した。朱狼は健人を咥えると、彼を空麻達の傍まで運んできた。そのまま空麻の傍に寄る。
そして空麻にとっては信じられないことを鈴花は口にした。
「空麻君。朱狼に乗って、ここから逃げて。奴らは私が何とかするから」
それは嘘だと空麻はすぐに分かった。今の鈴花では五人の戦闘霊媒に勝つことができない。そのことを鈴花自身がよく分かっていることも分かった。朱狼もよく見れば色が薄くなっているように見える。鈴花の霊力も残り少ないのだろう。
空麻は拒否しようとする前に、手下の一人が言う。
「龍水家の二人は殺せって言われてるが、女の方はなかなかの上物じゃねぇか。殺すのがもったいねぇ」
そしてその手下が舌なめずりをしながら言う。
「命がけで戦ったんだ。その後のお楽しみがあっても罰は当たらねぇよなぁ」
その手下の言葉に同調するように、他の手下達も下卑た笑い声を上げる。彼らは鈴花を無力化したら、裸に引ん剥いて犯すつもりだ。
空麻は鈴花の前まで進む。そして神奈の手下達に向かってアーミラリステッキを構えた。そして大声で叫ぶ。
「鈴花ちゃんに指一本でも触れてみろっ! 絶対に許さないぞ」
空麻は真剣なのだが、対する手下達はおかしそうに笑っている。戦闘霊媒でもない空麻が戦おうとする姿を見て馬鹿にしているのだろう。
「そうだぜー。大人しく逃げた方がいいじゃねぇの? まっ、その場合、その子の恥ずかしい姿は拝めないけどなぁ」
「うるさい。逃げるわけないだろ!」
威勢を張っているものの、空麻の手足は震えている。空麻も自分が五人の敵を相手にして勝てるとは思えない。しかしここで戦わずに逃げるわけにはいかない。
「空麻君……。だったら助けを呼んで来て……。多分、久遠先輩は紅城神奈と戦ってるから無理だろうけど……、もしかしたらミヨクさんやクレメンスさんなら来られるかもしれない。それまでは絶対に持ちこたえるから。それならいいでしょ?」
空麻は横目で見た。鈴花も身体を震わせている。当たり前だ。もう余力はない。死んでしまうかもしれない。死ぬよりも辛い目に遭うかもしれない。今の状況が恐ろしくないわけがない。戦闘霊媒とはいえまだ年端も行かない少女だ。
「嫌だ!」
空麻が叫ぶ。ついに鈴花の声が涙声に変わった。
「どうして……逃げてくれないの……。お願い……。私を助けると思って……」
理由は明白だ。女の子を残して自分一人立ち去ることはできない。空麻はそう思ったが、何か違うような気がした。
ついに手下の一人が動き出した。銃を取り出して、照準をこちらに向ける。
「そろそろいいか。待たされるとイライラすんだよ」
「碧狼」
鈴花が呼んだ直後に、銃声が発せられた。碧狼が現れて銃弾を弾く。今の攻撃は見事に防いだが、やはり碧狼も少し透けて見える。
「おいおい。気をつけろよ。死んじまったらその分楽しみが減るだろ。女は無傷で捕えようぜ」
「そうだな……。でも、男の方はいいだろ。殺してはいけないが、ちょっと痛い目に遭ってもらうくらいなら……」
そう言った手下の男が銃の照準を空麻に向けた。空麻は恐れている。怖い。銃で撃たれると想像を絶する激痛に襲われるのだろうと思うだけで涙が出そうだ。しかし空麻はアーミラリステッキを構えたまま動かない。
「空麻君……。どうして……」
空麻は見なくても分かる。鈴花は泣いている。自分がとても愚かな選択をしているという自覚もある。それでも空麻には言わなければならないことがある。
「……だから……」
女の子を置き去りにできないからではない。空麻はようやく気付いた。そんな正義感溢れる理由でこの場に残っているわけではない。昨夜に真守の言ったとおりである。鈴花を大切に思っているから、守りたいと思っているから、空麻は今ここにいるのだ。
「君のことが好きだからだよ!」
銃弾が放たれた。狙いは空麻だった。碧狼は出ていない。銃弾は命中したと思った。
しかし銃弾は空麻に命中しなかった。いつの間にか空麻がアーミラリステッキを動かしていたのだ。偶然その位置にアーミラリステッキがあったと考えるには不自然過ぎるほど、空麻の姿勢は銃弾を防ぐための形になっていた。
「少年。よくぞ言った」
空麻は口にした。しかし空麻が意図した発言ではない。空麻の中に別の人間が入っている。そして口だけではなく、身体も勝手に動いていく。素人臭さが抜けた、隙の感じさせない綺麗な構えだ。
「そこの下衆ども。大人数で手負いの子供を相手にすることしかできぬ貴様らにこの少年を愚弄する資格はないわ」
すると銃を持っている手下がおかしそうに笑いだした。
「急に何を言ってやがる。まぐれで一回防いだくらいでいい気になるなよ」
そしてその手下は再び拳銃を空麻に向けて、即座に発砲した。しかし空麻が少しだけアーミラリステッキを動かしただけでその銃弾も防がれた。それでようやく敵の表情が曇りだす。
「それにしてもなんだこの面妖な飾りは? これ、儂の杖だよな?」
「おい……お前……まさか……」
手下の一人がそう零した。彼らもようやく気付いたようだ。今、空麻の身体を動かしているのは空麻ではなく別の人物であるということを。そして、その人物の正体を。
「箭括麻多智。今からはこの少年の味方になる。言っておくが、貴様らは儂を縛り付けていただけだ。裏切りだとは思うなよ」
夜刀神を打ち倒したとされる麻多智だ。神奈の手下達は怯えたように後退りしたが、その内の一人が前に出ながらこう言った。
「お前ら怯むな。別に、神霊が実体化してるわけじゃねぇ。ただ人間霊が憑依しているだけだ。五人でかかったら余裕だ」
その言葉で他の手下達も前に進みだす。そこで鈴花が動く気配がした。空麻の身体で麻多智が、鈴花を見ずに手で制しながら言う。
「お主は下がっていたまえ。お主とお主の兄を守ることだけを考えろ」
「でも相手は五人……」
「任せろ。あやつら程度に負ける儂ではないわ。それに、お主の思い人には傷一つ付かせはせんよ」
「思い人っ……?」
鈴花は恥ずかしそうな声を上げた。空麻としても少し照れるが、既に自分の想いを伝えた後なので間違いだとは思わない。
空麻がそんなことを考えている内に、麻多智は既に動き出していた。麻多智から見て右端の手下が慌てたように拳銃を取り出そうとするが、麻多智がアーミラリステッキで彼の鳩尾を叩きつける。一人目の手下は呆気なく倒れた。気絶したようで動き出す様子もない。
「まずは一人」
「は……?」
そして麻多智はすぐ近くで呆けている手下の側頭部をアーミラリステッキで殴る。そいつも地面に倒れて動かなくなった。
それから麻多智は三人目の手下に接近する。今度は奥にいる手下から隠れるように、三人目の後ろに回り込む。奥の二人はすでに拳銃を構えていたが、今撃ったら三人目に当たってしまう。
「止めろ。撃つな」
「まったく……。貴様らそれでも霊媒か?」
そう言って麻多智はあっさりと三人目もアーミラリステッキによる打撃で気絶させた。
すると残り二人の内、一人は「調子に乗ってんじゃねぇ!」と叫びながら拳銃を捨て、代わりに腰に差している刀を抜いた。もう一人は拳銃を持ったまま逃げだした。
「ふん。雑魚の割には様になっているではないか」
「ほざけぇ!」
四人目の手下が刀を振り上げながら駆ける。同時に炎の塊のようなものが麻多智に放たれる。
「鬼火か……。貴様ら本当に霊媒だったのだな?」
そう言いながら麻多智はアーミラリステッキで鬼火をあっさりと振り払う。四人目の手下は追撃してきたが、それも麻多智は回避し、打撃を浴びせてこれも気絶させた。
「それ以上動くな!」
最後の手下が腰を下ろしている。鎧武者の霊媒であった霊媒の少年の身体に銃を突き付けていたのだ。霊媒の少年は未だに気を失っている。
「その子供は貴様らの仲間ではなかったのか?」
「こんな迷惑なガキ知るかよ。武器を捨てろ。じゃねぇとこいつを殺す」
最後の手下はひどく錯乱しているようで、拳銃を持つ手はガチガチと震えていた。眼も麻多智を見つめながらも焦点は合っておらず、瞬きも尋常ではないほど多い。
「やってみろ。しかしその子供を殺せば、貴様も殺す。そこの四人も殺す。それでいいならその子供を殺せ」
空麻から見ても結果は分かり切っていた。そう脅されてしまえば手下の男は子供を殺さない。自分の命を懸けてまで戦う度胸はない。ただ人を傷つけたかっただけの下衆だ。自分が不利になった瞬間にとても脆くなる。
「う……」
五人目の手下は一度俯いた。諦めたのかと空麻は思ったが全然違った。彼は急に顔を上げると、同時に拳銃も麻多智の方へ向ける。
「うわぁぁぁああああ」
五人目の手下は銃を乱射する。しかし麻多智はアーミラリステッキの天球儀の装飾を心臓の位置まで上げ、難なく銃弾を防いだ。それから一気に手下へ近づく。既に拳銃に銃弾は装填されておらず、カチカチと引き金を引く音が鳴っているだけだ。
「来るなぁ。来るなぁ」
五人目の手下は尻餅をついた。空撃ちを続けながら泣きわめいている。麻多智はアーミラリステッキを振り上げ、その男の頭を目掛けて振り下ろした。
「やめ……」
五人目の手下の頭に当たる寸前のところで、麻多智はステッキを止める。打撃を与えるまでもなく、その手下は泡を吹いて気絶していた。
「相手が夜刀の娘ではなくてよかったな。あの娘なら全員殺していたところだ」
戦闘は終わったようだ。麻多智はゆっくりと鈴花の元へ戻っていく。鈴花は腰を下ろしているので、麻多智も片膝立ちで鈴花と目線を合わせた。
「もう大丈夫だろう。龍水の娘よ。いろいろと世話になったようだな」
「いえ。こちらこそ助かりました。貴方がいなければ今頃どうなっていたことか……」
鈴花が礼を言うと、麻多智は首を横に振り、それから胸に手を当ててこう言った。
「お主達を助けたのは儂ではない。この少年だ。感謝なら、この心の強い少年に言うのだな。おそらく今も聞こえておるぞ」
確かに空麻は全て聞いている。麻多智に憑依されてから意識はずっと保っているのだ。しかし鈴花は首を横に振った。
「彼が戻って来てから言います」
「そうか……。なら、儂のような亡霊はすぐに去るから、後は若い者同士、抱擁でも接吻でもするがよい」
「ほ……? 接吻って……?」
そこで空麻に身体の自由が戻った。麻多智の霊体が空麻の身体から出て行ったようだ。先程から様子は見えていたので分かっていたことだが、鈴花との距離が近い。もう自分の意思で動いているので、その距離の所為でなんだか照れ臭くなった。
「あの……」
鈴花が先に口を開く。落ち着いた様子かと思いきや、何かを思い出したように目を見開き、そして涙を流し始めた。
「空麻君の馬鹿! 逃げろって言ったのに何カッコつけてるのよっ! 麻多智が憑依してこなかったらどうなったと思ってるの。ほんと……ほんと……馬鹿……」
鈴花は俯いてしまった。空麻は謝ろうか、慰めの言葉を送ろうか迷ったが、そうしている間に、鈴花が顔を上げた。もう涙は流していなかった。目は赤くしていたが、それでも嬉しそうに笑っている。
「でも、助けてくれてありがとう。空麻君かっこよかったよ。守ってくれてすごく嬉しい」
それから鈴花は少し間を置いてから、恥ずかしそうに言う。
「私も空麻君のこと好き」
「うん。僕も鈴花ちゃんが好き」
そこで二人の目が合った。それから空麻の頭が自然と動いた。鈴花も同じようで目を閉じながら顔を寄せてくる。空麻も閉じる。
そして二人は口づけを交わした。




