第6章 二人の繋がり(4)
真守は神奈と何度か剣戟を交えた後、一旦立ち止まった。神奈が急に攻めてこなくなったからだ。何か良からぬことを企んでいるのかと警戒する。しかしそういうわけではなさそうだ。先程まで真守との殺し合いの中で快感に浸っている風に笑っていたのだが、段々と興味が失せてきたように表情がなくなり、ついに不機嫌さを隠さなくなった。
「なんか、つまらないわね……」
「何がよ……?」
本気で分からなかったので真守は訊くと、神奈は呆れたように答えた。
「だってアンタ……やっぱりたいしてキレてないでしょ?」
やはり神奈の言葉の意味が、真守には全く分からなかった。真守は現在、両親の仇を目の前にして、怒りに溢れている。ミヨク達に迷惑が掛からないように冷静さを保つのに精いっぱいだ。キレていないわけがないのだ。
「何寝ぼけたこと言っているのよ。そんなに早く殺されたいの?」
真守は挑発するが、神奈は全く乗ろうとしない。それどころか薙刀の刃を下ろす。そしてつまらなさそうに話し始めた。
「三年前のアンタはそんなんじゃなかったわよ。戦闘霊媒になったばかりだというのに、当時のアンタは復讐心に溢れてた。殺意がみなぎってた。あの時は本気で殺されると思ったわ。本当よ」
三年前の話をしている途中、神奈は少しだけ愉快そうに微笑んだが、すぐにその笑みを消した。そして再び不愉快そうに話す。
「それなのに、今のアンタは他の奴らのことを気にして、怒りを我慢しようとしてる。それがつまらないのよ。それじゃあアタシは殺せないわ。アタシを殺したかったら、アタシを殺すことだけを考えなさいよ」
しかし真守は動かなかった。神奈も攻めてこない。この場に乱入者が現れたからだ。
「おい、なんだよその霊体?」
黒い少女の霊体、メアリだ。彼女が来たこと自体が合図である。真守は踵を返して走り出した。
「おい! 逃げんな!」
真守は神奈の姿を見ずに森の中を駆ける。その途中で真守の背後から銃声が鳴った。神奈が拳銃を出したようだ。しかし真守には当たらない。真守がメアリを実体化させて銃弾を防がせる。
「メアリちゃん。ごめんなさい」
真守は謝りながらも先を急ぐ。メアリが真守のところに来たということは、ミヨク達が目的の場所に辿り着いたということだ。ならばミヨクが狙撃しやすい状況を作るために神奈から距離を取る。神奈はミヨクの魔術をまだ知らないはずだ。ミヨクの狙撃は通りやすいと真守は考える。
「おいクソガキ! ふざけやがって。アタシを殺したいんじゃねぇのかよ」
殺したい。今すぐ八つ裂きにしたい。復讐を遂げたくてたまらない。真守にはそんな欲が頭の中を駆け巡っているし、もちろんこの場で神奈を殺すつもりでいる。
真守は再び踵を返した。そして神奈へと手を伸ばす。
「夜刀神!」
一匹の黒蛇が神奈の方に伸びた。その黒蛇は、神奈が右手に持っている拳銃に当たる。そのまま拳銃に巻き付いた。神奈は舌打ちをしながら拳銃を右側へ放り投げる。すると黒蛇が拳銃を遠くへ投げ飛ばした。
「クソ! 小癪な真似を」
「さあ、貴様の望み通り……」
そこで真守にも予想外なことが起こった。背後に強い光が生じたことが分かった。真守がそちらに振り向くと、崖の上で大きな魔法陣が見えた。その魔法陣を真守が認識した途端、砲撃が神奈に放たれた。
ドゴォォォォオオオオオオオン!
確かに狙撃してほしいと真守は言ったが、それはあくまで援護のためだと真守は考えていた。まさか、このタイミングで、しかも殺傷力の高そうな砲撃を撃ってくるとは真守も思っていなかった。
砲撃はとても大きく、威力も高いものだ。神奈もその場から動くことができず、直撃を受けたようだ。しかし砲撃が着弾する直前に、神奈の前に土蜘蛛が現れたのを真守は見た。
「みよ君……。それは甘いですよ……」
エーテルの衝撃波と砂嵐が巻き上がった。真守は、ミヨクが狙撃した後にとどめを刺すつもりでいたのだが、これでは神奈に追撃ができない。
きっとミヨクは、真守を助けるために、みんなが生き残るために、人を殺すことも覚悟して、神奈が立ち止まった瞬間を見逃さず、砲撃を放ったのだろう。真守に手を下させたくないという気持ちもあったのかもしれない。真守としては、ミヨクの気持ちをないがしろにしたくはないが、それでもこの場面では大きな砲撃はあまりしてほしくなかった。
「ったく……。また、あの変な能力か……。昨日の神父とは違うな。あのガキの内のどっちかか?」
砂嵐が晴れて、神奈と土蜘蛛の姿が真守にも見えてきた。やはり神奈は無事のようだが、ミヨクの攻撃を受けた土蜘蛛は体の右半分が消失していた。とてもこの世で実体を保っていられるような状態ではない。
真守は苦々しい表情を浮かべた。おそらくこの場では、神奈は土蜘蛛を元の状態に戻すことはできないだろう。しかしそれで神奈の霊能力を封じたことにはならない。むしろ今の状況の方が厄介かもしれないと真守は感じていた。
土蜘蛛は『土蜘蛛草紙』という絵巻物にも描かれている。その中では、源頼光が洞穴で土蜘蛛と対峙した。激闘の末に、頼光は土蜘蛛の首を刎ねた。すると土蜘蛛の傷口から無数の子蜘蛛が飛び出したという。昔話ではそこで終わりだろうが、真守の戦いはこれから先も続く。
「相変わらず気持ち悪い蜘蛛ね」
大きな土蜘蛛は消失したが、代わりに絵巻物と同じように小さな子蜘蛛が複数現れた。それぞれ人間の赤子くらいの大きさで、三十匹程度存在している。
「さて、クソガキ共の居場所も分かったわ。全員がそこにいないかもしれないけど、崖の上でアタシを狙っていると考えてよさそうね。土蜘蛛がこの形態になったのは都合がいいわ。何匹かはそいつらのところに向かわせましょう」
神奈の言う通り、十匹の蜘蛛が崖の上へ登って行った。真守はすぐメアリに告げる。
「メアリちゃん。みよ君達に今すぐトンネルへ向かうように言いなさい。早く」
メアリが崖の上を向かうのを確認すると、真守は刀を構えた。ミヨク達ならば、小さな蜘蛛の霊体くらい撃退できるだろう。それに虚空間さえ抜けてしまえば、神奈の蜘蛛も消える。ミヨク達を助けに行くことができないのは悔やまれるが、とにかく今は彼らを信じるしかない。
神奈が歪んだ笑みを浮かべながら言う。
「さあ、もたもたしてるとあいつらがガキ共を皆殺しにしちゃうわよ。どうするの? あのガキ共殺したら、さすがに怒っちゃうんじゃないのかしらぁ?」
神奈の言葉に、真守は心が揺らいでしまう。ミヨク達ならば切り抜けられると信じているとはいえ、ミヨク達の元へ一刻も早く駆け付けなければならない。万が一のことを想像してしまうと、いてもたってもいられない。自分の呼吸が荒くなっているのを自分で感じる。
「分かっているわよ……」
それでも真守は深呼吸をした。するべきことをもう一度考える。神奈を殺す。それができれば土蜘蛛も神奈との繋がりがなくなり全て消える。それだけだ。今はそれだけに集中するべきだ。それを考えると真守は心を落ち着かせることができた。
「さあ、行くわよ」
「ちっ……つまんねぇ……」
真守と神奈の戦闘が再開した。真守は黒蛇を繰り出して神奈の動きを制限しながら、刀で神奈に斬りかかる。対する神奈も、小さな蜘蛛に真守を囲ませながら、薙刀で真守を突きつける。互いに霊体の攻撃は霊体で迎撃しながらも、戦闘霊媒同士で刃を交えている。
真守は剣戟の最中、神奈をどう崩すかを考えていた。予想していた通り、子蜘蛛の動きがかなり精密だ。真守の蛇の攻撃を悉く防ぎながらも、神奈の動く場所もきちんと確保している。土蜘蛛が元の形態のままでいた方が戦いやすかったとすら感じる。
「おいおい。いつまで様子見してんだよ。さっきからやる気あるのか?」
神奈は挑発するが、真守には乗る気がない。安易に挑発に乗って、大振りをしてしまえば、必ず隙が生じてしまう。神奈はその隙を見逃すような甘い人間ではない。相手の攻撃を捌き、相手の隙を見つけることに専念する。
「アンタの憎しみっていうのはそんなものかよ。それともパパとママの顔をもう忘れたのか。親不孝なクソガキだなオイ!」
両親のことを言われると真守も理性を失いそうになるが、それでは自分が隙を晒してしまうと思い耐える。真守は丁寧に神奈の斬撃を防ぎながらも、神奈の動きをよく観察する。苛々しているような態度は隠さないものの、かなり冷静に立ち回っているように見える。ただし隙を見つけようとしている真守と違って、真守の隙をいかに作ろうか考えているような攻め方だ。
「おいおい! いつまでいい子ちゃん振ってんだよ? あのガキ共もアンタのパパとママのように頭をぐちゃぐちゃにしてやろうかぁ。ああ?」
神奈に目の前で、両親の頭部を潰された時の映像が脳裏をよぎる。その瞬間、真守の殺意が膨張しかけた。神奈の首を刎ねて、両親と同じ目に遭わせることを想像した。しかし寸前のところで立ち止まる。復讐心に身を任せて神奈を殺せば、神奈と何も変わらない。ミヨク達を悲しませれば何の意味もないのだ。
真守は今まで通り神奈の受け流そうとした。その時だ。
「そこだよっ!」
神奈が急に、横に大振りを繰り出したのだ。真守が待っていた攻撃だ。この攻撃を弾いて隙を作り、神奈の心臓を突こうとする。タイミングは完璧だ。
しかし真守の思い通りにはならなかった。薙刀を弾こうとした真守の刀は、逆に神奈の薙刀によって弾かれてしまった。刀は呆気なく真守の手から離れて宙を舞う。同時に刃は折れていた。真守は武器を失い、一瞬だけ戸惑ったが、すぐに状況を把握した。
神奈は既に薙刀を振り上げている。真守の命を断つつもりだろう。武器を持っていない今、回避するしかない。しかし周りには子蜘蛛がいる。もちろん回避先には子蜘蛛が待ち構えているだろう。ならば、ただ回避するだけでは駄目だ。
真守は薙刀の縦振りを回避した。しかし神奈との距離は取っていない。神奈の右斜め前に跳んだのだ。そして神奈の脇腹に掌底を食らわそうとする。
「甘いわよ」
神奈は即座に反応して、真守の腹を蹴り上げた。直撃だ。真守は今日食べた非常食を吐き出しそうになる。それでも真守は最悪の結果からは逃れられたと安堵した。
「ちっ……。しぶといガキね……」
右手を後ろに伸ばした。そして黒蛇を出して近くの木の枝に巻き付かせて、蹴られた勢いを利用して、神奈から離れていった。黒蛇を手から離して、無事に着地する。その場所は子蜘蛛がいないところだ。真守は神奈に蹴られた場合のことを考えて、脱出を子蜘蛛に邪魔されないような位置に回り込んだのだ。
しかしその結果、真守は子蜘蛛に囲まれてしまった。神奈は歪んだ笑みを浮かべる。
「でも、ここからどうするつもり?」
「夜刀神」
神奈の挑発を無視して、真守は夜刀神を開放する。黒蛇が何匹も真守の周囲を漂う。そして全ての黒蛇を神奈へ向かわせた。真守が子蜘蛛に囲まれているということは、神奈の守りが薄くなっているということだ。
「お前らこっちに来い!」
神奈が子蜘蛛を呼び戻す。おそらくそのまま子蜘蛛を攻撃させれば真守を殺すことができるだろうが、確実に神奈も死ぬだろう。
神奈は子蜘蛛の盾を作り、自身も薙刀で防御の態勢を取っていた。
そして蛇と蜘蛛が衝突した。黒蛇も蜘蛛も衝突したものは消え去っていく。大半の黒蛇は迎撃されたが、それでも何匹かは子蜘蛛の盾を通り抜けた黒蛇は神奈を攻撃する。真守からはよく見えなかったが、神奈が薙刀で黒蛇を弾いていた。
黒蛇の強襲が止み、真守は前方を確認することができるようになる。子蜘蛛は真守の見た限りではいなくなっている。神奈は肩や膝に軽い傷を負っているものの、大した怪我ではなさそうだ。外傷よりも霊体を破壊されたことによる霊力の消費が激しいようで、少し腰を落として肩で息をしている。薙刀も先程の攻撃で破壊されたようで、刃の部分がなくなっていた。
今度は真守が不敵な笑みを浮かべて神奈を挑発する。
「どうしたの? したいんでしょ。殺し合い」
「調子に乗ってんじゃねぇぞクソガキィィイイイ!」
怒り狂った神奈が真守へと突進する。殺し合いはまだ終わらない。




